第86話 ニンフとインスタントしめ鯖と鍛高譚と
無性に酸っぱい物が食べたくなる時ってあるわよね? それは身体が疲れているサインという事を聞いた事があるわ。妊婦さんが酸っぱい物を食べたくなる理由は体内のホルモンバランスの変化というけど、結果として出産を前に子供に栄養を送っている分の疲れもあるんじゃないかしら? 私は、連日バイト先の従業員がインフルエンザで倒れた為、ヘルプとして駆り出される毎日よ! でもちゃんと大学の勉強もしていたからクタクタ……
「かなりあー! 勇者さかな食べたいかもー!」
と、私を飯炊き婆のように酷使するミカンちゃんとかもその要因かもしれないわね。でも、神はいるの! まぁ、神というか悪魔なんだけど、それも首だけのデュラハンのデュラさん。
「これ、勇者! 金糸雀殿はお疲れである。ここは我が何か一つ、元気になる物を用意するである! 宜しいか金糸雀殿?」
「えー、助かるぅ! デュラさん、ありがとうございます!」
「礼には及ばぬよ! 金糸雀殿は風呂にでも入って汗を流すと宜しい! はっはっは! ようつべを見て我も作りたくなった物があってな! 酒も選ばせてもらってよいであるな?」
「うん、上と下のリカーラック以外は何飲んでもいいので、お言葉に甘えてお風呂いただきまーす!」
私は一番風呂を頂く事に……デュラさん、ちゃんと洗濯にも使える入浴剤を使ってくれていて……ほんと出来た人よね。まぁ、悪魔だけど。脱衣所よりごそごそと音が聞こえる。
「犬神様ぁ! ご一緒してもよろしいですか?」
「あー、うん。狭いけどどうぞ!」
ルーさん、凄いなついてくれてるし、可愛いんだけど……このワガママボディを見せつけられると少しばかり閉口したくなるわね。そしてもう一人の来訪者。
「かなりあー、勇者これもってきたり!
ミカンちゃん、手には缶ビール……前にも同じことしてたわよね。絶対に美味しい奴なのは分かるけど、お風呂でビールを飲むとなんだか何か大事な物を失いそうな気がするので、
「さぁ、さっぱりしたところで上がりましょうか? デュラさんが準備してくれているお酒を飲む前にビールなんてとんでもないわよ!」
「ああん! 勇者麦酒のみたいー」
「ルーさん、ミカンちゃんを置いていきましょ!」
ルーさんもお風呂を出るのをちょっと渋る。なんだろうと思ったんだけど、
「犬神様とお風呂……」
「あぁ、じゃあ今度みんなで健康ランドでも行きましょうか? 凄い大きいお風呂なんだから!」
異世界の人ってみんなお風呂大好きなのよね。まぁ、私は一人で入るお風呂も好きなんだけど……ミカンちゃんとかサウナ好きそうね。
二人の身体と頭の水分をわしゃわしゃと拭いてあげていると、何やら部屋の方が騒がしいのよね。
「くそっ! なんという魔力。今の我では……が、金糸雀殿達が来る迄は! 闇魔界の爆炎よ! ケイオス・メガ・フレアぁ!」
デュラさんの口元から凄い大きな炎の弾が吐き出され、それに対峙しているのは、虚ろな目で杖を構える美少女? デュラさんが追い詰められているので何やら凄い人なのかしら?
「静かに、恨めしく、死んでいけ! 邪悪なる魂よ」
もうダメだ! というそんな時、我らが勇者であるミカンちゃんが、デュラさんの前に立つ。
「どぉどぉ! ニンフ。デュラさんは魔王軍大幹部だけど倒してはいけない!」
「ミカン……何故魔王軍の僕を守るか? その心は?」
ゴゴゴゴゴゴゴ! とミカンちゃんとニンフと呼ばれた美少女が見つめあう。そしてミカンちゃんが手を上げて、
ゴツン!
