第55話 【3万PV感謝特別編】魔王様とガストの山盛りポテトとハッピーアワーと

 私は天童ひな。とあるガールズバーで働きながら、ワーキングホリデービザを使って海外に住むことを夢見ているフリーター。


 同僚バイトの金糸雀さんのヘルプもあって年末最後の出勤も終わり、ささやかな年末年始を過ごそうと思っていたのだけれどそんな私はとても今困っていることがあります。


 要するにストーカーです。最寄りの駅とかで待ち伏せしていたり、毎日のように連絡が来ていて、警察に相談したけど、その程度では被害とは言えないと何かあれば連絡してほしい程度で役に立たない。

 そもそも何かある時は手遅れの時なのだ。正月を前にした昼間の買い出しに向かった私。

 そして今、私の目の前にはその人物が……

 

「ヒナ、なんで無視するんだよ? ちゃんと電話に出てくれないと!」

「……やめて、け、警察」

 

 私は錯乱気味にスマホのロック解除をしようと、スワイプ。解除されない。焦っているから間違えた、何度も何度も間違えてしまった。

 

「ヒナ。怖がらないで、さぁ」

「いやぁあ、誰か!」

 

 私はスマホの画面を無茶苦茶にスワイプしていたんだと思う。その時、目を開けていられない眩い光。

 

「くーはっはっはー! 余を呼び出すとは何処のどやつか? 余の召喚魔法陣を使える者がまだ存在しているとは思わなんだぞ!」

 

 目を開くとなんとも不思議な格好をした男の人。キチンとした燕尾服に黒いマントにパンク気味のブーツ。本人は銀色の髪、ギザギザの歯に瞳の色は左右で違う。びっくりするくらいの美人。なのに悪ガキみたいな雰囲気、すごい笑い顔で私とストーカーの男性を指差しながら……

 

「このゴブリンの男、ではないな! となればそこな娘が余を呼び出したか? せっかく余は魔王城での夕食を待っておったのに、くーははは! して娘。ここはどこで何を願い求めるのだ? この闇魔界ザナルガランの魔王アズリエルに!」

「……たすけて」

 

 藁にもすがる思いというのはこういうのだろう。

 消え入りそうな声でそう言った私の言葉。

 

「なんだお前、ヒナのなんだ? 浮気か? ヒナ浮気をしていたのか?」

 

 そもそも貴方とは付き合ってなんかいない。怖い、怖いとそう思った時、ストーカー男はアズリエルを名乗る男性に触れようとして、

 

「ゴブリン如き下郎が余に触れるな。殺すぞ? くはははは!」

「…………っ」

 

 ストーカー男はアズリエルさんの目を見て言葉を聞くと失禁し気を失った。この様子を見て、アズリエルさんは、

 

「これでよいか? 人間の娘」

「あっ、て。天童ひなです。貴方は?」

「ひな。貴様の願い聞き届けた。貴様がその小さい道具で余を呼び出したようだの。そうだな。この魔王を動かした代償は……あれを余に献上せよ! 実に美味そうである!」

 

 アズリエルさんが指差す先、それは国民的ファミリーレストラン・ガスト。

 あれでいいの? お腹すいてるのかな? 


 そんな風に思いながら、「よ、よころんで」と私はアズリエルさんをガストに連れて行く。


「ほぉ、ほぉほぉ! 人間の食事処か、噂には聞いておったがギルドの酒場というところか?」

「多分違うと思います。あのアズリエルさん」

「余の事は敬意を持って魔王様かマイロード、あるいは闇魔界の御方《おんかた》と呼ぶ事を許す」

「……じゃ、じゃあ魔王様。本当にレモンハイと山盛りポテトと唐揚げだけでいいんですか?」

「クハハハハ! 貴様、見たところ貧乏であろう? 多くを望み求めるのは貴様ら下々のする事である! 余は常識の範囲で貴様らに代償を払わすのだ。それが王であると腹心共が言っておった! してこの“はっぴぃあわぁ“気に入ったわ! 早い時間であれば酒を安く飲める。人間とは賢いものよの!」

