第358話 インフルエンザウィルスと鰡の刺身と闇ハイボール

「自分、一度は引退を考えた時期もあったんですよ」

「は、はぁ……」

「だってそうでしょ? 昔は前年度より猛威を振るってるなんて、大人気だったのに、パッと出の“ころな“がその人気を日本どころかワールドワイドで掻っ攫ったじゃないですか、スペイン風邪は武漢ウィルスに勝てないのか? そんな事はない! そして今、日本でマイコプラズマと三大アイドルで全国ツアーを開催できたんです」

「め、めいわくー! ミカンちゃん、インフルエンザウィルスさん、やっつけて!」

「ぬぉお、金糸雀殿。本日はやたら凶暴であるな……」

 

 いやね。モンスターだとか、怪物だーとかより、私達が一番恐れているものって単純に病気なのよね。そんな毎年勝手に全国コンサートを行うインフルエンザウィルスが昭和のアイドルみたいな格好でやって来たら、そりゃ退治しなきゃ! ってなるのは必然でしょ? 

 

「今や自分も大御所アイドル、愚痴りたくなる時もありますよ。特にタミフルさんがやらかした時はひどかったですね……」

 

 なんか座っちゃったわインフルエンザさん。哀愁漂う感じがまた昭和のアイドルねぇ。本日はせっかく新鮮な鰡のお刺身をもらったから楽しもうと思ってたんだけど……

 

「インフルエンザさんは飲食できるんですか?」

「そりゃもう。全盛期は飲み明かしてからライブなんて常でしたよ」

「じゃあ、今から私達飲むんだけど、ご一緒しますか?」

「ご一緒しましょう!」

 

 顔色が全体的に悪くてダメージジーンズにシャツイン。そして極め付けはパーマがかった髪型。これが全世界をどん底に陥れたスペイン風邪なのね。

 

「金糸雀。この瓶おかしな色してるけど?」

 

 ケートスさんはお酒の整理をしてくれてたんだった。そんな中で一本のラベルも貼っていない瓶を取り出した。焦茶というか、ドス黒い色をした何か、受け取った私はそれを嗅いでみると。

 お酒である事は間違いないわ。それもスピリッツ。遥昔の記憶が蘇る。

 

「あっ! これって兄貴達が残ったお酒をかき集めて漬けてた闇酒じゃん!」

 

 カクテルというには乱暴なそれ、ウィスキー、ブランデー、焼酎、ラム、ジン、ウォッカとありとあらゆるスピリッツがちょっと残った物を溜めて混ざり合った凶暴なお酒。飲んだらどんな味なのかもどんな風に悪酔いするのかも未知のお酒。

 

「おぉ! バクダンですかー、懐かしい」

 

 バクダンとは本来、ビールに安い焼酎やウィスキーをボトンと落として飲むボイラーメーカーの事。だけど昭和のおじさん達の中では訳わからないお酒を混ぜ合わせた今、目の前にあるこれがそう呼ばれているわね。

 

「ボム? 勇者飲んでみてー」

「うむ、気になるであるな」

「やばいと思うけど……」

 

 ケートスさんだけが常識人ね。

 とはいえ……とはいえよ……

 

 酒を飲んで育った化け物と言われた兄貴達が飲んでいたお酒となると気になるのは飲兵衛としての性かもしれないわね。

 

「これで……ハイボールでもいっとくぅ?」

 

 何が入っているか分からない時点でソーダ水、そして保険にコーラで割って飲めば大体なんとかなるものよ。

 

「いいですね! 酎ハイ楽しみです」

 

 そうだ。昔の人ってハイボールを酎ハイやサワーって言うんだった。炭酸ならミカンちゃんは……

 

「勇者、しゅわしゅわスキー」

「ハイボールは無難であるからな!」

「ええっ? みんな正気じゃないと思うけど」

 

 とりあえず炭酸水で割ってみた闇酒。甘いキャラメル風味がする事が救いね。カロカロと氷を入れた闇ハイボール。戦後のヤバいお酒を飲む感覚ね。

 私はグラスを掲げて言ったわ。

 

「予防接種を受けた私は無敵だ! 乾杯!」

「予防接種……果たしてどうだろう。乾杯」

「乾杯なりっ!」

「乾杯であるぞ!」

「本当に飲むの? まぁ、乾杯だけど」

 

 ※多分やった事がある人もいるかもしれませんが、適当なスピリッツを混ぜたお酒飲めなくはないです。好きか嫌いかは極端に分かれるみたいですね。

 

「なんだろう。なんか普通ね。あと一味足りない気がするわ」

「あぁ、十分美味しい美味しい!」

「むぅ……我は少し苦手かもしれないであるな」

「うんみゃい!」

「何これ? 微妙だけど……」

 

 これは……やっぱりコーラを用意しててよかったわ。コーラで作れば多分、これはロンティーになる。

 そう! あのレディーキラーカクテルなんて言われている。ロングアイランドアイスティーに近い味になるハズよ。私は自分のグラスの闇ハイボールを飲み干すと二杯目を作ろうとした時。

 

「勇者も二杯目所望なりっ!」

 

 という事で私とミカンちゃんだけお先にコーラで割らせてもらうわ。レモンも少しだけツイストして、

 

「じゃあミカンちゃん、乾杯」

「ウェーイ! 乾杯なり」

 

 ぐっ、ぐっ、ぐっ……あぁ! 随分美味しい!

