第28話 【1万PV感謝特別編】王様とキャベツ太郎とブラックニッカクリアと

 さて、宅飲みをしていると異世界の人がやってくるという噂を聞いた事はないかしら? 異世界の人って魔法使いとか、エルフとか?

 

 うん! まさにそうなの。間違ってはいない。リザードマンとか、スケルトンナイトとか、多岐に渡ってやってくるのよね。

 これは私が異世界の人たちがやってくる事に慣れ始めて、デュラさんがやってくる少し前のお話。

 まだこの部屋がそこまで賑やかじゃなかった時ね。これは語ってもいいし、語らなくてもいい。というか、インパクトにかける人物がやってきたのよね。

 なんというか、王様やってきちゃった時の事を告白しようと思う。

 

 それでは始まり始まり! 

 

 と物語は始まるのよね。その日はピーナッツでも食べながらちょっといいウィスキーを煽ろうかと思っていた休日の午後。

 兄貴の部屋にはリカーラックとバーカウンターがあって一部の人が見たら大喜びしそうなヴィジュアルをしているの。例に漏れず私もいやに足の長い椅子に座ってカウンターテーブルで飲みたいボトルを前に置いてなんちゃってバーごっこをするのが好きだったわ。

 そんなリカーラックを眺めてジョニーウォーカーでも飲もうかとボトルに手を伸ばした時にその人はやってきた。

 

「む、ここはどこか? 誰かおらぬのか?」

 

 それはそれは、ご立派なヒゲを蓄えて頭に冠をつけたナイスミドル。とってつけたようなステッキとか持ってお皿に出したピーナッツを食べている私と目があった。

 

「あら、こんにちは! どこかの王様ですか?」

「さよう、不躾な娘よ。我が名はエリザベルド王国、国王。ヴァルクス・ブドウ・エリザベルド二世である。その無礼な態度は質素な食事中に邪魔した事で許してやろう……してここは何処か? いや、異世界か? と聞けば良いか? 昼間から酒を煽る人生に疲れた娘よ」

「!!! 人生に疲れてはいない酒好きの娘、犬神金糸雀です。それにしてもあの王様、何故ここが異世界とお分かりですか?」

 

 驚いた。王様はこの部屋が自分の世界ではないという事を知っている。どうして? 何故?

 

「カナリアよ。このような狭い部屋に閉じこもっているそちには分からぬだろうが、我が世界に勇者として多くの者が召喚されおる。さらに勝手に我が世界に転移してくる者もいる。また、異様に強い力を持った者。特に貴族や貴族令嬢が生まれる事がある、あるいは、ひね曲がった性格が真逆に突然変わるなど昨今の魔術師達の研究において、別世界、すなわちそちの世界から転生した者ではないかという説が極めて強い。それを我らは畏怖と畏敬の念を持ってこう呼ぶ。異世界とな」

 

 あれじゃん! 異世界転移、転生系。もうめちゃくちゃバレ始めてるじゃん! まぁ、王様たちからすれば私たちの世界は異世界か。深淵を覗けばなんとやらね。 

 王様はコホンと咳払い。あぁ、そうね! 王様が来たんだからお茶くらい出さないと! 

 冷蔵庫を開けて……ヤベェー! セブンイレブンのルイボスティーしかない。

 

「あのお茶で……」

「カナリアよ。そちは何を飲もうとしている?」

「お酒です」

「どうやらここは異世界の酒場らしいな? えらく狭いが」

「いえ、私の部屋です。正確には兄の部屋ですが」

「ほう、自堕落な兄と妹であるな。酒をこんなにも、いやそれが異世界の普通か? 面白い。どれ何か一つ頂こうか」

 

 ええっ、やばいやばい! 一番上と一番下は王様だろうと神様だろうと出せないよ……私はジョニーウォーカーのブラックを見せて、

 

「こ、これ飲みませんか?」

「いや、王が気になる酒は、あれだな!」

 

 王様が指差したお酒は、お部屋にある高級なお酒ではなく、なんならお店で一番安い部類に入る。

 ブラックニッカ・クリア。

 嘘でしょ……いや、私は好きよ。この安価でウィスキーを味わえるお酒なんだけど、初めてウィスキーを飲むのに、これはやめておいた方が……

 せめて、

 

「王様、その上位モデルのブラックニッカスペシャルにしませんか? あるいはディープブレンド」

 

 この二つならまだ、初心者でも……

 

「いや、その酒だ。王に似ている男が慎ましく刻印されているその酒、この部屋において最も輝いて見えた。クリアという名前も気に入った」

 

 さ、さいですか……このブラックニッカというお酒、700円とかで買えるからウィスキーを飲んでみようと思った人が大概最初に買ってウィスキーに苦手意識を持つのよね。同じ700円台ならティーチャーず。少なくとも国産ならレッドかトリスを呑んでちょうだい!

 ブラックニッカクリアはウィスキーに慣れた人が呑むウィスキーだと私は思ってるの、というか結構主張がすごいの。

 でも王様がそう言うので、最も飲みやすいハイボールで……

 

「氷を入れてもらえるか?」

 

 ハハッ、マジか……、付き合いますともよ王様!