 

 アズリエルさん、改め魔王様。ハッピーアワーを勧めるメニューを指差して私に尋ねてきたと思ったらとても感心してそう言った。

 

『お待たせしました! お料理をお取りください』

 

「なんぞ! 使い魔か!」

 

 配膳用のロボットを見て魔王様は席を立ってまじまじと見つめる。それにクスクスと笑う他のお客さん達。

 

「ま、魔王様座って。これは料理を運んできてくれる機械です」

「機械…………魔道兵器のようなものか……ふーむ、まさかここは異世界か?」

 

 いまさら? とか思ったけど女の子アルバイト店員さんが、ハイボールとレモンハイを持ってきてくれた。

 

「お待たせしましたこちら角ハイボールとレモンハイです」

「ご苦労。水回りの仕事苦労もあると思うが体には気をつけてな」

「えっ……はい。ありがとうございます」

 

 あぁ、絶対変な人だと思われてるよ魔王様。魔王様は店内を見渡し笑う。それにしてもずっとこの人笑ってるな。

 

「クハハハ! 人間の酒か、ひな。余と杯を交わす事。許す!」

「はは、ありがとうございます。じゃあ、乾杯」

「うむ、乾杯!」

 

 魔王様はレモンハイをぐっぐっと飲み干し…………

 

「うまい! ひな、褒めてつかわす! 余はこのような清々しい酒を飲んだのは初めてだ! そしてこの料理、ほぉ! 芋の揚げ物と肉の揚げ物か、なんと雑な料理か……白いソースをつけて食うのか? どれ一つ」

 

 

 そう言ってマヨネーズをポテトにつけて魔王様は一口。しばらく動かなくなった。そして追加したレモンハイで喉を通すと、

 

「……完全に魔王城の料理長の腕を凌駕している。この肉の揚げ物、千の魔法を瞬時に覚えた余ですら原理の分からぬ強烈なうまさ……まさか、余の前から忽然と消えたデュラハンの世迷いごと、誠であったか?」

 

 だそうです。唐揚げを作った方がどなたか存じ上げないけど、異世界の魔王様に褒められていますよ。もしかして魔王様以外にもこの世界に誰か? 流石にないか、もしそうなら大ニュースだもん。

 それにしても魔王様、凄いフォークとナイフの使い方が様になっていて品があるのである。

 

「クハハハ! ひな、酒が進んでいないではないか? 飲めぬのか?」

「いえ、好きなんですけど、ちょっと今は胸がいっぱいで」

「安心すると良い。あのゴブリンのような醜い男の記憶からひなに関する物は消しておいた。これで貴様の不安もなしと言えよう? さぁ、これでも余と酌み交わす酒を飲めぬという理由があるか? 余は家来を大事にするからな! くーはっはっは!」

 

 いつのまにか家来にされちゃった。

 信じられないけど魔王様曰くそうらしい。私はそれを聞いて角ハイボールを頼んだ。頼みまくった。六杯目を飲んだ時、

 

「ハッピアワー終了のお時間ですが……」

「ぜーんぜん、らいじょぶれすよぉ。きょうはめでたいんですからぁ……」

「いや、これで終了とする。酒とは無様な姿を晒してまで呑むものではない。迷惑をかけたな娘よ。ひな支払いをして店を出るぞ」

 

 泥酔した私がどうやって家に帰ったか覚えていない。魔王様に出会ったとか、全部夢だったのかなとか思って二日酔いの憂鬱さの中目を覚ました時、朝の情報番組を見ている魔王様の姿だった。

 

「起きたか! ひなよ! おはようを余が言ってやろう! 余が元の世界に戻るまでしばらく時間がありそうだ。クハハハ! 今日もはっぴぃあわぁを楽しもうではないか!」


 マジか!!

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