第25話 魔女とキュケオーンとポーランドミードと

 さて、珍しいお酒を貰ってしまいました。ガールズバーではなく、たまに空き時間で単発バイトで働いているコーヒーショップの常連さんが、お土産にと頂きました。私がお酒を好きだといつか言った事を覚えていたらしいです。

 それにしても兄貴の部屋にもないタイプのお酒なのよね。

 

「ねぇねぇ、ハチミツのお酒って二人は飲んだ事ある?」

 

 ポーランドミードなるお土産を前にデュラさんとミカンちゃんは…………

 

「ハチミツワインであるか? わりと魔王城でもよく振る舞われたものであるな」


 ミカンちゃんは少しばかりつまらなさそうにへの字口の顔をして、

 

「酒場といえば、勇者の元パーティーの連中が勇者にはミードのホットミルク割りしか飲ませてくれなかった」

 

 へぇへぇ! 異世界ではハチミツのお酒ってポピュラーなんだ! 全然知らなかった! って、当たり前か……最古のお酒はハチミツ酒か猿酒かってわりと話題になるのよね。どっちも自然的に生まれた物だろうけど、ハチミツ酒かぁ……こうなると何か食べ物も古代の物をペアリングさせてみたくなるのは私が酒飲みだからなんだろうか?

 

 聞いてみたくなったので、私は二人にこれも聞いてみた。

 古代ギリシャの定番食らしい、

 

「ねぇねぇ、デュラさんとミカンちゃんは、キュケオーンって食べた事ある?」

 

 主食だよ! くらいの事は言われる覚悟で私は二人の返答を待っていたのだけれど……ん?

 

「……金糸雀殿。そもそもそれは食べ物の名前であるか?」

「すごい禍々しい邪気を感じる名称」


 という事で異世界の人達も知らない模様。

 某ゲームで一躍有名になった食べ物と飲み物の中間に位置する謎の食べ物。薬にもなるとか言われているから元々は病人食や離乳食みたいな物だったんじゃないかしら? 

 ググってみると飲み物なのか、食べ物なのか、諸説あるらしく、某ゲームでは粥説、某書籍においてはお酒のような飲み物説。

 お粥か、スープか……

 カレーは飲み物であると偉大な先達は語っていたので、この間を取って、みましょうか、

 

「じゃあ私も食べた事がないキュケオーンを再現して、ミードと最古のペアリングを実現してみまーす!」

「金糸雀殿、手伝う事があればなんでもいうといい!」

「勇者は食べるの専門だからソファーにて待つ!」

 

 はいはいはい、ミカンちゃんにも手伝ってもらおうかしら、私はオレンジとバナナを持ってくると、それをジューサーに入れてジュースを作ってみせる。


「おぉ! これはすごい魔道具! 果実のジュースが簡単にできる」

「うん! これでミカンちゃんはオレンジとバナナのジュースを作ってくれる? ミルクも混ぜてね。少しくらいなら味見してもいいわよ」

「まかせろ!」

 

 さて、本来キュケオーンの一般的な材料はパスタ用の小麦粉を使うみたいだけど……昔家族で行ったフランス旅行の朝食がパン粥だったのよね。ヨーロッパの食事文化はギリシャからきている物も多いので、私はパン粥でキュケオーンを再現してみようと思うの。

 

「デュラさん、この賞味期限が切れかけているフランスパンを削ってもらえますか?」

「承知した! 初級の破壊系魔法を駆使すれば容易いこと! はっはっは!」

 

 魔法便利ねぇ、おろし器みたいなのでわざわざ削らなくても硬くなったフランスパンを粉に変えてくれる。

 

 ガチャ!

 

 おや?? このタイミングでご来店? 私は手を洗うとお出迎え。

 本日来た方は……

 

「あっ、魔女の方ですか?」

「そう言う貴様は人間か」

「あーはい、この家の家主の犬神金糸雀です」

 

 私でもこの人魔女だ! と分かるとんがり帽子を被った歪なツノが生えた女の子? 女の人? そこそこ大人に見えるけど、体つきは随分スレンダーと言うべきか……可愛いのか美人なのか微妙なラインね。

 人間のようで人間じゃない。あー、だから魔女なのかしら?

 

「そうかカナリア、驚くなよ? 深山に住まう大魔女ロスウェルとはワシの事じゃ!」

「…………そうなんですか? 私はロスウェルさんとは別世界の人間ですから、きっと同じ世界だろう二人は知ってる?」

 

 デュラさんとミカンちゃんは大魔女ロスウェルさんを見て、???が頭に浮かんでいる表情をする。

 

「知らぬか?」

「聞いた事は全くない! ごめんね大魔女」

「うむ、魔王城でも魔女王や超魔道士なる連中への注意勧告はあったが、大魔女ロスウェル殿に関しては聞き及んだ事がなし、すまぬ大魔女殿」

「いや、よい。隠居の身じゃ……しかし、知らぬか……」

「ごめんね大魔女」

「すまぬ大魔女殿」

「いや、よいのじゃ! かつての伝説などいずれは薄れゆくもの、しかし……知らぬか……」

「ごめんね大魔女」

「すまぬ大魔女殿」

 

 これ永久に終わらないやつだ。

 

「話が進まないので大魔女さんも二人もそろそろいいかな? 今、キュケオーンを作っていて」

「キュケオーンとな? これは材料が足らんぞ」


 キュケオーン知ってるんだ!

