第56話 トレントとナスの揚げびたしと麦焼酎前割りと
あまり話す事はないんだけど、お隣さんが自然派食材とかを販売するご夫婦。兄貴がよくしてくれたとかでたまに野菜をくれるのよね。なんと大きなナスを四つももらっちゃった。ナスって野菜なのに食べ応えがある種族よね。うーん、マーボーナス、ナスの漬物、味噌汁の具。どれでもいんだけど、今日呑むお酒と合わそうかしら。
何がいいかしら……前に私が買ってた麦焼酎一番札が飲んでほしそうにこっちを見ているので今日はこれにしましょうか! いいちことか二階堂より私の中で麦といえばこの子。一番札なのよね。行きつけの小料理屋でもキープしてるくらい安くて美味しいのよね。フルーティーで、炭酸で割ってもお湯で割ってもいける7番打者ってところかしら。
炭酸割で焼酎ハイボールもいいんだけど、ここは落ち着いてナスを楽しむ為にお湯か水割りもいいんだけど、もう先に作ってるのよ。前割りを!
「かなりあー、おなかすいたー」
「はいはい、ちょっとまってね! コアラのマーチでも食べて待ってて」
ミカンちゃんが最近ハマっているお菓子、コアラのマーチ。まぁたしかに美味しいわよね。来週ガールズバーのバレンタインイベントで店長からお金もらったので各々お客さんにチョコレートを渡すんだけど、私はコアラのマーチでいいかなと思って並べてたら店長にドン引きされたわね。で、そのコアラのマーチは持ち帰るように言われてその辺で売ってる義理チョコを渡す事になり、私の部屋には今コアラのマーチが配る程あるの。
「わかったのー。コアラのマーチ食べてまってるー」
という事でさぁ、デュラさん。作りましょうか?
「デュラさんは何か作りたい料理ってありますか?」
「うむ、このナスの揚げびたしという料理が非常に気になっておってな」
渋いところいくなぁ。ご飯のおかずにもお酒の友にもなるけど、作った事ないぞ。えーなになに? 要するにナスの素揚げをダシ汁に入れて少し煮立てるのね。居酒屋で瞬殺で出てくる料理なのにちょっと手間じゃない。
「デュラさん、私だし汁用意しますので、ナスの下ごしらえと素揚げやってみますか?」
「うむ! 我もそう進言しようと思っていた!」
ヘタを抜いてアクを抜いて大き目の輪切り、デュラさんは料理に興味を凄い持っているけど、リビングでアニメを見ながらコアラのマーチを食べているミカンちゃんは興味ないのかしら? 別に女の子だから男の子だから料理が出来る出来ないというのは時代錯誤だと思うけど、確実に持っておいた方がいい物として運転免許書と料理スキルよ。私の場合は兄貴が呑兵衛でオツマミも作ってくれるのに影響されただけだけど、
「金糸雀殿、素揚げ完了したであるぞ!」
速っ! そしてこの異世界の人たちの有能さには本当に驚くわ。ミカンちゃんに冷蔵庫から焼酎の前割りを出してもらっておきましょうか、だし汁にデュラさんがナスの素揚げを入れているので後は任せて、
「ミカンちゃん、前割りを……おぉっ! なんか木が」
「トレント。森とかにいる動いて喋る木。入ってきたのー」
よく見ると、この木。手と足と顔があるじゃない。ひぃいい! とか声に出さないのはまぁ、見た目だけならもっとヤバいのが一杯家に来たからかしら。
「いらっしゃい、私は犬神金糸雀。この家の家主よ」
「あっ、自分は迷いの森出身のトレントっす。迷いの森で迷って気が付いたら」
本末転倒ね。多分その迷いの森に迷った人間とかを襲ったりするんじゃないの? よく見れば見るほどこのトレントさんの顔が抜けているようにも見えてきたわ。まぁこれも何かの縁でしょ。
「とりあえず今から夕食なんで食べていきませんか?」
「マジっすか? いいんすか?」
という事で一番札の前割りが入ったペットボトルを取り出して、それをみんなのグラスに注いでいく。前割りの作り方は簡単。焼酎とミネラルウォーターを半々で割って何かの容器に切れて数日寝かしておくだけ、これはウィスキーとか洋酒にも使える技ね。
普通の水割りより味に深みが出るの!
