第26話 ケルベロスとペヤングと宝焼酎ハイボールと

「金糸雀、犬神金糸雀よ」

 

 誰? 私は目を覚ますと、そこには目を瞑った凄い美人の女の人が私を優しく見下ろしている。

 

「貴女は誰ですか?」

「私は運命の女神です」

 

 麻色の長い髪を、風が優しく包みそうな綺麗な御髪の運命の女神様。さて、私は何故ここにいるのか……

 これはもしかして……

 

「私、死んじゃいました?」

「えぇ、お酒の飲み過ぎで……ですがこれは予定にない死、貴女にもう一度新しい人生を歩めると言えば貴女はどうしますか?」

 

 あー、あれね。転生して第二の人生をもう一度。みたいなやつね。まぁ、美少女に生まれ変わってすごい魔法とか使ってブイブイ言わせるのも良いかもしれないわね。

 

「生まれ変わる際にチートとかもらえるんですか?」

「えぇ、貴女の死に直接関わりのあるお酒に関するすごい力よ」

「へぇ、凄い嫌な予感がしますけど、ちなみにどのような?」

「お酒の力で痛みを感じなくする事ができるのです!」

「それ単に酔って、忘れてるだけじゃない! チートでもなんでもなくて大学の新歓コンパで一人か二人が翌日骨折してるやつよ!」

 

 ハッ!

 

「かーなりーあぁー、お腹すいたー!」

 

 やはり夢だったのね。私が目を覚ますと新しく変えたLEDの光が飛び込んできた。そして私をゆするミカンちゃん。

 

「おぉ! 今日はまたえらくお寝坊であるな金糸雀殿。夕方の18時を回っておるぞ!」

 

 ううん、なんか記憶がしっかりしないけど、昨日飲みすぎて寝落ちしたんだっけ……もう来週の頭からは大学も始まるのに……最近飲みすぎてるからなぁ。

 とりあえず今日のご飯を……

 

 ん? 買い物をしていないので、まともな食材がありゃしねぇ。キャベツとニンジンが少量。卵二個に魚肉ソーセージ。

 何か、何かメインの食べ物は……

 戸棚の中にバイト先の罰ゲームで渡された。

 ペヤングのギガマックスがあった。カロリーだけでいえば十分にここにいるみんなを補えるわ。

 よし、今日はちょっと手抜きだけど、アレンジペヤングにしましょう。

 

「ミカンちゃん、ティファールでお湯を沸かして」

「らじゃー」

「デュラさんはキャベツとニンジンを細かく刻んで炒めてください。私は卵の薄焼きを作ります」

「任された!」

 

 いつの間にか私たちの連携は中々褒められるレベルになってきたと思うのよね。あまりにもミカンちゃんが何もできないという事を除けば……

 

 さぁ、お湯が沸く間に今日のお酒は……誰の為に兄貴が購入していたのか分からないけど、大量にストックされてるのよね。

 このペヤングに合いそうなお酒。

 それは、缶の宝焼酎ハイボール・シークワーサ味。三本400円とか破格の値段で売られているこのお酒、作ろうと思えば宝焼酎を炭酸で割ればいいんだけど、今日の私はこんな時間まで寝ていたので片付けや洗い物が絶望的に面倒に思えてるのよね。

 兄貴の部屋には悲しい事に食洗機がないの。

 

「かなりあ、お湯わいた!」

「じゃあペヤングにお湯入れて3分待ってね」

「わかったー」

 

 ミカンちゃんはカップ麺は自分で作れるようになったのよね。そして私は忘れていたの。ペヤング作りにおいてやりがちな初歩的なミス。

 かやくもソースも入れてお湯を注いでしまうという国によっては即銃殺刑レベル(私の中で)の凡ミス。

 ミカンちゃんが流しにお湯を注いでべコンという音を聞きながらソースの香りが漂ってくるので、私は笑顔のまま固まった。

 

「あっ、いけね」

 

