第103話 神官とミックスナッツとカルヴァドスと  

 本日、デュラさんの料理が美味しいっていろはさんに話した事で、デュラさんが拉致されたので、夕飯は私が冷蔵庫の残り物で作った焼きビーフンだったんだけど、それがあまりにも美味しくてご飯が進んだ私達。ニケ様は夕飯前から正座待機してたんだけど、お腹いっぱいになる迄食べて満足して帰って行ったんだけど、焼きビーフンって時間たつとお腹すくのよね。ミカンちゃんがのそのそと私のところに来て、


「かなりあ、勇者おなかすいたかもー」


 かもー、じゃなくてすいてるのよね。何故なら私も、小腹がすいたから……でもミカンちゃんみたいに太らないチート持ってるわけじゃないので、ここで食べるとまずいわ。そういう時どうするよ? どうするの! 大丈夫、私達にはそういう時の味方がいるのよ!


「じゃあ、今日は優雅にブランデーでも飲みながらミックスナッツつつきましょうか」

「えー。まめー。勇者さかなたべたいかもー」


 ほんとびっくりするくらい魚好きよねミカンちゃん。どうやら異世界では魚はご馳走で中々食べられないんだとか、昨今の若者の魚離れにミカンちゃんを見せてあげたいわね。ミックスナッツを用意するとミカンちゃんは目を輝かせる。


「ぐりーんぴーす! 勇者それすきー! 超すきー!」


 エンドウ豆の素揚げね。ミカンちゃんこういうの好きよね。私はイカリ豆とかピスタチオみたいに剥いて食べるのが好きなのよね。


「お酒は……あぁ、カルヴァドス飲んでみる? これ、面白いお酒でしょ?」

 

 リンゴのブランデーカルヴァドス。瓶の中に林檎がまるまる一個入っているという珍しいお酒。作り方は林檎の枝に瓶を入れてその中で林檎を育てるという中々の離れ業で作られるお酒ね。もちろん、こういうのは女の子は可愛くて人気があるし、ミカンちゃんみたいに面白い物好きな娘は……


「うおー! うおー! すげー! 勇者、それ飲む! シュワシュワ!」

「ミカンちゃん、炭酸もいいけど、最初はストレートで呑みましょ。クソ美味しいのは保障するから」


 ワイングラスみたいな形のブランデーグラスを二つ取り出すと、ガチャリと音がする。

 出迎えに行くと、細い目をした錫杖のような物を持った青年。優しそうな雰囲気を感じる聖職者の方っぽいわね。


「愚僧はファナリル聖教会の教えを布教している神官のゼリー・ブドーと申します。布教の旅の最中、郊外の廃墟にて邪悪なる生命を撃滅していた所、気がつくとこちらに……」

「こんにちは、私はこの家の家主の犬神金糸雀です」

「そうですか。ところで犬神さんはどのような神に仕えているんですか?」


 まさか異世界の人から宗教勧誘されるとは思わなかったわ。ややこしいのよねぇ。特にこのファナリル何とか教会の人……とりあえずお酒飲んでこのお話をはぐらかすか……


「ブドーさん、今からお酒飲むんですか、良かったらどうですか? あっ、教会の方ってお酒とかダメでしたっけ?」

「所詮は酒は嗜好品です。ファナリルの神はその程度の楽しみはお許しになる唯一の慈悲をお与えになる神ですから」


 カルト教団あるある。一神教故にまぁ戒律が甘々で神が許したと言えば何でもありになるのよね。とりあえず家にあげると、リビングでミカンちゃんと目があったブドーさん。


「あぁ、もう一人いらしたのですね? これもファナリルのお導き、ファーナン!」


 ミカンちゃんを見るやいなや、詰め寄り宗教勧誘が開始されたわね。でもミカンちゃんの神様って……


「勇者はマフデト・ガラモンの加護を受けし者なり、ファナリルとかいうやばいのはかかわらず」

「は? 地獄落ちますよ。そのマフデト・ガラモンとか悪魔ですよ。というか、ファナリル以外の神って悪魔ですから」


 ヤバイヤバイ! さっさとお酒だそう。


「まぁまぁ、ブドーさん。これ、カルヴァドスってお酒なんです。さぁ、ミカンちゃんもかんぱーい! ウェーイ!」


 ボウル部分を少し温めて香りを広げてから一口。くぁああああ! うまい。

 ブランデー故に他スピリッツでは味わえない風味が口の中で広がって、林檎の甘味と酸味が上品に……


「はぁ、これは実に美味しいお酒ですね。ファナリルに感謝です」

「うんみゃ! 焼きワインかも。前に王様が飲んでたり」


 そっかそっか、異世界も一応蒸留酒あるんだよね。大体宗教の戒律や国の法律で禁じられてたりとかで絶対数が少ないのよね。私の世界でも歴史上、最初の蒸留酒は実は日本酒を持ち帰ったヨーロッパ人が蒸留して作った焼酎なのよね。錬金術師が不老不死の薬を作ろうとして生まれた産物。諸説あるけど、日本という黄金の国、錬金術師達にとって特別な国のお酒を蒸留すれば不老不死の薬ができるんじゃないかと言うのが事の始まりだったかしら。

 犬神豆知識ね!