「じゃあ、本日の1杯に!」
「「「「かんぱーい!」」」」
うん、すっごい味がしっかりしてるのに飲みやすい。というかまろやかになりすぎでしょ!
「ぷはーっ! こりゃうめっすよ! うますぎて枯れそうっす!」
「あはは、ほどほどにね。トレントさん、木なんだから」
というか木にお酒飲ませていいのかしら? まぁ、本人が美味しそうにしてるので大丈夫でしょう。
「おぉ、ほほっ。これはまた上品な口当たりに変わるであるな」
「うんみゃい! 勇者焼酎はゴマとか芋がスキー! でもこの麦もすきー!」
なんというかほっこりする美味しさね、さぁ、じゃあペアリングはデュラさんが殆ど作ってくれたナスの揚げびたし。タブレットのお料理動画を見ながらデュラさんが一生懸命作っていたのでまずいわけがないのよ!
という事でみんなぱぁくりと口に放り込み。
「んんっ!」
「うめぇっす! 共食いしてるみたいでなんかアレっすけど」
「そりゃよかったであるな! うむ、確かにいける! 金糸雀殿のダシ汁のおかげであるな!」
そう言ってみんな一番札の前割りをくぴりと一口。あぁ、生きててよかった。
ぱくぱくとお箸を器用に動かしてナスの揚げびたしを食べてごくんと一番札の前割りを飲んだミカンちゃんは震える。そろそろ出るわね。
「うんみゃあああああ!」
ドンとグラスを置いてミカンちゃんは私に据わった目で一言。
「かなりあ。前割りの炭酸のみたいのー」
は? 前割りをさらに炭酸で割る? ミカンちゃん貴女一体何言って……ミカンちゃんはむぐむぐまだ租借しながら指をキッチンに向ける。そこにはドリンクメイト(炭酸水作る機械ね)。
「勇者貴様! その手があったかー!」
「ちょっと……ミカンちゃん、もしかして兄貴の友達? そんな飲み方考えつくなんて」
私の部屋にはあるのよ。水割りの為だけに兄貴が契約したウォーターサーバーと、ハイボールを作る為に兄貴が買ったドリンクメイトが、これを遣えば某動画で有名になったウィスキーに炭酸を入れて度数そのままの100%ハイボールですら作れるの。
そんな前割りした焼酎にドリンクメーカーで炭酸を入れる。
おいしくないわけがない!
私達は各々、前割りした一番札に強炭酸を仕込んだ物を手に持っている。目の前には最高のオツマミ、ナスの揚げびたし。私は半目で問いかける。
「みなさん、よござんすか?」
三人がこくりと頷く。グラスから香しい麦焼酎の香りとぱちぱちと舌を刺激する炭酸を受け止めるように流し込み、そのままナスの揚げびたしを……
「くぅううう、うまー!」
トレントさんはあまりの美味しさに多分自分の膝付近をパンと叩いて美味しさを表現。デュラさんは外を眺めて一時味の世界に旅立っていく。
そしてミカンちゃん。
「うきゃあああ! うみゃあああ! うみゃああああ! 頭おかしくなるぅう! ナスうみゃ! ナスうみゃああ!」
もうヤバい何かをキメたみたいにのたうち回るミカンちゃん、するとドンドンドンと玄関からノック。
また誰か来た?
私は玄関に見に行くと、そこには件の自然派食材を販売しているご夫婦。うるさくしたので注意されるのかと思ったんだけど、
「焼きナス、沢山作ったからたべてみて!」
さらなる燃料が投下されてしまった。私達はその日一日、どったんばったんナスビの饗宴を楽しみ、トレントさんとも硬い友情が産まれて最高の気分で夜を明かした。
翌日、いつのまにか帰ったトレントさん、一階の掲示板を見ると
【消防点検のお知らせ、該当のお部屋は……】
めちゃくちゃ私の部屋が該当してる。ミカンちゃんはいいとしてデュラさんどうしようかしら……
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