第23話 風の精霊と屋台メシとワンカップ大関と
「はつもうで?」
「うん、ちょっと新年のお参りに行ってくるから、いい子で留守番しててねミカンちゃん。デュラさんもお土産買ってきますね!」
「うむ、掃除は任せておけ!」
という事で、近所の神社に十分にご縁があるように15円をお賽銭としてお参りをしに行こうと思うのね。そして本日が実はコンドミニアム滞在最終日、明日からは元の兄貴の部屋に戻る事になるの。
十分なご縁はもう去年からあるんだけど……これも形式美の一つかな、
「この勇者もう行こう」
「うん、留守番しててね」
私はコートを羽織って部屋を出ると……勇者ちゃん、もといミカンちゃんは壁抜けの裏技を使ってついてきた。
まじか……
「かなりあの身に何かあっては困る。勇者に任せておけ、しゃっきーん!」
包丁くらいの大きさのミカンちゃん曰く、伝説の剣を私に見せてくれるけど、刃渡り六センチを超えているそんなの持ち歩いているとお巡りさんに職質されちゃう。
「ミカンちゃん、それしまって。あとお家に戻って」
「やだ!」
ミカンちゃん、学生服みたいな格好にマント、こんな子連れて歩きたくない。でもガンとして戻りそうにないので、私のコートを貸してあげる。代わりに私はこの前ユニクロで買ったダウンジャケットにお世話になる。
「本当に変な事しないでね!」
「任された」
電車で一駅、参拝客が同じ方向に向かっているのを見ると日本って信心深い国よね。まぁ、でも三日に初詣に行く私はどうなのかしらね。
小さい神社とは言え、いくつか出店も並んでいる。私に手を引かれ、ミカンちゃんはそれら出店を指を咥えて見る。
「かなりあ。あれ気になる」
「うん、お参りしてからね」
子供の頃を思い出すなぁ。兄貴とパパとママと初詣。子供の私達はお参りよりも出店。そして焼き鳥、焼きそば。とうもろこしと出店の食べ物は汚いからとあんず飴しか買ってもらえず、兄貴と当たるハズのないゲーム機を狙ってクジを引いたものね。
「はい、ミカンちゃん。15円。これをあそこの箱に投げてお参り、みんなが元気でありますように的なね」
「なるほど、それ!」
パンパンと手を叩いてお参り、ミカンちゃんがガラガラを鳴らしたいというのでしばらく待ってからアレを鳴らして家に帰る。
さて、お土産タイム。
もうパパもママもいないわけでここにある出店は何を買ってもいいのよね。異世界の人たちと関わって分かった事、意外と異世界の人は野菜が好き。そして続いて魚介類。お肉はどうやら保存食としてよく食べるみたいだから優先準備が落ちるみたい。
昔のヨーロッパとかもそうだったとか?
「ミカンちゃんは何が食べたい?」
「うん、あれ! すごいいい匂いがする」
日本の皆さん、焼きソバは異世界に通用するみたいです、B級グルメなんてやめて異世界級グルメに変えましょう。
お土産その1。焼きそば。続いて、デュラさんは何が好きだろう? 広島風お好み焼きとかかな? 野菜一杯だし。
くっ……これにしよう。
お土産その2。
「ケバブ。お一つくださいな!」
秋葉原に行くと異様に売っているけど殆ど買った事のない出店の中でも亜種。味付けがきっと異世界の二人にも合うでしょう。
さて、私は……魚介類。二人も喜ぶだろうイカ焼きを……じゃあこれを持って家に帰ろうかと、
「そこの可愛い外国のお嬢ちゃん、最新ゲームが当たるよ! やってかない?」
出たな! 絶対に当たりのないクジ。変な残念賞を押し付けてくる100万人の(私の勝手な想像)子供達の夢を折ってきた悪しき伝統。クジやさん。
「なるほど、かなりあに礼を兼ねて勇者がそのさいしんげぇむとやらを引き当てて見せよう!」
「ダメだって絶対当たらないから、お金の無駄! そのお金でスーパードライのロング缶買った方が遥かにマシだから」
私がミカンちゃんをクジ屋さんから引き剥がそうとするとクジ屋さんは、
「聞き捨てならないねぇ、ならオッちゃんが一回サービスしてやるから引いてみな!」
微妙に下っ端の景品をここで当てさせて、クジに当たり入ってるぢゃん! と思わせる作戦ね。そんな物は私には通用しない。何故なら経験済みだからよ!
