第30話 セイレーンと酒盗とオールドパー・シルバーと

 成人の日、そういえばそんな葉書が届いていたんだけど、私はそこには向かっていない。

 だって私が生まれ育った場所は東京ではないの。

 だから、知らない人しかいない成人式会場に行くってなんの罰ゲーム? こればっかりは自分の親しんだ場所の成人式参加できるようにしなさいよね!

 なんというか誰かにお祝いしてほしいなとか思う構ってちゃんな私が本日降臨した。

 最新将棋にハマっているデュラさんは詰将棋と睨めっこ、朝から晩までネトゲに没頭しているミカンちゃん(本来は世界を救う勇者)になんとなく言ってみた。

 

「今日さ……私の成人式なのよね」

 

 そんな事聞いたって、えっ? そうなの? このタイミングで言う……とか引かれちゃうかな……

 

 ボサっ!

 ガタっ! 

 

 デュラさんの詰将棋本(中古)が地面に落ちて、ミカンちゃんはコントローラーを放り投げた。そして私を見つめる。

 何? そんなどうでもいい事言うなよ! 的な?

 

「金糸雀殿! なぜそんな大事な事を言わなかったのか?」

「勇者はドン引き……めでたい日なのに! かなりあ、うっかりさん!」

 

 ブワッ…………

 二人ともぉ……

 

「勇者よ、我と共に金糸雀殿を祝う! 良いな? 金糸雀殿は座ってようつべでも観て待っているといい!」

「ガッテンだデュラさん!」

「二人とも、そんないいわよ! それより何か美味しい物でも頼みましょ」

 

 私がそう言うと、ガチャリと扉が開かれる。

 

「金糸雀殿は来訪者の相手を頼むである!」

「上と下以外の酒はどれを飲んでもいい!」

 

 という事で、今日は私をお祝いしてくれるので、私は玄関に走っていく。そして多分にやけ顔で、「いらっしゃいましー!」と私が玄関に向かったところ、そこにいたのは……美女!

 ウェーブがかったエメラルドグリーンの髪、鰭みたいな耳、吸い込まれそうな海色の瞳。そして嫉妬してしまうグラマーな身体、そして一番気になるのはその下半身が魚類の何か……

 

「えっ? 人魚の方ですか?」

「なんや、えらい物分かりのえぇお嬢さんやねぇ? 人間やのにぃ〜! ウチはセイレーンや。悪い子やったらガブリやでぇ〜!」

「セイレーンさん、いらっしゃい。私はこの家の家主の犬神金糸雀です」

「さよか、ほな。はい!」

 

 いやぁ、なんか京言葉みたいなの使う人魚のお姉さんがやってきた。私に手を伸ばすので、あぁ! 抱き抱えろと言う事なんですね。

 あーはいはい、抱えられるかな……


「よいしょっと……おっと軽い!」

「なんやお嬢さん、お上手やねぇ」

「いや、本当にお姉さん、すごい軽いですよ!」

 

 どうみても40キロくらいはないとおかしいのに、せいぜい二、三キロくらいの重みしか感じない。みんなのいるリビングに運ぶとセイレーンさんが、

 

「お嬢ちゃん、悪いねんけど、鰭が乾くと困るから何か水桶とかあらへん?」

「水桶ですか……えっと、ミカンちゃーん! デュラさーん! 洗面所にある洗面器に水を入れて持ってきてもらえる? お客さんが水が必要なの!」

 

 私がそう声をかけると、多分料理ができるデュラさんではなく……

 

「勇者、悪いが洗面器を金糸雀殿に持っていってくれるか?」

「ラジャー! 勇者に任せろ!」

 

 と言う事でミカンちゃんがたっぷり洗面器に水を入れて持ってくる。すると私に抱き抱えられていたセイレーンさんが、

 

「ゆゆゆゆゆ、勇者ぁああああ! なんでこんなところにおんねん! いややぁあああ! 怖い、怖い、怖いわ! お嬢ちゃん、その勇者どっかやって!」

 

 そんな虫じゃないんだから、

 

「あっ、セイレーン。よっ! 生きてたか」

 

 どうやら顔馴染みらしい。そして多分、セイレーンさんは討伐対象系のモンスターとかだったんでしょうね。

 

「いややいやあ、怖いぃ! 金糸雀怖いぃい!」

 

 こんなに怯えちゃって、可哀想におーよしよし。一体ミカンちゃん、セイレーンさんに、

 

「何したのよ!」

「一つの街の住民を全部海に引き摺り込んでペロリと食べたから、天誅した」

 

 セイレーンさん、想像以上に猛毒なモンスターさんだった。私はセイレーンさんを見ると、テヘっと笑うので、どっちもどっちかと水の入った洗面器に彼女を下ろす。

 

「なんなん? なんなん? なんで勇者おるん? そいつすぐに誰かに依存するからはよ捨てな住み着くで?」

 

 知ってまーす! というかなんか凄い人、と言うかモンスター来ちゃったなぁ……デュラさんの知り合いかな? きっと……

 

「おまちどう様であるぞー! 本日は金糸雀殿が言っていた酒盗を使ったご馳走である! 酒は勇者が選んだ物である!」

「むふー! 勇者が選んだ。オールドパー・シルバーだ! セイレーン……これはまた、珍しい者が迷い込んだものであるな……」

「はぁ? 魔王に飼い慣らされた小者やないか、しかも首だけ! ウケるー!」

 

 …………ん? 別勢力?

 

「セイレーンさんは魔王様の子分じゃないんですか?」

「ちゃうちゃう! ウチはフリーや! 好きに人間襲って、魔物らしい生活してんねん! こんな連中と一緒にしなや! ていうか、なんで勇者と魔王軍の連中一緒におるん? 何ここ? てゆーかそれ酒? なんなん? なんのパーティーなん?」

 

 説明が凄い面倒なので、私はセイレーンさんに、

 

「あの、今日。私の成人式を色々あってここに居候している二人がお祝いしてくれるので、良かったら一緒に飲みませんか?」

「……えっ、なんなん? めっちゃめでたいやん! 飲も飲も! はよ座りぃやみんな!」

 

 と言う事でなんか、凄い地元の先輩みたいな空気でセイレーンさんは私たちを座らせる。そしてデュラさんが、

 

「とりあえず飲み方はハイボールで良いであるな? 我も作り方を勉強したであるぞ! アイスペールに氷を入れるのを忘れていたである! 全ての命を刈り取るといい! 最上級氷結魔法・アイシクル・ディザスタア!」

 

 そう、きっと異世界ではとんでもない魔法を使ってデュラさんはハイボール用の最高の氷をアイスペールの中に生成してくれた。その氷を少しだけグラスに入れてオールドパーのシルバーを注ぐ。なるほど、居酒屋とかの氷が多いハイボールじゃなくてスナックやバーの少量の氷で作るウィスキーソーダカクテルを作ってくれるのね?

 

「ああん。勇者が作るの! デュラさんはご馳走の方!」

「ははっ、すまんな。では任せよう」

 

 私の愛用のバースプーンで一回半ステアして氷を上げる。見事ねミカンちゃん。そしてデュラさんは……

 

「こちら酒盗乗せクリームチーズ、ジャガバタ酒盗、きゅうりと豆腐の酒盗和え、そしてクラッカーはこれらや酒盗を直接か好みで乗せて食べるといい」

 

 おつまみレベル高っ!

 

「ほらほら! 乾杯せな! みんなグラス持ったら掲げてやぁ! 今日はウチの妹分、金糸雀の成人を祝って!」

 

 あれ? いつの間にか妹分になってるけど、まぁいいか……

 

「「「「乾杯ぃい!」」」」


 からの、さすがはオールドパー……このブレンデットウィスキーのハイボールは……

 

「うまっ!」

「なんやこれ、めっちゃうまいやん!」

「うまいのー! 勇者はこのお酒のはいぼーるが好き」

「うむ! 素晴らしいチョイスと言えるな」

 

 さてさて、ではおつまみは、酒盗乗せクリームチーズなんてお洒落なバーとか出てくるやつじゃん! あー、チーズと酒盗の臭みが……

 

「これヤバいやん! デュラハンすごない?」

「はっはっは! 褒めても何も出ぬであるぞ!」

「この臭みがクセになるのー」

 

 これだけでハイボール五杯はいけるはね……ミカンちゃんの選んだオールドパーのシルバー。これ以上にない選択ね。

 

「ホクホク、うまうま! かなりあー、これ食べてみてー!」

「金糸雀。ウチはこのきゅうりと豆腐の酒盗和えもたまらんでー! ほら口いれたるわ! あーんし」

 

 えー! 私、モテモテ? うふふ。あーん、じゃがバタ酒盗もきゅうりと豆腐の酒盗和えも超おいしー! ハイボールによく合うわぁ。

 

「みんなおかわりわー! 勇者はもう三杯目ー!」

 

 飲むわねーミカンちゃん、じゃあ私も!

 

「ミカンちゃん、私もお変わりおねしゃーす!」

「ウチもウチもー!」

「では我も」

 

 バースプーンの使い方もミカンちゃんいつの間に覚えたのか上手ねー。トントントントンとハイボールを作ってくれたミカンちゃん。

 あっ、少し濃いめ。おいひー!

 

「酒盗をそのままクラッカーに塗ってもおいしーです! デュラさん、凄いですねー!」

「今までいろんな物を食べさせてもらったおかげである!」

 

 ハイボールは本当進むわね。五杯目? 七杯目? そのくらい飲んだ頃にセイレーンさんがほろ酔いで私たちに、

 

「ほんまたまらんわー! ところでこの酒盗ってなんなん? めっちゃうまいやん!」

「お酒を盗んできてでも飲みたくなるオツマミと言われて酒盗ですからね! カツオやマグロっ言う青物系のお魚の内臓の塩漬けです! 和製アンチョビとも言われてるんですよー! 美味しいでしょ?」

「えっ? なんて? なんの内臓って」

「お魚の」

「マジで? てゆーか、勇者、なんや! 何メンチ切っとんねん?」

「セイレーンも半分魚。内蔵、美味しいの? ねぇ? 美味しいの?」

 

 青い顔をするセイレーンさん。

 今更ながら再び恐怖するセイレーンさんに、私も、

 

「セイレーンさん美人ですから、美味しいんでしょうねぇ?」

「うむ、我も料理をしてみたいである」

「やめや……あかんて、ウチは美味しない……」

 

 ミカンちゃんと私がハイボールを一気飲みして詰め寄る。ヒィイイイイと声を上げるセイレーンさんに、

 

「「うっそー!」」

 

 と食べるわけないじゃないですかーと私たちが笑い合っていると、セイレーンさんは……

 

「心臓に悪いわ……ほな、ウチが成人した金糸雀の為に一曲歌いまー!」

 

 パチパチと私たちが拍手をしたのも束の間、セイレーンさんの歌を聴いていると、いつの間にかみんな眠ってしまっていた。

 セイレーンさんはその歌声で人々を惑わしてきた魔物だったとか? 

 セイレーンさんは気に入ったのか、私の家の洗面器がなくなっていて代わりに物凄い大きな真珠が私の手の中にあった。

 

 でもね? びっちゃびっちゃで……少しだけ閉口した成人の日。

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