第35話 オーガ娘とランチパックとザ・モルツと
本日ミカンちゃんは唐突にモデルのバイトに出かけていきました。モデルと言っても個人撮影です。大丈夫だろうか? いかがわしい事をしていないか問いただしてもミカンちゃんははぐらかすので悶々としている私、なんだろう娘を持った母親とはこんな気持ちなんだろうか?
夕食はご馳走になって帰ってくるということで本日はデュラさんと二人です。二人と言うべきなのかアレですが、今日は生姜焼きを作るつもりだったのに、ミカンちゃんも食べたがるだろうから本日はパスして……
一度やってみたかったアレ、やっちゃいましょうか……
「デュラさーん! 今日はビールでいいですか?」
「おぉ! 麦酒であるか! 我は一向に構わぬ! できればザ・モルツを所望す」
「かしこまりー!」
私はハイネケン、デュラさんはザ・モルツ。プレモルじゃないところが通ね。ミカンちゃんは一番搾りがフェイバリット。
兄貴のビール置き場からザ・モルツを一ダース持ってくると氷の入ったバケツに入れておく。
さてビールが決まったところで本日のおつまみはランチパックです。
ランチパック? 山崎製パンのあのランチパックです! これとスナックパンはよく中高部活時代に食べました。このランチパックをお酒のおつまみにする方法。必要な物は油とオーブントースターです。
ガチャガチャ、
「すまない。宿をかしてくれないか」
「いらっしゃい! あら、鬼の方ですか?」
「嗚呼、オーガだ。名をトーカと言う。人間達とパーティーを組んでいるんだが、一人が行方不明で色々探し回っている中、ここに迷い込んだ。安心してほしい。この通り金棒も預けよう」
うわ! 鬼って本当に金棒持つんだ。預けられてもこんなの私には持てないので、両手を前に出して拒否。
「いいですいいです。それはトーカさんが持っててください。私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です。どうぞ狭い部屋ですが」
「すまないな」
トーカさんを部屋に通すと、トーカさんはデュラさんと目が合い。
「貴様はデュラハン! ここであったが百年目! 超力将来。剛力将来。魔を滅さん!」
「まぁ、その程度の攻撃で滅んでやれなくもないが、ここは人様の家。我は元騎士であり、貴様もオーガであるならば礼節を重んじるのが興という物。違を唱えるならその力、我に放つといい」
本当にデュラさんは世界征服的な事を企んでいる魔王軍なる大企業の大幹部なんだろうか? いや、大幹部だからこそそういうルール的な事を大事にするのかもしれない。諭されたトーカさんは金棒を下ろす。
「ここ、いろんな人が迷い込んでくるんですよ。デュラさんもそうですし、今はいないんですが、ミカンちゃんって言う。自称勇者の女の子も」
「なんと! 金糸雀さん。今ミカンと?」
「えぇ、はい」
「ミカンは私達を精霊の声がする方に誘導した後に姿を消した。きっと凶悪な魔物を一人で引きつけていたに違いない。そのミカンを探して私は! ミカンは何処だ?」
嗚呼、あの精霊の声がする方と別の方向に向かってここに迷い込んだんだっけ? ついにミカンちゃんの知り合いがやってきたわね。
「ミカンちゃんはその内帰ってくるので食事でもしながら待ちませんか? 丁度わたしたちの夕食なので」
「……そうか悪いな」
「いえいえ、ところで嫌いな物とか食べれない物ありますか?」
「いや、冒険者。それも勇者パーティーだ! グリフォンの生肉だって食べてきた! 腹は鋼鉄より強いぞ!」
という事なので、食べたら死ぬ。みたいな物はなさそうね。という事で、ごま油にオリーブオイル、バター等各種油を用意します。
まずは、シーチキンと卵。これはごま油ね! ハケで両面にごま油を塗り、オーブントースターの中に放り込んで5分加熱。
チーン!
すると、なんという事でしょう! 先ほどまで柔らかランチパックがサクサクのジャンクなおつまみに変わるじゃないですか! 包丁で四等分して一口大にしてお皿へIN!
「お待たせしましたー! ビールはもう缶のままいきましょうか!」
プルトップの開け方をトーカさんに教えてあげると小気味よい音、プシュっとビールの生きた音色が聴覚と胃袋を同時に刺激する。
「これが、麦酒? 信じられんな。金属の薄い入れ物なんだな」
「こちら、デュラさんの大好きなザ・モルツです! 国産ビールにおいてラガーのお手本みたいなお酒ですね! では」
缶を景気よくカツンと合わせて、
「「「乾杯!」」」
グッグッグと喉を鳴らして、私達は麦を原料としたお酒を流し込んでいく。これから始まるランチパックサバトの始まりを告げるように、
「ぷはぁああ! なんて美味い麦酒なんだ! こんな物、ミカンに飲ませるわけにはいかんな」
いやぁ、お風呂上がりに、寝る前に、周辺の徘徊終わりに、モデルの仕事明けに必ず2本は飲んでますよ。でもそれを言うとなんか烈火の如く怒られそうなので、私はサクサクランチパックを差し出す。
「さぁさおつまみのランチパックです! どうぞお一つ」
「あぁ、すまんな! 揚げ物か?」
トーカさん、そしてデュラさん。私も摘んでパクリ。
あぁ! あああ!