だけど、ミカンちゃんはその場にしゃがみ込み、なぜかお祈り?
「この世界を統べる異界の神々よ。我、勇者ミカン・オレンジーヌ。主神マフデトガラモンの加護を受けし者。我、ここに異界の神に祈る、我、ここに異界の神に願う。我が友かなりあの為にさいしんげぇむを与えたまえ!」
ええっ! 何やってんの!
「この世界の神の力を借り、このクジを書換えし当ててみせる!」
チーーーーートーーーーーー!
ばしっとミカンちゃんが引いたクジ、ミカンちゃんの手がひかる。そしてミカンちゃんが開いたクジは、転売で問題になっている最新ゲームの番号を示していた。
「そんな馬鹿な!」
クジ屋のオッちゃん大慌て、そりゃね。入ってないハズの当たりをしかもサービスで引かせた一回で引き当てられたんだもんね。色々ゴネまくったクジ屋のオッちゃん、周りで見ていた人たちの証言もあり渡さざる負えなくなった。
「ふっ! これが勇者の力!」
い、イカサマだぁああ!
ミカンちゃんは最新ゲーム機を抱え、私はお土産を持って家に戻ってきた。
「ただいまデュラさん」
「お帰りなさいであるぞ! 金糸雀殿、勇者」
「デュラさん。これ当たった。この世界のオーパーツ。かなりあに礼として勇者とデュラさんから」
「……あっ、ありがと」
という事で最新ゲーム機をもらったけど、ソフトを買うお金はないので、生活費に代わってもらいましょう。メルカリに出品と、
そんなこんなで、今日のお酒の肴。
屋台の会いに行けるアイドル・焼きそば。
黒船に乗ってやってきた屋台の侵略者・ドネルケバブ。
屋台に君がいるから私は参拝した・イカのすがた焼き。
りんご飴だけじゃない屋台のスイーツ・あんず飴。
以上屋台オールスターズ。
「ほぉ、これはどれも不思議と既視感を感じる物であるな」
「うん。お祭りはかなりあの世界も勇者達の世界も似ている部分がある」
そうなんだ! じゃあ、この屋台オールスターズを相手にできるお酒といえば……屋台の上酒。電子レンジに入れるもよし、お鍋にそのまま入れて温めるもよし、
「ワンカップ大関を今日は選んだよ。常温でも冷やでもいいけど、オススメは熱燗です!」
片手鍋に三つを並べて熱燗を温めている間、デュラさんがテレビで見ていたものは、まさかの箱根駅伝なのよね。
「この人間ども、えらくながい距離を仲間達と走り、何をやっているかは分からぬが競争をしているらしい。心が震える。まぁ、我、首から下はないのだがな」
熱めに温めた熱燗を二人に配り、本日の飲み会が箱根駅伝を見ながら始まった。
「じゃあ乾杯!」
「「かんぱい!」」
今日は誰も来ないのねとか思った時、家の中を一陣の風が舞う。という事で誰か来たわねと私はワンカップを一本電子レンジに入れて温める。
「神に選ばれた人間、勇者と悪魔と、普通の人間、ここはどこ?」
古代ギリシャとかにいそうな服装をしたユニセックスな感じの緑の髪と緑の翼をした小さな人が私たちの前に現れた。
「ここは私、犬神金糸雀の仮住まいです。あなたは?」
「風の精霊シルフ。不思議な風に誘われてここに来ちゃった」
「うん、でしょうね。とりあえず温まって行きなさいよ」
「いいのかい? なら少しだけ」
私はシルフさんと同じくらいの大きさのワンカップをトンと置いた。改めて、
「「「「乾杯!」」」」
はぁ、日本酒ってさワンカップより美味しい物は沢山存在するんだけど、熱燗といえばワンカップよね。
「ちっち、あちゅい! そしてうまい! 暖かいお酒、はじめて」
「ほんとだね勇者……それにしても夢だったんだよね。浸かれるくらいのお酒を飲むの」
うん、シルフさんからすれば五右衛門風呂みたいな量のお酒よね。
そっかー、私の世界では割といろんな国で飲まれているんだけど、異世界ではあったかいお酒ってマイナーなのね。お酒で暖をとるなんて私の世界の人間しか考えないのかしら?