 

 そう言って大魔女ロスウェルさんは何もない所からおそらくジャガイモらしい物を取り出した。

 

「すげー! 空気と魔素で食べ物を生み出した」

「ほぉ、これほどの魔法。魔王様級」

 

 大魔女ロスウェルさん、すっごい嬉しそう。もう全身から誉めて褒めてオーラを出して私にそのジャガイモを渡してくれる。

 

「これをすりつぶして混ぜるといい。それがキュケオーンよ!」

「あー、ドイツパンケーキ的な」

 

 と言う事で、デュラさんが用意してくれた粉々のフランスパンにすりおろしたジャガイモ、牛乳、コンソメスープの元、プロセスチーズ、そしてポーランドミードを少し入れてコトコト煮込む。

 

「もう一品くらい欲しいのでこの間にラムチョップを焼いていきます」

 

 業務用のスーパーで安く売っていたのでそういえば買ってたのよね。ミード、キュケオーン、羊肉。もう完璧古代の食事じゃない?

 

「かなりあ、ジュースも完成!」

 

 ミカンちゃん、部屋だからってビックパーカーをワンピース代わりに着るのをやめなさい。女の子なんだから、恥じらいをもっと持って!

 でもしっかりミックスジュースを作ってくれたので、このミックスジュースと、ポーランドミードを1対1でトゥワイスアップ。

 かーなーり、甘いミードカクテルが完成。

 

「ほうほう、飲み物もキュケオーンと来たか! よく分かっておるな弟子達よ!」

 

「「「!!!」」」

 

 えっ? いつの間にか私たち大魔女ロスウェルさんの弟子になってるんだけど……そしてミードカクテルもキュケオーンなのね。

 

「じゃあ、乾杯しましょうか!」

 

 ミード(キュケオーン)、キュケオーン、ラムチョップ。

 

 と言う事で今回はグラスを掲げて!

 

「「「「キュケオーンで乾杯!」」」」

 

 あんっま!

 本当、すごい甘いフルーツオレみたい。

 

「んまぁ〜! 勇者は満足だ!」

「これほど甘い酒が世の中にあろうか? いやあるまい!」

「そうかそうか、弟子達。さてキュケオーンを飲んだらキュケオーンをいただくとしようか?」

 

 もう何を言っているのかちょっと分からなくなるけど、キュケオーンのお味はどうかしら? 好みで黒胡椒をかけて、食べる。

 あー、なんだろうこれポテトポタージュっぽい?

 

「これぞキュケオーン! 食べておるか弟子達」

「うまうま! キュケオーンうまいね、大魔女。甘くてしょっぱっくてうまい」

「ほほう、この粥は幼い者にも良いやもしれぬな。キュケオーン恐るべし」

 

 わりと手間もかからないし、美味しいし、朝食とかには本当に良さそうね。私はラムチョップを齧りながら、これはミードカクテルより、ミードハイボールが合うと思ってライムを潰してミードと炭酸水を加水。

 

「くぅ! これはたみゃらん!」

 

 甘さがマイルドになって炭酸とマッチして脂っこいものが進む。そんな私をみていた大魔女ロスウェルさんが、

 

「弟子カナリアよ。ワシにもそれを一杯入れとくれんかね?」

「あーはいはい! 作りますよー!」

 

 甘いお酒も美味しいけど、連続しては流石に胸焼けしてくるもんね。グラスが空いたミカンちゃんとデュラさんの分も作ってラムチョップをペアリング。

 

「炭酸は本当に優秀よね。大体なんでも合うよね」


 両手でラムチョップを持ってかぶりつくミカンちゃんとロスウェルさん。それに頷きながら水のようにミードハイボールを飲み干していく。


 半分ほど残ったグラスを眺めながら、独り言のようにロスウェルさんが、

 

「弟子達よ。ワシのところで本格的に魔女にならんかね?」

 

 とか言うんだけど、当然私は大学生で、ミカンちゃんは勇者で、デュラさんは魔王城の幹部だから、魔女にはなれないし、多分ならない。

 

「ならない。ごめんね大魔女」

「我も魔王軍があるからな、すまぬな大魔女」

「いや、いいのだ。しかし弟子達の魔女の素質、埋もれさせるには惜しい……考え直さんか?」

 

 このパターンはまた延々と続くやつだ。ロスウェルさんってやっぱり結構いい歳なのかしら? 年を取ると同じことを何度も言うようになるものね。

 やや私たち弟子(いつの間にかロスウェルさんにされた)を手放すつもりはないみたいなので、

 

「まぁ、今度みんなで遊びにいくとか? そのくらいならねぇ?」

 

 察して、ミカンちゃんにデュラさん。

 デュラさんはロックグラスに大きな氷を魔法で作って落とすとそこにポーランドミードを入れ、口につける。

 

「あ、そうであるな。皆でまたこのように飲もうではないか! なぁ勇者よ?」

「うん、それならいく。キュケオーンをまた作って食べる」

 

 その言葉を聞いた大魔女ロスウェルさんはお花が満開したかのように笑顔が生まれた。

 パッと!

 

「そうかそうか! ワルプルギスの夜かと思うほどのもてなしをしてやるからの! 楽しみにしておれよ弟子達!」

 

 手を振ろう、とりあえず私とミカンちゃんとデュラさんは笑顔で大魔女ロスウェルさんを見送った。


 まぁ、もし異世界に行く機会があればみんなで遊びにいきますと心の中で約束をして……めちゃくちゃ作ったキュケオーンは次の日の朝もみんなで食べました。

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