第336話 ラウムと殻付き銀杏と金麦サワーと
「この匂いは……」
「くっせーなりっ!」
そう、この時期といえばイチョウの木になる異臭を放つ美味しいあの実。銀杏ね。茶碗蒸しではよくご対面するのに、割と高級珍味だから意外と食べる事がないそれをこの前、町内の掃除の手伝いをした時、公園の銀杏をみんなで分けていいと管理の人がくれたので、私も分前をいただいていたのよね。
「ミカンちゃん、銀杏の下処理の時はもっと臭かったのよ! でも、デュラさんの超能力で浮かせて処理をして乾燥させた物がこちらです。
そう! 一見するとピスタチオのような銀杏。これを炒って殻を破りながら食べるのが最高なのよね。
「勇者ピスタチオ、スキー!」
「銀杏を乾燥させたものがピスタチオであるか?」
「似てるんだけどね。ピスタチオと銀杏は全くの別人よ。オキアミとエビくらい別人ね。銀杏はイチョウ目、イチョウ科、イチョウ属、イチョウ。ピスタチオはムクジロ目、ウルシ科、カイノキ属、ピスタチオよ。本日はこの銀杏を焼いて食べましょう!」
そして、本日のお酒は……北海道でのみ限定販売されていた金麦の亜種。
「金麦であって金麦ではない。金麦サワーが全国数量限定発売されたの!」
金麦って第三のビールじゃない? その時点でまぁまぁサワー的な物なんだけど、この金麦サワーは完全に別物なのよね。
ガチャリ。
さて、誰がきたのかしら?
「むっ? この気配は……」
「デュラさんの知り合いですか?」
玄関を見に行くと、DJっぽい格好をしたビッグシルエットの女の子。瞳の模様が歯車っぽいので、人間じゃないんでしょうね。
「古代の悪魔、ラウム殿」
「おぉ! デュラハンか? 何故首だけなのだ貴様ぁ? 我が君主・アズリエル様は何処か?」
「あれである。かくかくしかじかである」
「なるほど」
通じた!
要するにラウムさんはかつての魔王軍に従属していた悪魔らしくて、今は引退し、音楽とか習い事をしているらしいわ。DJ異世界で流行ってるのね。
「しっかし、鼻が曲がりそうな匂いだが何中?」
「初めまして、私は犬神金糸雀、この部屋の家主です。今から癖の強いおつまみでお酒を飲もうと思ってるんですけど、一緒にいかがですか?」
「えぇ、催促させちゃったかなー、よろしくね人間の犬神さん。じゃあお言葉に甘えて」
悪魔のラウムさん、ググると、何この悪魔。仲直りさせたり、過去未来現在の事教えてくれたりするのね。悪魔要素なくない? ソファーでひっくり返っているミカンちゃんを見て、ラウムさんはギャル的な指遣いで、
「ウェイ!」
と煽るので、「なり?」と反応して、立ち上がるとミカンちゃんは同じくギャルポーズを返したわ。
「うぇーい! なりにけりぃ!」
要するにヒーリングがあったって事でいいのかしら? ラウムさんはそんな気があったミカンちゃんにジェスチャーでタバコを所望してるわ。
「勇者、モクはやらず! 代わりにキャラメルを持ってり!」
昭和初期はタバコの代用品がキャラメルだったとかいうけど、本当にミカンちゃんは異世界の人なの? って思う時あるのよね。
「あまーい! 何これ? 闇魔界にはない甘味!」
「森永のミルクキャラメルに候!」
森永のミルクキャラメルもウィスキーによく合うのよねぇ。でも今日はそんな甘味じゃなくて、クセが強めな居酒屋であったらラッキーな焼き銀杏。
「お酒は金麦サワー、グラスに氷を入れて飲みましょう!」
異世界も私の世界も変わらない乾杯。ミカンちゃんとラウムさんは腕を組んで飲みあってるわ。
金麦サワー、若干レモン風味がするサワーみたいなのに、後味は麦香る金麦感あるわ。辛口のお酒が好きな大衆居酒屋的なお酒ね。
