第63話 グルメな領主と常総焼きそばとザ・プレミアムモルツ<香る>エール

 ミカンちゃんの好きな場所。ドン・キホーテ、最近ではデュラさんまで連れ出して一緒に行くくらいなのよね。原宿系のふしぎちゃんという程度の認知はあるみたいだけど、東京という町は世界でもトップクラスの異世界なので案外ミカンちゃんみたいな人達がまぎれているのかもしれないわね。


 そんなミカンちゃんが本日買ってきたお菓子、ハートチップル。ニンニク風味のスナック菓子。噂によると茨城県の人はこれを豚肉に見立てて焼きそばを作るらしいのね。その名も常総焼きそばというご当地グルメ。お菓子と料理を混ぜるという魔改造系料理は子供の頃は誰しも一度は行ったかもしれないけどこれが公式という料理は案外少ないかもしれないわね。大学で挨拶程度はする茨城出身の人曰く美味しいとの事、その時は聞き流していたんだけど、目の前にあるなら、やってみる価値はありそうね!


「本日はB級グルメ焼きそば、金糸雀亭開店よ!」

「おぉ! ヤキソバ! 勇者、ひるぜん焼きそば!」

「我は横手焼きそばであるな!」


 ちっちっち! と私は指を振る。ミカンちゃんが買ってきたハートチップルを指さすと、


「具材にこちらを使います!」

「おぉ! 勇者の買ってきたおかし!」


 私達の世界の人間なら、えぇええ! という驚きがあるんでしょうけど、異世界の人にはそういう反応はないみたいね。デュラさんも「ほぉ、食感が気になるであるなー」と頷いているし、


 私のヤキソバの作り方は基本的に硬焼き、なのでちょっとアレンジするわ。電子レンジでチンした焼きそばの麺をフライパンで焼き、周囲にキャベツともやしを散らす。そして別のフライパンでハートチップルを焼きそばソースで炒めるの、ソースを吸って小さくなったハートチップルが豚肉みたいになって不思議な味と食感になるらしいのよね。茨城出身の学生曰く結構思いっきり入れていいとの事。ペアリングはハイボール、よりはビールね!


 ガチャガチャ。


「食事はまだか? ここは? 使用人の便所か?」


 異世界の人ってちょいちょい日本の住宅ディするのよね。本日やってきた人は身なりのいい普通の人っぽいわね。


「こんにちは、私は犬神金糸雀です。この使用人の便所みたいな広さの家に住んでいる家主です」

「ふむ、私は皇都ヴェスタリア領にあるマーヨ男爵領の領主。マーヨ・ネズ7世、人は私の事をグルメ男爵と言う。見たところ、身なりの良い娘だな」


 三本ラインのジャージ、どうも異世界においては高貴な服に見えるのかしら? そんなマーヨさんの元にハートチップルを食べながらやってきたミカンちゃん。


「かなりあー、やきそばー」

「はいはい。マーヨさんもご一緒にどうですか? 今から焼きそばで1杯やるんですけど」

「食事? 言い方から粗野な物と思うがグルメたるものどんな物も食してこそ! ご一緒しよう!」


 先ほど作っていた硬焼きヤキソバに、別で炒めていたハートチップルを混ぜて炒める。ソースを足して味を調えると大皿に盛って、「ミカンちゃん、そのハートチップルかけて」、後乗せサクサクバージョンもあるらしいので両方いっちゃいましょう。


「これは! なんと香しい! 食べる前から美食である事がわかる」

「そうであろうな! 我もはじめて焼きそばを食した時、ないハズの身体にイナズマ魔法を受けた程であった」

「なんと! 魔物! こんなところに、マーヨ・ネズ家は初代がスライム相手に三日三晩の激闘を制してなんとか撃退した程の強力な魔法使い。私もまた精霊魔法を得意とする! いざ魔物よ!」


 ややこしくなってきたところで、私は今日のお酒、ザ・プレミアムモルツ<香る>エールを用意する。


「マーヨさん、デュラさんも勇者のミカンちゃんも同居人ですので大丈夫です。それよりこれ、グルメのマーヨさんでも喜ぶと思います! 私の世界でも結構いいビールです」

「勇者に魔王軍の魔物……ここは一体。しかしなんと美しい青い器か! これは金属? こんなに薄い……ヴェスタリアの鉄細工師でもこんな物は……※銀細工師のクルシュナの仕事か!」

※第一話登場の獣人。

 あー! あーあー! 記念すべき最初の来訪者クルシュナさん。あの人やっぱり有名な人だったのね。


「いいえ残念ながらこれはもっと凄い技術で作られた缶というビール、みなさんで言うところの麦酒の容器です」

「麦酒……私は麦酒はあまり」

「まぁまぁ、そう言わずに、乾杯しましょう!」


 ここは一応ガールズバーでバーテンのバイトをしている私がみんなのグラスに注いであげるわ。半分くらいまで注いだら複数回にわけて入れなおす。7分目くらいまで注いでみんなに渡す。