焼きそばを食べるミカンちゃんとデュラさんとシルフさん。
「……これはずるい」
「勇者もそう思うか? 香り良し味良し、この依存性。完全に我らの世界を凌駕している」
「聖霊界にも存在しないよ」
焼きソバすげぇ! 確かにね。屋台の花形の一つよ。しかも頼んでもいないのに紅生姜という女房を連れてくるの。
私も一口、
「ふぁあああ。うま」
追いかけるようにワンカップ。なんだろうこの感じ、背徳感とまでは言わないけど、落伍感とでもいえばいいのかしら、子供の頃に止められていた屋台メシでワンカップ。
「三人とも、トップアイドルの焼きそばばかりじゃなくて、ドネルケバブも食べてみましょ!」
果たして日本酒に合うのか、謎のペアリングだけど、四等分して口にする。あっ、ドネルケバブうまっ! 日本人の口に合うスパイスの配合、味付け、どこの国の人か分からないおじさん。お肉をいっぱい入れてくれてありがとう。
私はお肉が千両役者だと思ってます!
「風に愛された人間たちだね。見ていて気持ちいよ」
シルフさんがテレビを見ながら箱根駅伝の感想。
テレビでは襷を繋げずに泣いている学生の姿にデュラさんも涙し、ドネルケバブを口にすると、
「うむ、我が故郷。ニブルヘイムを思い出させてくれる」
「ペタパンのよう。まさにおふくろの味! そしてこの暖かいお酒によく合う」
「昔、グリフォンを食べた事があるんだけど、それに似ているね」
えっ?
「「あー分かるぅ」」
そう同意するデュラさんとミカンちゃん。
シルフさんの言う事を考えながら食べるとグリフォンってこんな味なんだ。もし、家に来た時、困るわね。
シルフさんは部屋の中を飛び回り私たちを楽しませてくれる。風の精霊って陽気なのね。にしてもグリフォンの件気になるわ。
ドネルケバブは日本酒をちゃんとエスコートしてくれるのねぇ。うん、一番安心して日本酒と合わせられれるイカのすがた焼き。これは包丁で切って、七味マヨネーズを添えてプチアレンジ。
「はい! ワンカップとイカ焼きは切っても切れない赤い糸で結ばれているから安心してどうぞ!」
これはもう、三人とも箸が進む。シルフさんはかぶりついてるけど。
無言で黙々と、もう既にワンカップを半分以上なくなったところでオツマミが無くなってしまった。
「ふぅ、美味しかった」
「なんとも言えない食べ物達であったな!」
「精霊に施しをする人間、金糸雀。なんだか他人には思えない名前」
風と鳥はなんか友達っぽいもんね! 手を差し出してくるので私は人差し指を出して握手。シルフさんも本当によく飲むわね。その身体で!
屋台の食べ物の特別感って外食でもなくて、デリバリでもなくて本当に別種の食べ物よね。
でもね?
三人とも、まだ終わってないのよ!
私はあんず飴を三人のワンカップに、そして私のワンカップにポトンと落とす。
「飴が溶けてあんずの味が熱燗に移る。即席ホットカクテルよ! 飲んでみて!」
まぁね。不味いわけがないんですよ。甘くてあんず風味のするお酒、各々あんず飴のお酒を飲みながら温まる。お酒を飲み終えるとシルフさんがほろ酔いで、
「風向きが変わる前に帰るよ! 勇者に悪魔に、金糸雀。楽しかったよ! ありがとね。お礼代わりに!」
私たちの中をふわりふわりと飛んで光る粉を落としていく、これがなんなのか私には分からないけど、綺麗だからいっか!
シルフさんをお見送りし、戻ってきた時。
年始の風物詩箱根駅伝は往路も復路も同じ大学が優勝し、胴上げをされているシーンだった。
これをみると今年も始まったのねと、明日またしても大量のお酒を兄貴の部屋に運び込むことを考えて、まぁやるかとこの妖精の粉が私たちのやる気をアップさせていたことなんて知らなかった。
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