 さて、ここで私と二人のグラスに氷を二つ程ポトンと落とす。加水されると味わいがグッと変わるのもブランデーよね。


「おつまみにミックスナッツもどうぞ!」


 私はピスタチオをパクリと食べて、カルヴァドスを一口。はぁ、たまにはこういうクラシックバーみたいな飲み方も悪くないわね。


「ほぉ、これは面白い。木の実のようですが、どれも味わい深い」


 ボリボリとミカンちゃんがバタピーをボリボリ食べているのを見て、ブドーさんが話だす。


「浅ましい娘、ミカンさん。今すぐにでもファナリルに改宗なさい。さすれば地獄行きは免れるでしょう。この前も魔物に襲われている村の人々に私は魔物に村を滅ぼされるか、ファナリル聖教会に入信し、救われるかの二択を示した所、村の方々は皆、快くファナリルの神に仕えたのですよ! あの時、皆が入信された事で、私にファナリルの奇跡が起きました。魔物共を抹殺する力、セイクリッド神殺拳を持って村は救われたのです!」


 魔物放ってるのあなた達じゃないでしょうね。お酒が入ったからか饒舌に語るブドーさん。お酒が回れば回るほど、ヤバい宗教である事が露呈していくのなんか面白いわね。


「勇者の守護神マフデト・ガラモンの方が凄いなりけり、かつて世界が滅びそうな時に無敵の巨人が残していった守護神獣。マフデト・ピグモンとマフデト・ガラモンなり! 勇者の村はマフデト・ガラモン寺院があり、村のみんなはそこでお祈りをしてご馳走を食べり!」


 へぇ、島とか村とかに祀られている謎のお社様的なやつね。それにしてもカプセル怪獣みたいな感じの宗教ね。


「はぁあああああああ! そんなの邪神以外の何者でもありませんよ! ファナリルの神は1夜にして世界を生み出し、あらゆる真理を生み出したんですからぁ! あっ、このアーモンドという木の実、美味しいですね!」

「マフデト・ガラモンは人間に喜びという感情を与えたり、お祭りもクソ面白し!」

「喜びという感情はそもそも怠け者の感情です。要するにそんな物を与えた者は悪魔に違いありません! はい論破! 金糸雀さん、この焼きワインお代わりいただけますか?」


 はいはいと私は注ぐ。するとミカンちゃんは1Lジョッキを持ってくると、ロックアイスをボトボトと落として、「かなりあー、勇者シュワシュワー」と言うので、カルヴァドスを入れたジョッキグラスに炭酸水を注いであげる。最後にレモンを一絞り、それにしても宗教同士の口論って果てがないわね。私はイカリ豆をぽりぽり食べながら話の続きを聞く。


「ファナリルの神は時間という概念を生み出し、ここだけの話。魔法を最初に人間に教えたのはファナリルの神なんですよ」


 もう何でもありになってきたわね。なんか面白いから止めないけど、ブドーさん。クルミが気に入ったみたいでクルミを集中的に食べ始めたわ。対してミカンちゃんはぐ、ぐーっとジョッキのカルヴァドスハイボールを飲み、


「うきゃああああ! りんご焼きワインシュワシュワうみゃあああ! して意義ありなりけり! 魔法を最初に生み出したのは人間の超魔道士ドロテア・ネバーエンドなり! 奴は世界を滅ぼす事しか考えていなし、故。ファナリルの神がドロテアであれば邪神なりにけり!」

「あー、間違えたー! ドロテア・ネバーエンドに魔法教えたのがファナリルでしたー! だからドロテアは邪悪ですが、ファナリルは違いましたー!」


 ドロテアさん(だいぶ前に来た人)が魔法の始祖なのは本当なのね。ミカンちゃん、グリーン豆をボリボリ、ボリボリ。かなり力を溜めているわね。まぁ、でも異世界の人は仕える神様や加護をくれる神様とかがいて自分の神様へのリスペクトが凄いわね。


 そして、このどちらの神が優れているか論争を終わらせる人物が私たちの部屋にやって来るのでした。


 ガチャリ。


「やっほー! 金糸雀ちゃん! みんなの勝利を願う女神。来ましたよー! 今日のご飯美味しかったんですが、何だかお腹すいちゃいましたぁ」


 ガチの神様がやってきたけど……ニケ様、登場でカオスが予想されるこの状況。私は簡単にこの状況を説明すると、この浅ましいどっちの神様が優れているか論争、そんなくだらない事を終わらせるようにニケ様は女神の笑みをして二人に説法を解いた。


「ファナリルさんもマフデト・ガラモンさんも非常に優れた神ですよー! そして役割が違います。救済と虐殺の神ファナリルさん、怠惰と豊穣の神マフデト・ガラモンさん。それぞれのステージが違います! 私だって戦争と勝利の女神なんですから! 神々に優劣なんて物は存在しないのです。ですから、お二人とも喧嘩はおやめなさい」


 ほんとこの人、お酒飲んでないとまともな神様なのね。でも二人はニケ様の言葉に対して、


「は? 勝利の女神? ファナリルの神は勝利も入ってますから! 自ら女神を名乗るクソビッチは消えてください!」

「クソ女神は黙ってり! これは勇者の故郷の村とクソ神信仰との代理戦争なり!」


 そんな慈愛に満ち溢れたニケ様に対してそんな事を言うものだから、ニケ様はあははと苦笑してる。ほんと、お酒飲まなければ女神様なのよね。美人だし、正直私は好きなタイプの顔をしてる。そんなニケ様は、


「とりあえず金糸雀ちゃん、私にもその可愛いお酒くださるかしら?」


 触らぬ神に祟り無しという言葉が私の国には存在する。火のない所に煙は立たないというし、そういう言葉ができた理由ってきっとあるんだと思う。

 ミカンちゃんとブドーさん、そして巻き込まれる形で私は、酒乱と説教の神の降臨とその恐ろしさを明け方まで骨の髄まで感じる事になるのだ。

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