これ絶対美味しいやつだ!
「んんっ! んんんんん!」
トーカさんが手足をバタつかせる。なんかミカンちゃんに似てる反応だなぁ。そしてザ・モルツをゴクゴクと、目を瞑り、俯いてトーカさんは、
「卵が熱々、外はカリカリで美味い! なんという悪魔的な組み合わせ! もう麦酒が無くなってしまった……」
「ううむ、シーチキンマヨ。我をここまで恋焦がれさせるにくきやつ」
でしょうね! まだまだありますので、
「どうぞどうぞ! 兄貴が価格が上がる前にこれでもかというくらい買い置きしてますので!」
「かたじけない。いただこう」
「我もいただくとする」
続いて次はキーマカレー味。これにオリーブオイルを塗って、オーブンでチン。デュラさんも2本目に突入し、私は……4本目。オーブンがチンと鳴り、三人でオーブンを覗き込む。即席揚げたてカレーパンとなったランチパックのキーマカレー、そのビールの進み具合ときたら止まる事を知らない。
「はあぁああ。金糸雀さん。そちは天使か? 悪魔か? なんという物を出してくれるのだ!」
「さよう。我も常々金糸雀殿を魔王軍に誘いたいと思っている所存」
「なんの変哲もない酒飲みJDですよー、ひゃーー! キーマカレーとビール! あううう!」
お腹も6割くらいになってきたので、最後はメンチカツです。こちらはとかしたバターを両面に塗って、片面だけ……スライスチーズを乗せて焼きます。
はい、約束された激うまのランチパックメンチカツが出来上がります。
「こちらは、好みでブラックペッパーかタバスコをかけてどうぞ!」
ザ・モルツの銅色の缶を見てトーカさんはほろ酔いで、メンチカツ味のランチパックを食べて「あぁ、こんなところにミカンがいたら絶対に帰らないな。縛ってでも連れて帰らねば」という感じなのできっとミカンちゃんともお別れが近いわね。
そんな時、壁抜けをしてミカンちゃんご帰宅。
「ただいー! あっ、トーカ」
「ミカン、心配したのだぞ! お前を探して私はどれだけ、どれだけ!」
「どぉどぉ! 勇者もみんなを心配してたー(棒読み)」
絶対うそだなぁ。ミカンちゃんは私達がランチパックを食べているのを見て、残っていたシーチキンマヨに手を伸ばし。
「うきゃああ! うみゃああ! 麦酒麦酒!」
パン! とトーカさんに手を叩かれるミカンちゃん。
「ミカン、前にも言ったが、お前はミードにしておけ。麦酒はまだ早い」
とか言われているけど、もうウチの家で相当飲み散らかしているんだけどなー。そしてあからさまに機嫌を悪くしたミカンちゃんはへの字の口で、
「ワカッタヨー。じゃあ帰る。トーカ、フタリにお別れをするから先に出て行ってほしい。あまり見せたくない顔も勇者にもある」
ミカンちゃん……もしかして泣いちゃう? 私とデュラさんはドキドキしていると、トーカさんが察したように。
「分かった。ミカンは勇者だが、まだお洒落や恋を楽しんでいてもいい年頃の女だ。大丈夫だ。泣いていたとしても後で抱きしめてやろう。金糸雀さん、世話になりました。そしてデュラハン。戦場であった時は、容赦はせぬぞ」
「いえいえ、また飲みましょうね!」
「ふん、オーガ風情が我に大きな口を聞いた事、戦場で出会う時を楽しみにしておるぞ! また飲み交わしたい物だな!」
ガチャリ、トーカさんが元の世界に戻っていく。
確かに友情が芽生えた。
そして、もう一つの友情。私達とミカンちゃんの別れが……
「あぁ、やっとトーカが消えた。これで一安心。勇者はザ・モルツを心ゆくまで堪能する!」
あっ、ミカンちゃん。やりやがった!
「勇者貴様、仲間を騙すとは何事か!」
「騙してはいない。今はその時ではない! 勇者は聡明に考えた! ザ・モルツとサクサクのランチパックうまし!」
いつものソファーに寝転んで、バクバクゴキュゴキュとミカンちゃんは飲み食いする。これで太らずにプロポーションを維持できるのは精霊の加護らしい。
その精霊の加護、おいくらかしら……
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