 いけねーじゃねーよ! ミカンちゃん! じょろじょろと悪気もなさそうに湯切りをしてソースなしのペヤング。それもギガマックスが用意されてしまったわ。

 

「仕方ないわね」

 

 冷蔵庫からニンニクチューブとオリーブオイルを取り出すと湯切りしたペヤングにイン。デュラさんが炒めた野菜もインして一味をやや多めにふりかける。そして少しだけフライパンで炒め直してフライパンのままテーブルへ。

 

 今日は……

 

 ゴンゴン! あら? 今日は入ってこない系。一体どんな人がやってきたのか……

 

「はい、いらっしゃ……い?」

「わん」

 

 首が三つある犬。それも大きいぞ。シンリンオオカミ? いや、ライオンくらいありそう。デュラさんとミカンちゃんが見に来て、

 

「け、ケルベロス! 幻獣であるぞ! いやー、めでたい! 我ら悪魔の中では幸運の幻獣である!」

「地獄の門番ケルベロスに頭を噛まれたらその年は怪我なく冒険から帰ってこれると言われている! よくお祭りとかでもケロベロスの作り物が出てくる」

 

 へぇ、獅子舞的な? でもこのケルベロスさんに噛まれたら多分、死ぬわね。

 

「あー、ケルベロスさん、初めまして、ここの家主の犬神金糸雀です。そんな所寒いでしょうから、どうぞ中へ」

「わんわん!」

「勇者が案内しよう。そしてモフろう」

 

 ハーピィーちゃんは喋れたのにケルベロスさんは喋れないのね。ミカンちゃんは犬好きなのかケルベロスさんにべったり。しかしケルベロスさん大人しいのねぇ。

 

「えっと、ペヤングとか食べさせて大丈夫なのかな……あと宝焼酎ハイボールも……」

「わわん! わんわん!」

 

 一体何を言っているのやら……ミカンちゃんが左側のケルベロスさんの頭から話を聞いて……

 

「この匂いに誘われてきた。お酒も大好物。さぁ、かなりあ。飲み会をはじめよう!」

 

 という事なので、私は底の深いお皿に宝焼酎ハイボール・シークワーサーを注ぎ、普通のお皿にペヤングを半分盛る。

 みんなに宝焼酎ハイボールが行き渡ったところで、

 

「じゃあ、皆さん! ケルベロスさんとの出逢いに!」

 

「「「「乾杯(わおーーーーん)!」」」」

 

 宝焼酎ハイボールの大衆居酒屋風感、半端ないわね。しかも個人経営じゃなくてチェーン店の大衆居酒屋風のお店で出てきそうな感じ、決して滅茶苦茶美味しい! 

 というわけじゃないんだけど、なんというか落ち着く味。

 宅飲みってこう言うのよ! みたいな?

 

「うん?」

「む……」

「わふわふ! わおーん!」

 

 ふふっ、ミカンちゃんにデュラさんはなんか微妙な顔してる。……ケロベロスさんは滅茶苦茶美味しそうに飲んでるから、飲兵衛ね。

 

「二人ともペペロンチーノ風ペヤング食べてみて! それでもう一度、宝焼酎ハイボールのシークワーサー味をキュッと」

 

 二人は箸を持つと(まぁ、一人は超能力で浮かしてるけど)ペヤングを食べて、美味しい! 


「あのソースがうまいペヤングが! しょっぱっくて辛くて、歯ごたえがあってうまい!」

「なるほど、金糸雀殿。ソースが失われたのをこのようにして生き返らせるとは見事!」



という驚き顔をしたまま宝焼酎ハイボールを一口。

 

「うん!」

「む!」

 

 そう、このお酒は単品で楽しむ物じゃないと私は思ってるの。ハイボールをより楽しみたければ角瓶でも飲めばいいし、いくらでもハイボールに合うウィスキーは他にはあるわね。

 でも宝焼酎ハイボールは趣旨が違う。

 かつてはウィスキーに手が届かなかった庶民達。そんな事情もあったろうからこの宝焼酎で作られたハイボールは庶民の純然たる味方。そしてバッテリーはカップ焼きそばで組むの!