 

「ぷひゃあああ! うみゃあああ!」

 

 私達が美味しそうに飲む姿を見てデュラさんとケートスさんも慌てて飲んだ後にグラスを私に差し出すわ。インフルエンザさんだけが……「これで十分だけどなぁ」とか言ってちびちびやってる。

 

「はい、デュラさんにケートスさん。そいじゃあここで鰡のお刺身食べましょうか?」

 

 臭みが強いと言われている鰡。中々お刺身で食べられる事ないのよね。知り合いの飲み友達の漁師の人に分けてもらったものだから大事に食べないと。実は鰡って高級魚だったりするのよね。生食できる個体が少ないというのもあるけど……

 

「勇者魚スキー! でも鰡食った事なし……寿司屋にもなきー!」

「この前カラスミを作った魚であるな? 我も初めて食すであるぞ」

 

 ※325話参照ね

 

「凄い綺麗なお刺身だけど」

「鰡の刺身は江戸時代とか昔は普通だったんだけど、今は水質の問題で職されなくなったもんねー」

「インフルエンザさん、そういえばアナタ、長いこと歴史と共に歩んできたんでしたね」

 

 ウィルスは生物ではないのよね。でも、生物の進歩に必要な存在だとか聞いいた事あるわ。まぁ、正直一生かかりたくないけどね。

 

 いざ、実食!

 

 白身のお魚だから万人受けする味わいと、コリコリといい歯ごたえね。そして噛めば噛むほど甘味が出てくるの。ほんと最高っね。

 

「「「!!!」」」

 

 異世界組は驚きの表情ね。私は鯛よりも鰡の方が好きだったりするのよ。一度鰡の味を知ったらやめられないわね。

 

「あぁ、うんまいねぇ。金糸雀ちゃん、お酒もーいっぱいいただける?」

「あ、はーい! すぐ作りますね!」

 

 私は実はある罠を仕掛けていたのよね。長年放置されていたとはいえ、兄貴の闇酒は多分度数20度から25度はキープしている。

 そう! 世の中、お酒を飲んで体を消毒しているからウィルスも退治できる! とかいうきっしょいおじさんがいるんだけど果たしてインフルエンザウィルスにアルコール消毒が効くのか? 一般的にウィルスの中でもアルコールに弱いものと強いものが存在するんだけど、一応インフルエンザウィルスはアルコールに弱い方のウィルスの筈なのよね。

 

「あー、鰡の刺身がよく合うお酒だねぇ」

 

 うん、このインフルエンザウィルスは相当、アルコール耐性強いは、ヤバいわね。私、とんでもないウィルスを作ってしまったかもしれないわ。

 

「うぉおおお! この酒は美味いである! そして鰡の作りによく合うであるなぁ! 首が回るであるぞー!」

「美味しいけど! 美味しいけど!」

「うみゃみゃみゃみゃああああ!」

 

 あれ? なんかみんなヤバいお酒入ってない? というか、デュラさんもミカンちゃんもケートスさんも顔が赤い。

 私は三人の額を触れてみると……

 

 ジュッ!

 

 いやだめでしょ! 100度くらいありそうなんだけど、そもそもミカンちゃんは人間なのに…………

 

「金糸雀ちゃん、女神を呼ばずにこんなことをしているか大変な事になるんですよ! むしゃむしゃ」

 

 リビングの席、そこにはニケ様が綺麗なお箸使いで鰡のお刺身を食べながら私にお説教をしてきてるけど……

 

「ニケ様、多分三人ともインフルにかかっちゃったぽいんですよね。助けてあげてください。あとで美味しいもの出しますから。ね? お願いします。ニケ様」

 

 と私がお願いしてみると、ニケ様はミカンちゃん、デュラさん、ケートスさんの額に触れて何かを抜き取ったわ。

 

「これが病魔のようですね」

 

 そこにはインフルエンザさんが何人もそうだ。爆発的に増えるんだったわ。可視化すると怖いわね。私の部屋に次々にインフルエンザさんが出現してる。

 

「女神の加護の前と金糸雀ちゃんの出すご馳走の前にはあなたは存在してはなりません。闇に帰りなさい! 勝利の光です!」

 

 ふぁああああ! とニケ様は暖かい光を発したわ。

 

 ウィルスはある程度の温度が高くて乾燥している所を好むのよね。するとなんという事でしょう。

 

「ゴホゴホ、あれ……なんか具合わる」

「金糸雀ちゃん、私の光の魔法で消滅させたかに思ったんですが、女神の耐性を持った者が生まれてしまいましたね!」

 

 そう、私たちはこんなヤバいウィルスを外に出すわけにはいくまいと、一週間程、死の淵の中を彷徨いながらインフルエンザさんが全員いなくなるのを待ったわ。私は初動を間違えたのよ。

 ウィルスを持ち込んだら手洗いうがいをしないといけないのに。

 

 お酒ではウィルスを退治できないの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る