第353話 単眼娘といわし握りと東洋美人と
「大量なりっ!」
「一杯釣れたけど」
「うむ! サビキ釣りとやら、殿下にも教えて差し上げたいであるな!」
近所の海づり公園に三人が遊びに行って、沢山イワシを釣ってきたのよね。色々料理はできるし、アンチョビもどきというか、イワシの内臓の塩漬けを作ったり、南蛮漬けを作ったり色々できるんだけど、ミカンちゃん達が釣った魚の初期処理が良かったので、酢でシメて、
「お寿司作ってみましょうか?」
「えっ? かなりあ、にぎれり?」
「金糸雀殿、凄い凄いとは思っていたであるが、まさか寿司まで握れるであるか」
「凄すぎるけど」
お寿司って普通家で握って食べない? まぁいいわ。酢飯を用意して、ネギとおろし生姜も用意ね。
「デュラさん、イワシを全部3枚におろしてもらっていいですか? デュラさんなら超能力で包丁使えるので、鮮度落ちずに済みますし。あと煮切り醤油も作っておいてください」
「合点であるぞ」
さて、じゃあ私は……氷水をボウルに用意して、そこに手を入れて……
「ち、ちべたい!」
「えっ? かなりあ……どエムなり?」
「修行?」
「あぁ、私体温高めだから手を冷たくして握るの。あとイワシは足の速い魚だから早く処理をしたいのよね」
酢と塩で作った漬け込み液に三枚に下ろしたイワシを漬け込んでいくわ。その間に、本日飲むお酒は……
「無難に日本酒ね。東洋美人なんてどうかしら? 創業者が亡き妻を想って名付けたお酒よ」
よく冷やしてあるので、イワシが酢に馴染む前に一杯みんなで飲みましょうか!
ガチャリ。
「あら、いい時に来たわね。お出迎えしてあげて」
「別にいいけど」
ケートスさんが行ってくれたわね。ミカンちゃんはソファーでひっくり返りながらスマホで漫画読んでるわ。なんだかなぁ。
「サイクロプシスなんだけど」
「えー、その言い方差別っぽいんですけどぉ。単眼娘って今はいうし」
あら、元気な感じの女の子がやってきたみたいね。ケートスさんが連れてきた女の子はギャルの格好をして緑の髪をポニーテルにした、一つ目である事以外は街にいそうな感じね。
「いらっしゃい。私は犬神金糸雀。この家の家主よ」
「えー、めっちゃ美形じゃん! ウチは単眼娘のサイク子、よろー」
あっ! この子。良い子だわ!
だって私を褒めてんだもん!
「今からお寿司で一杯やるんだけど、サイク子ちゃんも一緒にどう?」
「飲む飲む! お母さんがいるとお酒飲んだら煩いから全然飲ましてくれなくてさー!」
「もしかして、お酒飲むのに年齢とか制限あるやつかしら? だったら私も提供できないけど」
「違う違う。前にウチさ、友達の牛娘と有翼娘。ミノタウルスとガーゴイルなんだけどー。一緒に飲み明かして二日酔いで四日位寝込んでからさー、チョー厳しくてー」
うーん、この感じ、初めてお酒飲めるようになった大学生あるあるね。じゃあ、お酒をガラスの徳利に注いで少しだけ空気に触れさせてあげるわ。
みんなのぐい呑みに注いで、
「じゃあ、イワシを飲む前のお神酒に乾杯!」
異世界もこっちも共通の乾杯。とりあえずクイッと一杯。東洋美人、初めて飲む日本酒にをテーマにされているだけあって、クセがあんまりないわね。私とか癖つよのお酒が好きな人には物足りないかもしれないけど、逆に異世界の人とかで日本酒を飲む人には……
「甘い! おいしー! なにこれ?」
「私の国が誇る、お米のワイン。日本酒よ! 温めて美味しい、冷やして美味しい。カクテルにもなるし、料理にも使える万能なお酒ね。はい、お代わりどうぞ」
「ごち!」
「おぉ、確かに良いキレであるな」
「普通に美味しいけど」
ミカンちゃんは据わった目で炭酸がないのが物足りないんでしょうね。でもぺろりと舌を出してるから美味しいということは間違いなさそうね。
さて、お酒で体も温まった事で、冷水に手を入れて握りますか!
