第112話 ナーガとビーフシチューと4Lウィスキーと

「ミカンちゃん、髪伸びたわね」

「勇者は全く気にしておらず!」

「いや、可愛いんだから、美容院行ってきなさいよ。予約してあげるから」

「えぇええ、勇者猛烈にじっとしておくのに苦行を感じれリ」

「ふだんソファーでゴロゴロしてるじゃない。私の行く美容院はタブレットで動画見放題よ!」


 ミカンちゃんは重い腰を上げたので、ミカンちゃんからもらっている生活費から1万円を渡す。あれ? カットだけなら足りるでしょう。


「お釣りでオヤツかってきていいから」

「びよーいんに行ってき!」


 という事でミカンちゃんが美容院に行っている間に私とデュラさんは掃除よ。その間にデュラさんと本日のご飯についてお話。


「デュラさん、今日の夜は何食べたいですか?」

「うむ、この前ビーフシチューの作り方を見てな。それを作ってみたいと思っているのだが」

「あぁ、いいですね! たまには市販のルーじゃなくて本格的なビーフシチューも、デミグラスソースは私が作りますのでその他を担当してもらっていいですか?」

「おぉ、了解である。だが、デミグラスソースの作り方も教えて貰えると」

「もちろんですよ!」


 なんだろう。デュラさんと並んで料理をするの段々楽しくなっている私がいるなぁ。相手に配慮ができるのよね。デュラさん、モンスターだけど。掃除が終わると、本日の晩御飯準備ね。


 デミグラスソース、ガチで作ると骨やすね肉とかを使うんだけど、犬神家のデミグラスソースは玉ねぎとケチャップ、小麦粉、ワイン、バター、そして各種調味料ととんかつソースで作れちゃうのよね。から煎りした小麦粉、スライスしてバターで炒めた玉ねぎ、そして各種調味料をしばらく煮込むとあら不思議!


「おぉおおおお! デミグラスソースである!」

「即席ですけどね! オムライスとかにかけても美味しいですよ」


 コンコンコン、誰か来たわね。ガチャリと扉が開かれる。そこには垂れ目の黒髪、耳にピアスを3つつけたパンクな女の子。誰だろう? 兄貴の友達かな?


「これは、ナーガ殿ではないか」

「えぇ? あれ? デュラハン君? なーつーかーしーい! で、この人間の娘さんは?」

「えっと、私はこの家の家主の犬神金糸雀です」


 蛇神という、魔物と神様の間くらいに位置しているナーガ―さん、かつてデュラさんの住んでいた居城近くに神殿があってたまに飲む仲だったんだって、


「へぇ、ここが異世界なんだぁ。魔素は薄いし、不思議な空気、そして美味しそうな匂い」


 いまだに私も慣れないけど、異世界の人たちからすればここが異世界なのよね。蟒蛇って言葉があるくらい、今まで蛇系の人はたくさんきたけどよく飲むのよね。

 今日はアレの消費手伝ってもらおうかしら……


「ナーガさんはお酒はお好きですか?」

「ちょーすき! 飲ませてくれるの?」

「えぇ。是非、お付き合い頂きたいなと」


 ドンと私が出したのは、4Lペットボトルウィスキー。トリスのクラシックね。所謂、アレな人用もとい、業務用ハイボールご用達で兄貴が買っていたんだけど、私はハイボールは基本ティーチャーズだったから手つかずだったんだけど、この4Lペットボトル邪魔なのよね。それがまだゴロゴロあるから少し減らそうと思ってたところだったし、本日はハイボールと本格ビーフシチューで決まりかしら?

 ドンと私が持ってきたウィスキーを見て、私の世界に染まったデュラさんは驚く。


「で、でかいであるな」

「酒樽かな? 少なくない?」


 あー、ワインの樽とかに比べたらそりゃ小さいですよね。これが火酒。ウィスキーであるとは知る由もないでしょう。お酒の前にビーフシチューを仕込んでおかないとね。じゃがいもは皮を剥いて、丁寧に芽を取り除く、ここはデュラさんが上手ね。玉ねぎはくし形切り、じゃがいもは大きめの一口大に切り、にんじんは形を揃えて大きめに切る。ブロッコリーは小房にわけ、牛肉は一口大に切り、分量の塩、こしょうを振り軽く揉み込んでおくの。そして鍋にバターを熱し、牛肉に焼き色がつくまで強火で焼く、玉ねぎ、にんじんを加え、玉ねぎがしんなりするまで中火で炒めるわね。