あっ、殴った! ミカンちゃん、暴力という文化的ではない一番最低な方法で今の状況を強制終了させたわ。
「デュラさんは勇者の呑み友。いかに、勇者の幼馴染の精霊でも許すまじ!」
「ミカンの友? ならばこのニンフの友?」
まったく話が見えないけど、ミカンちゃんの幼馴染の美少女ニンフさん。私達がミカンちゃんの説明を待っているとミカンちゃんが頷く。
「勇者が子供の頃、勇者の家の果物畑に寄生していた精霊なり」
「寄生ではない、住み着いてたり!」
この喋り方はミカンちゃんの地方特有の物なのかしら。どうやら、今日もニンフさんは果物畑の果物を食べながら悠々自適な生活をしていたら扉を見つけて開くと目の前に悪魔がいたので、
「悪魔死すべし! となり」
短絡的かつ分かりやすい説明ね。
「ニンフさん、誤解も解けた事でここは私の家よ。ここにいるみんなは居候ね。今からデュラさんの作ってくれた料理を食べながら飲むんだけど一緒にどうかしら?」
「ご相伴にあずかり! デュラさんごめなんさい。ミカンの友とは知らず数々の狼藉にもう省せり」
「いや、構わぬよ。しかし、野良の精霊とは思えぬ強さで正直焦ったである」
「ニンフは半女神なり、故の強さ」
ミカンちゃんと同じ仁王立ちで自信を見せつけるニンフさん、とにかくミカンちゃんの地域がなんかヤバいんでしょうね。デュラさんが用意してくれたのはしそ焼酎の、
「鍛高譚じゃない! 大学生酒の一つよねこれも!」
「よく分からぬが、今回はこのオンザロックで楽しんでいただこう!」
「えー、勇者しゅわしゅわがいいー!」
ドン! とデュラさんはソーダメイカーで作った炭酸をミカンちゃんの前に置く。ミカンちゃんは炭酸大好きなので想定してたのね。
「ルー殿とニンフ殿はオンザロックで構わぬか?」
「大丈夫でーす!」
「構わぬ!」
という事で、ミカンちゃんだけソーダ割で鍛高譚。しその焼酎よね。グラスを掲げて、
「お疲れの金糸雀殿と強烈なのら精霊のニンフ殿に乾杯である!」
「「「「かんぱーーい!」」」」
かーっ、鍛高譚のオンザロック憎いわね。疲れがときほぐされていくみたいだわ! ルーさんも「あっ! このお酒おいしー」と感動。ニンフさんは「ん? んん? うまし!」とデュラさんに親指を上げる。そしてミカンちゃんは炭酸割りで、
「うんみゃい! シュワシュワと甘酸っぱい味がベストなのー!」
さぁ、デュラさんがどんなおつまみを作ってくれるのか……割と凝った料理とかも最近覚えたのよね。そうワクワクしている私たちの前にデュラさんが置いた物はなんの変哲もないサバの水煮缶。
いや、美味しいけども……最高の酒の肴だけれども……ちょっと残念。
「い、いただきまーす!」
私はその時、罠にかかった冒険者のようだったのかもしれない。デュラさんがニヤりと笑ったのよね。かはっ……これは……
「デュラさん、なんてことしてくれたのよぉおおおおお!」
私の叫び、私が愕然としている中、ルーさんとミカンちゃん、そしてニンフさんも無言でサバの水煮缶を口に運ぶ。
「!!!!!!」
「これは……なんというフェスティバルなり」
「うんみゃああああああああああ!」
そう、私たちは見た目に騙されていたの、完全にサバの水煮のハズなのに、何故かシメサバの味がする。何これ? どういう事? ゲシュタルト崩壊を起こしそうな私はなんとか意識を残して鍛高譚のロックをクピりと呑む。現実に戻ってくる爽やかな味あい。
「デュラさん、これは一体……」
「インスタント〆さば。水煮缶の水気を全部出して、ミツカンのお酢を入れてしばらくおいた物である! 疲れた時は酸っぱい物、そしてサバは皆が大好きな栄養食材であるからな! はっはっは! 皆の驚いた顔で一杯やれそうである!」
そう言ってデュラさんもロックを一口。度数は低めの焼酎なのに、ガツンとくるのよね!
「ミカンがかような場所で旨き物を食している事、ニンフは嫉妬を隠せず!」
「勇者は金糸雀の家に永久就職せり! デュラさんとルーもいて幸せいっぱいなりー! デュラさん、たんたかたーんのしゅわしゅわお代わりなの!」
「あい、分かった!」
トンとロックアイスとソーダ水を入れて完璧なソーダ割りを作るデュラさん。それにしてもこれ本当に美味しいわね。Youtubeで見た簡単おつまみらしいけど、時間と味が伴っていない神がった料理ね。実際には殆どしめ鯖って言うみたいね。
「私もデュラさん、お代わり!」
「デュラさん、犬神様と同じ物を!」
「任せておくである!」
カランと鍛高譚を飲み終えたニンフさんはその薄い緑色の髪を靡かせて、
「デュラさん! ニンフも勇者が飲んでいる物を所望せり!」
ドン! そう言うと思ったのかデュラさんは凄い速度で私たちのお酒を用意してくれた。一つ目の缶を食べている間にデュラさんはオリーブオイルとバルサミコ酢でしめたイタリア風しめ鯖を作ってくれる。
「これ、美味しい! 私も炭酸わりにしよ!」
鍛高譚とインスタントしめ鯖の相性は抜群ね! ワイワイガヤガヤと私達はお祭り気分でお酒を楽しむ。久しぶりの再会にミカンちゃんとニンフさんは肩を組んで故郷の詩なんかを歌っているわね。
そんな楽しい時間はすぐに終わりが来るのよね。
ピキーんとニンフさんの髪が妖怪アンテナばりに立つとニンフさんはグラスの中身を空にして、「ご馳走になり! ニンフは果物畑に戻り!」とそそくさと玄関から出ていく。それにミカンちゃんは目を大きくして、
「勇者、ドンキいく!」
と隣の壁抜けをしようとしたけれど、玄関から現れた来訪者に腕をガシっと掴まれる。
「ひぃいいぃいい! かもー」
そこには打倒お稲荷様に燃えている勝利の女神様が髪型を毛先がふんわりとカールした感じにイメチェンしてやってきた。多分、見た目とかそういう部分じゃないんですよね。普通にニケ様は美人なんですけど……
「勇者、ニケがきましたよー! お外に出なくて良かったですね? さぁ、女神との宴のお時間です!」
デュラさんは冷蔵庫からノンアルコーハイボール、ゼロボールを用意したけど、見向きもせずに鍛高譚のお湯わりから始めるニケ様を私達はどうする事もできなかった。
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