 基本的に香りがない甲類の焼酎で作られているこの焼酎ハイボールは料理を引き立ててくれるお酒なのよね。そして凄い辛口。

 シークワーサー味を選んだのは、個人的に私が一番好きだから!

 二人の反応も明らかに変わって、

 

「なんだろう。このご飯屋さん感。勇者もしばし故郷を思い出す」

「うむ、なんというか、たまに無性に食べたくなるペアリングであるな」

 

 二人は今まで結構いろんなジャンクな物を飲み食いしてきたハズなのに、この貧乏大学生男子の食事みたいな今日の晩酌を静かに楽しむ。

 

 一人、というか三人? いや三匹を除いて。

 

「キャウン! キャウン! ワオォオオン!」

 

 ペヤングをバクバクと食べて、宝焼酎ハイボールで喉を潤すケルベロスさん、あまりにも美味しかったのか、床に自らの匂いをつける犬特有の行動。

 この部屋ってペットOKだったっけ? 

 

「これがソース味のペヤングだったら尚合うんだけど、割とリカバリー頑張ったでしょ!」

「グゥの音も出ない」

「フハハハ! また今度ソース味で食せば良いではないか! しかしケルベロス、中々の寛ぎ具合であるな!」

 

 いや、本当に! 

 

「ワンワンワン!」

 

 宝焼酎ハイボールの入っていた器はもう空で、私に催促するようにそれを咥えて見せる。もう尻尾なんて高速でブルンブルン動いてる。

 えぇ、なら……

 

「飲みましょうケルベロスさん!」

 

 ロング缶二本をどんぶり容器に注いであげて、私は缶ごと行かせてもらうわね。はぁ、かつて缶に突起物があるとかで自主回収されて店頭から消えた時は悲しかったけど、

 

「おかえり宝焼酎ハイボール!」

 

 私がパッケージを見てそういうから、ミカンちゃんとデュラさんがやばい奴を見る目で、

 

「えっ……」

「もう酔ってしまったか? いやはや、金糸雀殿にしては珍しい」

 

 7%のアルコール度数が私を狂わせたのかもしれない。いやぁああ!

 恥ずかしい! 何よおかえり宝焼酎ハイボールって!

 

「ワンワンワオーン!」

 

 おっと? 続いてケルベロスさんはペヤングの入っていた容器が空になったのでおかわりをと……お代わりないんだけどね!

 

「あのねー、ケルベロスさん、今日は買い物をしてなくてー」

「ガゥ?」

 

 えっ? 何? みたいな感じかしら、私は俯き加減にもうおつまみはない事をジェスチャーしてケルベロスさんに伝えると、

 

 三つの顔は怒りの形相に変わり、

 

「グォォオオオオオオオ!」

「いやあああああ! 食べないでぇえ!」

 

 私は大きなケルベロスさんの牙で……牙で? ん? 痛くない。噛まれてるけど痛くない。

 

「おぉ! 縁起がいい! ケルベロスに噛まれるとはこれで今年は怪我なく過ごせるぞ金糸雀殿!」

「うん、いいなぁ。勇者もケルベロスに噛んで欲しい!」

 

 そう言って両手を前に出してミカンちゃんが主張するけど、ケルベロスさんは首をプイと横に向けて玄関に向かっていく。

 

「なぜ……」

 

 あれよ多分、犬が基本的にお母さんに懐くのは餌やりなどの世話をお母さんが行うからで子供たちより犬は自分の方が上の立場だと思うようになるのよね。

 

「ケルベロスさん、さよならぁ!」

 

 私が手を振ると、ケルベロスさんは尻尾を振ってバイバイ!

 さぁ、体中ベトベトだからさっさと風呂入って寝ようかな。

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