「ぷひゃああ! うみゃあああ」
「うわぁああ! おいしー!」
「これは、缶のジムビームハイボールのような口当たりであるな」
「あー確かにちょっと分かるかも! さてさて、じゃあ今日のオツマミを言葉通りつまみましょうか?」
全員に銀杏の殻を破る道具を配るわ。銀杏割り器とか言われているペンチみたいな道具。
「これで殻を破ります!」
ペキっといい音と共に、緑色の綺麗な銀杏が顔を出すわ。それをヒョイと口に運んでゆっくり咀嚼。
「あぁあああ、んまぁ」
そう、これこれ! なんなのこの美味しさ。そこですかさず金麦サワーを引っ掛けるわ! 新商品のはずなのに、昔から存在していたかのような、ビール好きが満足するサワーという言葉に恥じないわね。
「銀杏つよつよー! 勇者、これしゅきー!」
「茶碗蒸しに入っているお宝的な物であるが、こんなにたくさんの銀杏を食べれるというのは何やら贅沢であるな」
ペキ、ペキっとみんな破りながらその一粒を楽しむわ。お代わりと言うミカンちゃんに新しい缶を渡して、「ラウムさんもどうですか?」と提案すると、ラウムさんは「まだ大丈夫。ありがとうね」とウィンク、ゆったりとした時間の中でペキっと銀杏を割って物思いに耽るように口に入れる。そして銀杏の味わいを楽しんだ後に、金麦サワーを一口。
「ふぅ、うまいな」
大人ぁ!
大人の飲み方だわ!
私やミカンちゃんやデュラさんには中々できない空間と空気までおつまみにしてるわ。これは、異世界の人の中でもかなり上級なお酒飲みがやってきたわね。
私と目が合うラウムさん。
「何か困り事はない? ムカつくやつとかいたら、これでもかというくらい尊厳破壊してあげたりとかできるよ?」
「う、ウシジマくんなりぃ!」
ウシジマくんは、お金を借りたら尊厳破壊されるという素晴らしい摘発本よね。でもまぁ、そこまで誰かを恨んだりする事私はないからな。
「困り事なんて、お酒を飲めば大体なんとかなりますから」
「犬神さんは凄いねぇ。これでも悪魔の根源的な存在なんだよ。さて、もう一本! と行きたいところだけど、お酒はほろ酔いで帰るのが一番。どれだけ良い酒でもうまい酒でもやりすぎると身体に毒だ。酒との関係は追いかけるくらいがちょうどいいってね! ポエムよんじったよ! ウェイウェイ! じゃあね。ご馳走様」
玄関に向かった先、そこで「あっ! 悪魔! 女神の力の前に浄化されなさい!」嫌な声が聞こえたわ。これから最高のお酒飲み友ができたかもしれないと思った矢先に、ひょっこりと顔を出したのは当然、ニケ様。
「ニケ様、ラウムさん、殺しちゃったんですか?」
「金糸雀ちゃん、悪魔という存在に死はありません」
「どうしたんですか?」
「私の女神の光によって、パパーんと!」
「パパんーとどうしたんですか?」
「中々の超上級悪魔だったんですよぉ!」
「その中々の超上級悪魔をどうしたんですか?」
ニケ様はへの字に口を曲げて「逃げられました」と言うので、私は「ニケ様座ってください。飲みましょう!」「金糸雀ちゃん!」と喜んでいるので、ニケ様に釘を刺しておこうかしら。
「ラウムさんだけじゃなくて、来る人勝手に襲うのやめてくださいね? 今度、それしたらこれ一気飲みしてもらいますよ?」
ガンと私が出したのはお酒……ではなく、お酢。
「まぁ、金糸雀ちゃん、女神になんという口の聞き方ですか?」
「分かりました? 分からなかったら、お酢の焼酎割りしか出さないですからね」
かくして私のニケ様に勝手に暴れない約束を決めつける事ができたわ。
金麦サワー次は割りもので飲もうかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます