第6話 天使長とキムチ鍋とレモンサワーと
寒い、本当に寒い。こういうクソ寒い日には熱燗? お湯割り? グリューワイン? ダメ、そんな物では私の身体は温まらない。
今、私に必要な物は唐辛子! これ一択! はい、問題です。唐辛子を使った鍋はなんでしょう? キムチ鍋! はい、金糸雀さん正解です!
そんな脳内クイズ大会をするくらい今、私はキムチ鍋を食べたいわけなんです。キムチ鍋は数ある鍋の中で誰が作っても美味しく作れる究極で簡単かつおいしい鍋。
「ではここに第二十二回(?)キムチ鍋選手権(?)の選手入場です! 盛大な拍手でお迎えください!」
ガチャリ。
はい……私の独り言タイム終了です。私は一人で料理を作る時、こうして絶対に誰かに聞かれてはいけない独り言をするわけですが……今日ご来店の方は……そうきたか!
もう完全に私はこの状況に慣れつつある。
「悪魔共覚悟! ……ここはどこだ? 悪魔共の要塞、あるいは休憩室か?」
「こんばんわ。ここは要塞でもなければセーブポイントではなく私の家です。ええっと、天使の方ですか?」
そうなんです。
長い黒髪、純白の衣、三対の翼を背中に携えたそりゃまーご立派な天使様がいらっしゃいました。男性なんでしょうか? 女性なんでしょうか? 物凄い美人であるという事だけは間違い無いわね。
というか羽根落ちないでしょうね……
「お前は……我らが主が土塊と水で作った卑しい人間か?」
「卑しくはないですが貧しい人間ですね。私は犬神金糸雀です」
「これはこれはご丁寧に、私は天使長ミカエルだ。この世に存在する事すら許されない悪魔共を撃滅する為に最終戦争を仕掛けた所、気がつけばここに迷い込んだらしい」
でしょうね。経緯は大体不明だけど、この相席居酒屋と化した兄貴の部屋に関してはもう私もそれなりのプロですよプロ! みーんな迷い込んでくるんですよ。
「ミカエルさん、お疲れでしょうから一緒にお鍋を肴に一杯やっていきませんか?」
「一杯?」
「お酒ですよお酒」
「けしからん! 酒などという物は悪魔の飲み物だぞ!」
そうか……この人たちにとっての神様は唯一神で、その他お酒に関わる神様って全部悪魔扱いなんだっけ……がしかし、兄貴の部屋には様々なお酒があるんですよ。
「ほらほら、ミカエルさん。この芋焼酎なんて天使の誘惑って名前なんですよ!」
「恥を知れ! 我々天使の名を語る悪魔の仕業に違いない!」
めんどくせーーー! じゃあいいや、一人で飲むし、こういう時はレモンサワーよ! そう思って兄貴が狂ったみたいに作っている果実酒を台所の戸棚から取り出す。ウィスキーのビッグボトルにレモンと氷砂糖、ホワイトリカーで漬け込んだ檸檬酒。漬けられているレモン一欠片取り出して氷を入れたグラスに炭酸水と一緒に注げば。
「自家製レモンサワー完成!」
「それは……ネクタールか?」
ははーん! 般若湯とか神の血とか、お酒を禁忌としている癖に大体どこの国も名前を変えて飲むのよねー! ミカエルさん、飲兵衛とみたり!
「これですか? まぁ、ネクタールと言えばネクタールですかねー……飲みます?」
「……これより悪魔達との最終決戦、力を蓄えねばならない。いただこう」
「お鍋作りますので、このレモンサワー飲んでて待っててください」
トンと私が飲もうと思っていたレモンサワーをミカエルさんに差し出す。
「どれどれ人間界のネクタールは」
ゴクリとレモンサワーを飲んだミカエルさんは震え出した。あら、これはちょっと口に合わなかったかしら?
「美味しくなかったですか?」
「この味、天界では再現不可能! なんぞこれ……」
美味しかったんだ。レモンサワーは私達を裏切らないから、とりあえず飲むお酒がなかったらこれ選んでおけば基本正解なのよね。
さて、私はキムチ鍋作りです。犬神家のキムチ鍋はとても簡単です。白菜、豚肉、お豆腐、ニラ、そしてキムチ。キムチ鍋の素を使って煮込むだけ、ミカエルさんはレモンサワーを飲みながら覗き込み、
「なんだそれは! 禍々しい、地獄の釜のようでは……」
グォオオオオ! とミカエルさんのお腹から心の叫び声が、お腹すいてたんですね。
「良かったら食べませんか? そのネクタール事レモンサワーとの相性は半端じゃないですよ。ミカエルさん。自分に正直に生きましょうよ。まぁいらないってんなら私一人で食べますけど」
そう言ってキムチ鍋を自分の器に盛って豚肉を食べる。そして自家製レモンサワーで喉を鳴らす。
嗚呼、うまい。私には天界の味付け諸々の事は知らないけど、うまいお酒とうまい肴があればそこは天国になるのよ。
ゴクリと喉が鳴る。もちろん私ではなく、キムチ鍋を食べている私を見ているミカエルさん。
なので、私はもう一度誘ってみる。
「食べますか?」
「金糸雀さん、飲んじゃって、食べちゃっていいのかな?」
「飲んじゃえ、食べちゃえ! 私たちの国ではいい言葉があるんですよ。お酒の席は無礼講ってね。ほらほら、白菜に豚肉煮えてますから! 是非、レモンサワーとぐっとやっちゃってください」
「そ、それでは遠慮なく」
白菜と豚肉をパクリと食べてミカエルさんは、はぅ! と心地よさそうな顔をしてレモンサワーを口にする。
そして蛍光灯を眺めて、涙を流した。
「おぉ、神よ。ありがとうございます。そして金糸雀さん。貴女、天使にこのような施しをして、長生きしますよ!」
「ははっ、そりゃどうも。ほらほら焼き豆腐も美味しいのでどうぞ!」
「ハフハフ……口の中でとろけ……美味しい!」
やっぱ鍋は一人で食べるより誰かと食べるに限るね! 二人でレモンサワーを飲みながらキムチ鍋をつついていると具材がなくなる。
「ミカエルさん、このキムチ鍋にはあと二回。変身を残しています」
「馬鹿な! もう何も残っていないぞ!」
それがですねー! 私は戸棚から袋麺、サッポロ一番しおラーメンを取り出す。そしてそれを鍋にポトンと落としてカセットコンロの火を着ける。
「生の中華麺を入れてもいいんですが、ここは韓国風という事で袋麺にしてみました! どうぞどうぞ熱い内に」
「なんという不思議な食べ物……こう金糸雀さんのようにちゅるちゅると……スープに絡んで辛うまっ! まさに悪魔すら逃げ出す美味しさ!」
「で、レモンサワーです」
グッジョブ、レモンサワー。もう二人ともお腹は八分目、本来はここで止めるべきなんですが……
「聞いているか? 金糸雀さん。もう、こと主は悪魔を滅せ! 滅せ! と自分が生み出しておいて堕天した者の責任を私に押し付けてだなぁ! また同僚のラファエルとかメタトロンとか、特にメタトロンとか……人間から天使になった分際で……もう私に配慮が足りず……」
「そうですねぇ、まぁ飲みましょうミカエルさん」
「うん、呑む」
なんか分からないけど、天使は天使で大変なのね。しかしミカエルさん呑むねぇ。そしてラーメンも無くなったので、
「ミカエルさん、最終形態、食べますか? 食べませんか?」
「食べま………………す! 当然、禁断の果実を食らわば皿までという言葉が天界にはあってだな」
毒を喰らわば的な格言ね。食べるというのであれば作りましょうよ! お鍋の最終定理。
おじや! 最近ではチーズとトマトでリゾット形式にする事も多いにくいやつ! 溶き卵と冷蔵している冷や飯を入れて点火!
さぁ、食べましょうミカエルさん。私のような一般庶民や、貴女のような悲しい中間管理職はこうして美味しいものをお腹一杯食べることくらいしか、反社会運動はできないんですよ。おじやを食べ終わる頃には、お鍋のスープも綺麗になくなり、ミカエルさんは両手を合わせる。
「ご馳走になってしまった。何かお礼をしたいところだが」
「いえいえ、いいですよ。一緒に呑めて楽しかったですし、というか最後に一杯これ飲みませんか?」
私はオレンジジュースとパイナップルジュースを用意するとこの兄貴の檸檬酒と割ってカクテルを用意する。そう、天使の飲み物と呼ばれたこれぞまさしくネクタール。
本当は蜂蜜酒とかも混ぜるみたいだけど……
「はぅ! それは……まさしく」
「はい、ネクタールです」
ミカエルさんはグラスに触れようとして、そしてやめた。どうして? という私の表情に対して屈託のない笑顔を見せて、
「ちょっくら悪魔の連中滅してきます。その仕事終わりにここに寄らせてもらいますのでその時に頂かせてもらいます! その後にまた飲みましょう! 天界のネクタールをお持ちしますよ!」
と言って凄い健やかな顔で私の部屋から出て行ったミカエルさん。まぁ、絶対はないと思うんだけど、同じ人が訪ねてきた事全くないのよね。まぁ、あまり期待せずに天界のネクタールとやらを楽しみにさせてもらおうと思います。
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