 デュラさんと二人で作ると分担できるからほんと少し手の込んだ料理も楽ねぇ。安い赤ワイン、水を加え沸騰したらアクをとり、自動調理器の中に入れて60分タイマー。


 この後、仕上げになるんだけど、待っている間に乾杯ね。ソーダメーカーで炭酸水を作るとグラスを人数分用意して、


「ではでは、ビーフシチューが出来る間待ちながら乾杯しましょ!」


 トリハイは少し軽めだからレモンを絞っておきましょうか。私がグラスを持って軽く掲げるので、ナーガーさんもデュラさんは超能力でグラスを上げてカチンと合わせる。


 かんぱーい!


 うん、まぁトリハイね。なんというか、ハイボールっぽいハイボールといよりはハイボールのような何かみたいなライト感が凄いわ。普通に美味しいんだけど、普段飲んでいるハイボールって少なくともピート感とか風味があるんだけど、それらが一切ないのよね。だから、ウィスキーの癖が苦手な人にはトリハイはナイスなお酒ね。


「うわー! おーいーしー! かなさん、お代わりいいですか?」

「おぉ! 一気飲み……気をつけてくださいね結構度数あるんで元々37度なんで15、16はありますから、でも気に入っていただけて嬉しいです。いくらでも無限にありますのでどうぞどうぞ!」


 無限なんて言葉は言葉の単位でしかなく世の中は有限でできていると言うけれど、本当にこの部屋。お酒は無限にあると言えるわね。この4Lトリスウィスキーだけでもまだあとゴロゴロあるし……その他種別問わずお酒が至る所に格納されてるし、私が整理の為に借りた貸ロッカーにもたんまりあるから。


「そう? じゃあ遠慮なく! いただきマンドラゴラ!」

「おぉ! 懐かしい、いただきマンドラゴラ! 我もまだ若い頃はよく酒盛りで言ったものであるな! なら、余も頂きマンドラゴラ! 金糸雀殿。お代わりの準備をお願いするであるぞ!」

「はーい……ん?」


 んん? あれかしら? 死語のいただきマンモス的な……異世界にも死語ってあるのね。これもどっちが先なのかしら……

 私もクイっとトリハイを飲み干すとお代わりをこの4Lハイボールをグラスに注ぐ。ワンプッシュでハイボール一杯分出てくるディスペンサーというノズルがあって、楽にハイボール作れるのよね。某有名なハイボールの神様は角ハイボールの4Lペットボトルから直に入れてたけど、あれは人間じゃなくて神様だからできる事ね。


「かなさんって素敵なお洋服きてるね?」

「あぁ、ジャージですねぇ。異世界の人、ジャージ好きですよねぇ」

「うん、シンプルでそしてそれ故のデザインセンスを感じるね」


 異世界でジャージ売る仕事でもしようかしら? 一攫千金狙えるかもしれないわね。かれこれ4、5杯ハイボールを飲んでいると、プーと自動調理器の音が鳴るので、私は仕上げをしにキッチンに戻る。


 じゃがいも、先程作った簡易デミグラスソース、トマトケチャップを加え、かき混ぜながら、さらに20分程じゃがいもがやわらかくなるまで煮込んだら完成ね。その間にブロッコリーを煮ておくの。よくブロッコリーもシチューと煮ちゃうパターンもあるんだけどこれも美味しいんだけどね。ブロッコリーが中で崩れちゃってみてくれが悪いのであと乗せの方がいいわね。

 ビーフシチューのお皿に、お肉を三つ、ジャガイモ、にんじん、玉ねぎをそれぞれ一つ。そしてブロッコリーにバゲットを添えて。金糸雀さん特製。ビーフシチューの完成よ!


「お待たせしましたー! ビーフシチューでーす!」

「うぉおおおお! 作る事を夢にまで見たビーフシチューである! 金糸雀殿。なんでも作れるであるな!」

「なんでもは作れませんよ。作れる物しか作れません!」

「かなさん、凄いいい匂い。そしてハイカラな食べ物。どうやってたべるの?」


 私がレクチャーしてみせましょう! ナイフとフォークでそれぞれの具材食べやすい大きさに切って、シチューを絡めてパクり! そして、すかさずハイボール!