 

 丸く整形したロックアイスをロックグラスに入れてブラックニッカを注ぐ。あぁ、久々に香るわこれ、アルコール臭が既にツンとする。

 

「では王様、どうぞ」

 

 流石に乾杯は失礼かなと思ったけど、王様は私の前にグラスを向ける。

 

「異世界の飲み女、カナリアよ! この出会いに乾杯!」

「あー、はい! 乾杯!」

 

 くぅうう! この37度とは思えないこのキツい感じ、スペシャルやディープと違って完全に玄人向きの味わい。

 嗚呼、美味い。と私は思うんだけど、流石に王様は……

 

「なんといううまさか……我が国の焼きワインを遥かに凌駕する」

「美味しかったですか? 王様」

「うまい……なんて物ではない。これを作った者はどこか? 王が直々に誉めてつかわす!」

 

 ニッカウィスキーさんです。販売元はアサヒビール。もちろん大企業なので私にはお客様お問合せセンターで“御社の販売するブラックニッカクリアを飲んだ異世界の王様が喜んでいました“とか悪戯みたいな報告しかできません。

 

「はは、また今度報告しておきます。ほらほら、王様。ピーナッツとかいかがですか?」

 

 皿に入ったピーナッツを見て王様はあからさまに嫌そうな顔をする。そんな庶民が食べる豆だすなよ! という主張だと思うので、何かないかなと……うわー、

 

「こんな物しか他にはないんですが」

 

 私の手に持つキャベツ太郎を見て……

 

「それは……帽子を被った精霊か何かが描かれているのか? 面白い! それを頂こう」

 

 このカエル、多分キャベツ太郎、精霊らしいわよ。

 私はもうただただ笑ってキャベツ太郎を底の深いお皿に入れて王様の前に差し出した。手掴みは失礼かとフォークをお渡しする。

 

 サク。フォークでキャベツ太郎を突き刺すシュールな光景。そしてそれを口に運ぶ王様。

 

「硬い、そう思いきや口の中で溶ける。そこから舌に広がる濃い味。いかな宮廷料理でも食した事がない異世界の味と食感か、これが異世界か、恐るべし。そしてこの酒とよく合う」

 

 おっさんがブラックニッカクリアをキャベツ太郎で楽しんでいると、それはもう擦り切れた落伍者なのに、王様が上品にブラックニッカをキャベツ太郎で楽しみその味わいを話してくれるとそこはもうお城の食堂……てな事にはならず、ますますカオスな状況ね。

 

 

 ほんと香りもいいし味もいいんだけど、若いウィスキー所以のアルコール臭。海外のウィスキーに慣れてるとちょっとしんどいんだけど王様は飲兵衛ね!

 

「かなりあよ! もう一杯同じ物をもらえるか?」

「王様、差し出がましいようですけど、是非飲んでいただきたいブラックニッカクリアの飲み方があるんですがいいですか?」

「王は同じものでよいが、この世界の礼儀であれば従おう。許す!」

「ははー! ありがたき幸せ!」

 

 という小芝居をして、ブラックニッカのホームページでもおすすめのオレンジハイボール。ブラックニッカクリアでハイボールを作るんだけど、これにオレンジジュースを40ml混ぜるだけ!

 さすが公式推しの飲み方だけあって、いきなりバーみたいに上品なお味に……

 

「カナリアぁああああ!」

「はいぃいいい! 何かお気分を害しましたかぁああああ!?」

「褒美を取らせる!」

「いやぁ、ははー!」

「いや、それより王に愚息がいるのだが、いい年をしてまだ独り身でな? 勇者と結婚すると言って聞かなかったがどうか、よく見ればカナリア、そちは愛嬌のある顔をしている」

「ええっと……」


 それは褒められているんだろうか……ぐっとブラックニッカのオレンジハイボールを飲みほすと王様は立ち上がった。

 そして王様はマントをふわりと翻し、

 

「しばしここで待て、カナリアと戻れば不審に思われる故な!」

 

 うん、多分戻ってこないだろうなと思った私は、戸棚にあるブラックニッカクリアの新品4Lボトルを取り出すと、王様に、

 

「王様、このお酒です! お城で皆さんと飲んでください!」

 

 それを受け取った王様は、自分が恐らくここに戻ってこれない事を悟ったらしく、自らの指輪の一つを取ると、私の手に乗せた。

 

「異世界、あまりにも危険だと魔術師達が話しており、攻められる前に攻めるかの会議をしていたが、王が断言する。異世界も王の世界も変わらず人間の営みあり、カナリアよ。あまり飲みすぎるでないぞ? さらばだ!」

 

 そう言って頭をポンポンしていく王様。

 ヤッベェ……惚れそう。

 それがブラックニッカクリア4Lボトル。いわゆる落伍者酒を持っていなければそのまま異世界について行ったかもしれない私はキャベツ太郎を食べると、時折王様の事を思い出す。

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