「じゃあマーヨさんとB級グルメ、常総焼きそばに乾杯!」

「「かんぱーい!」」

「はは、これこれは乾杯!」


 んぐ、はぁああああ! プレモルって実はそこまで好んで選択するビールじゃないんだけどこの香るエールは別格だわ。ほんと上品な香りでビールで贅沢を感じれるってすごいわ。


「うんみゃいい! すっきりー!」

「ぷはーー! ザモルツと違ってこう、まぁるい味からぐっと香が後からやってくるであるな!」


 はいお二人さん感想ありがとうございます。さぁマーヨさんはどうかしら、ワイングラスのように少し回して香を楽しむとグイッと。


「はぁあああああ? これが麦酒? 信じられん。しかもエール。ビールよりも安いエール? うまい。いや、うまいなんて言葉で言い表せない。これは酒の至宝だ!」


 ん? あぁそうか! 昔ってビールとエールって違う物だった国もあるのよね。実際エールもビールの一種だけどラガーとエールで工程が違うから、でも異世界ではエールの方が安いんだ。これは目から鱗ね。それにしても掲げて涙しているマーヨさん、よっぽどおいしかったのね。


「本日はビールの試飲会じゃなくて、常総焼きそばを食べながら香るエールを楽しむ飲み会ですよー! さぁさ! 好きなだけとって食べてくださいね!」


 焼きそばをオツマミとして食べる場合。小皿に少量とってそば、各種具材をそれぞれ、一緒にたべながらビールを一杯。濃い味付けのソースとビールって多分1万年と2千年前くらいから付き合っていたと思うのよね。


「うきゃあああああ! はーとちっぷるヤキソバうみゃああああああ! かおるえーるあうーーーー! かなりあお代わりなのー」


 ミカンちゃんはそう言って空になったグラスをカラカラ振る。もう、行儀が悪いんだから! ミカンちゃんはジョッキにロング缶ね。


「おぉ、ハートチップル。本当に肉のように……これは肉食ではないアロラウネ等にも食わせてやれるな! うむうまい! 金糸雀殿、我にもおかわりを」

「はいはーい! マーヨさん、どうですか? 遠慮なくお代わり言ってくださいねー! お酒だけは死ぬほどこの部屋あるので」


 ずらりと並んでいるボトルを見てマーヨさんは頷きながらそれもお箸を上手に上品に焼きそばを食べて「なんという味、香り、食感。全てにおいてヴェスタリアの食文化を凌駕している……」


 そこまで! 異世界の料理を食べた事がないから分からないけど、昨今のラノベとかだと異世界は食文化が中世ヨーロッパくらいで止まってるのよね。遠慮しがちなマーヨさんだったけど、私達と飲み食いしている中で吹っ切れたのか自らお代わりを、そして香るエールも少し恥ずかしそうに所望して、


「それにしても常総焼きそば、凄い安く作れるのに美味しすぎね。今まで豚肉がない時は竹輪で代用してたけど、これからはハートチップルでいいかも」

「はっはっは! 金糸雀殿は竹輪好きであるからなー!」


 ははは、呑兵衛の性かしら? 綺麗さっぱり常総焼きそばを食べ終え、香るエールも思う存分楽しんだ私達はしばらく動けないので謎の達成感のまま食休み。そんな私達にマーヨさんは、


「焼きそばなる食べ物はいいものだな?」

「はい?」

「味と香りで心を満たしてくれる。この青い器のエールは心を潤してくれる。神に臨もうとした人間が生み出した食文化の極みだな。そうは感じないか? 犬神金糸雀女史」


 なんかあれね。何処かで聞いた事のあるセリフなんだけど、やっぱりこれも元は異世界からの言葉なのかしら。マーヨさんは、


「この気分のまましばらくはいたいので帰らせてもらう。皆、是非私の領に来た時はこれ以上のもてなしをしたい! いや、絶対に来て欲しい」


 いけるかどうかは分からないですけど、まぁデュラさんにミカンちゃんはいけるわよね。


「是非、お邪魔しますね!」

「勇者もいくー!」

「我は行ってよいのか? 一応貴様らと敵対する魔王軍であるが」

「デュラさん、酒の席に野暮な事はなしだ。私に恥をかかせたいのか?」


 そう言ってマーヨさんは私達と握手、デュラさんは強くハグして元の世界に戻って行った。私達はこんな充実した飲み会は久しぶりだなぁと思って、この後は何か映画でも見ようかなと思った時、ニケ様がやってきた。もちろん、常総焼きそばはもうない。涙目のニケ様を前にどうしようかと思ったけど、私もデュラさんもミカンちゃんもまぁ取るに足らない事かなと、やってくる眠気に身を任せたのよね。

 

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