「くぅうう! 美味い! 米国産牛肉だけどおいしー!」

「ワインではなくハイボールとマリアージュさせるところが面白いであるな。ささ、ナーガ殿も」

「うん、いただきマンドラゴラ!」


 ナーガさんはニンジンを小さく切ってシチューに絡めるとパクり、そしてもむもむと咀嚼。目を瞑る。

 そして開眼。


「オーイースィー! 何これ! こんな食べ物、蛇神集会でも食べた事ない! あらゆる面で今まで食べてきた物を否定されるかのような上品でいて最強の食べ物!」

「まぁ、煮込み料理系は洋食では一番のご馳走らしいですから。沢山あるのでどんどん食べて、どんどん飲んでくださいね! 残ったシチューはバゲットをつけて食べられますので!」

「はーい! かなさん、お酒お代わりぃ!」

「かしこまりぃ!」


 ナーガさんはなんか親戚の友達感があってとても和んだ。お酒もよく進んだわ。私もビーフシチューを3杯もお代わりしちゃって、三人で4Lハイボールを半分以上消費。流石に酔いにくいウィスキーといえどもこれだけ飲むと回ってくるわね。


「はー美味しかった」

「美味すぎたであるな……」

「いやぁ、ご馳走になっちゃったー」


 私たちはビーフシチューを平らげ、流石に4Lハイボールは空にできなかったなと笑い合い。謎の達成感に満ち溢れていたわ。すると思い出したようにナーガーさんが、


「おっと、そろそろチビ達に餌やらないといけないや」

「あれ、ナーガさん。お子さんいるんですか?」

「ううん、眷属ぅ! というか洗い物手伝ってくね?」

「いいですいいです! ナーガさんお客さんですから!」

「えぇ、そんな他人行儀な事言わないでよー、手伝うって〜!」


 新しいパターンだ。

 蛇神。だから神様なのになんかすごい親近感。二人で並んで洗い物。洗い物がこんなに楽しいなんて思った事なかったわね。グラスは食洗機に入れてビーフシチューのお皿は手洗い。何故か? 食洗機はグラス専用だから、兄貴にグラス以外を入れると殺されるから。

 洗い物を終えると、ナーガさんがキョロキョロと周りを見渡して、


「あれ使っていい?」

「アルミ缶ですか? どうぞ」


 お恥ずかしい、缶の日に出そうとまとめていたアルミ缶推定100缶を指さしたナーガさんはそれらを見ると目が真っ赤に染まる。そして握り拳を作るとなんという事でしょう! アルミ缶が凝縮され、そして見事な蛇のオブジェができたじゃないですか!


「これ、鳥よけのお守り! お外で洗濯物干す時とかに吊るしておくと、私以上の力を持った鳥以外は絶対こないから! 魔王軍大幹部。怪鳥王シレイヌス以外は来ないって事! じゃあデュラハン君もまたね」

「し、シレイヌス様以外は……しゅごい」


 とデュラさんが驚いているので、きっとたいそう凄い鳥よけのお守りなんでしょうね。でも鳥が来ないのは嬉しいわ。


「わざわざ、ありがとうございます! それにこのオブジェ可愛いので大事にしますね! わわっ!」


 突然、ナーガさんがぎゅっと私を抱きしめてくれた。異世界の人の友好の証ね。ひとしきりそうやって友情が芽生えたところでナーガーさんは元の世界に帰って行った。


 そして、ガチャリ。


「こーん、ばーん、わー!」


 ニケ様。


「ただいまなりぃ! ニュー勇者帰還せりぃ!」

 

 あら、可愛くなったわね。ミディアムボブに元々のオレンジ色の髪に真っ赤なインナーカラーを入れたミカンちゃん。というか絶対1万円じゃ足りないでしょそれ。


 そんな二人が声を揃えて、


「「お腹すいたー!」」


 というので、私はもうビーフシチューが一滴も残っていない事に気づく。そして戸棚からカップ麺を取り出してトリハイと共に二人にお出しする。綺麗に後片付けをしたから私たちがビーフシチューを食べていた事は二人は知らないんだろうけど、それはそれは美味しそうにカップ麺とトリハイを飲んでいるので……


 デュラさんが、


「金糸雀殿。良心の呵責にやられそうである。何か二人に作るであるな?」

「お、お願いします」


 この日だけは、ニケ様のお説教を私たちは静かに聞いて、ミカンちゃんにいつも以上に優しく接してあげたわ。

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