「じゃあどんどん握っていくから! デュラさん、みて覚えてくださいね」
「う、うむ! 頼むであるぞ」
三枚におろした身に包丁で切り込みを入れておくわ。そして、ビニール手袋をつけるといざ! 鮨飯を作るとイワシの身に乗せるようにシャリを落としてくるむ。少し空気を入れるように指で押してから成形。ゆっくり5秒くらいかけてデュラさんに見せると、ハケで煮切り醤油をかけておろし生姜とネギを乗せて完成。
「あとは全力で握りますね」
初めて上京した時に兄貴にまわっていないお寿司が食べたいと言ったら、まさかの自家製お寿司を用意されて、それからどうしても良いお寿司が食べたくなったら自分で作るようになったのよね。お寿司屋さんのお寿司の握り方は一週間あれば自分で食べる分には十分な領域になれるし、同じ鮮度のネタを用意して食べた場合。その価格たるや十分の一くらいになるわ。
※但し、寿司職人と素人だと同じシャリを使っても明らかにあと一歩の差があるので、そこが気になる人は素直に食べに行った方がいいです。
全部で60貫くらい作れたわね。素人が青物のお寿司を作る時はちょっと酢が濃いかなくらいで作った方が当たらないわよ。特にイワシとサバと秋刀魚は要注意ね。イワシなんて弱い魚って書くしね。
「じゃあ、どうぞ。一応煮切り醤油塗ってるけど、味が足りなかったらお好みでお醤油どうぞ!」
「しかし、金糸雀殿。この煮切り醤油とやら、以前にスーパーのお寿司を食べた時はついておらなんだが……」
「所謂江戸前寿司ってやつですよ。昔の人風に言うとど根性カエル寿司ですね。そのまま食べても味がついているのが煮切り醤油の江戸前寿司です。そもそも江戸前って上方、関西から出張で江戸城に仕事にくる人が多かったので、イラちな人が多かったから手早く食べられる物として流行ったんですよ。ちなみに佃煮もそうでう。兵庫文化が下町の佃煮として栄えてます」
※著者は、関東の老害店主と江戸前、江戸っ子で揉めた時に毎回それ関西の文化ですからねと言って論破してます。大人気ない話ですね。逆に関西の老害店主と喧嘩する時はいやいや、それ東文化ですからーと論破してます。大人気ない話ですね。
「ほぉ、このイワシの寿司一つとっても文化であるな。この日本という国の多彩な文化は舌を巻くである」
「勇者、日本い永住キボンヌ」
「日本は基本移民を認めてないけど、異世界の住人だったら行けるかもね」
さて、単眼のサイク子ちゃんイワシのお寿司を眺めて冷や汗流してるわ。
「カナちゃん、これ生じゃね?」
「そうよ。私の国は生でお魚食べる唯一の文化があるのよ。それも数百年も前から食べてるから味付けも神がかってるわよ!」
異世界の人はお魚を食べるという事がそもそもない上に、生で食べるとか異常すぎる文化だったわね。ミカンちゃんとデュラさんが当たり前に食べるから忘れてたわ。
めちゃくちゃ苦手そうな顔をしてるわね。
「サイク子ちゃんのだけ、焼いてあげようか?」
「いや、せっかくカナちゃんが作ってくれたのだから食べるし」
いい子。でも我慢しなくていいのよ。大きな目をつぶってパクりと食べるサイク子ちゃん、多分気持ち悪いんですようね。ゆっくり咀嚼して……咀嚼して……
「えっ! 甘い! おいしー、マジこれ?」
落ちたわね。
西では青物、東では光物。と呼ばれた魚群、生で食べると馬鹿みたいに甘いのよね。そう、一度この味を知ってしまったらもう逃げられないわ。
「ふふふ、金糸雀の作るものに間違いないけど。はい一杯」
ケートスさんがサイク子ちゃんのぐい呑みに東洋美人を注ぐわ。この東洋美人が生のお魚と出会う事で、お魚引き立てて、お魚は東洋美人を引き立ててくれる最高の夫婦になるよね。
「あぁ、ダメ。これハマるかも」
「勇者、プシューってファイアーかけるやつしてほしい!」
あぁ、ガスバーナーね。耐熱皿を用意して……じゃあ、5貫分私は焼き色をつけるわ。
ブォオオオオ!
「はい、お待たせ。ついでに東洋美人のぬる燗もどうぞ」
焼き色をつけて油が溶けたイワシの握りとぬる燗。これがまた全然違う世界を映し出してくれるのよね。ミカンちゃんが珍しく炭酸でお酒を割らずに手掴みでお寿司をヒョイパクと食べてるわ。実はお寿司のマナーは手掴みで食べる事なのよね。最古のファストフードだし。
ガチャガチャ……カチャリ。
なんかドアノブ回して開かないから鍵で誰か開けたけど……
誰?
「うぃー金糸雀ぁ! オーザックを買ってきたから飲もう。さけー」
セラさん……ウチの合鍵持ってるの? なんで? 犯罪?
あっ……昔兄貴と一緒に住んでたんだった。鍵変えようかしら? それとオーザック持ってこられても困るのよね。毎回セラさんが持ってくるオーザック戸棚に入りきらなくなってきたよの。
「えっ? セラ様? まぢ? 本物?」
「あー、私か? 紛れもなくあのセラ・ヴィフォ・シュレクトセット! 最近では葬送のフリーレンとかロードス島のディードリットとか小娘が調子乗ってるらしいが、私以外のエルフは犯罪だ!」
いや、いくらなんでも小者がすぎるでしょ。なんかまぁ、セラさんとかニケ様って過去の栄光に縋るタイプだからボロが出た時やばいんだけど、サイク子さんがサインとか所望してるから夢を壊さないでいてあげましょうか……
まぁ、10分と経たないうちに夢崩れるんだけどね。
「うっぷ、気持ち悪い。というか、なんか発疹が……金糸雀、毒を食わせたのか馬鹿者!」
「イワシにあたってるんですよ。薬飲んで私の部屋で寝ててください。ほっとけば治るでしょ」
もうサイク子ちゃんはセラさんに興味を持たずにミカンちゃんとケートスさんにデュラさんとSwitchでパーティーゲームやってるわ。
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