第77話 ジャッカロープと麻婆豆腐と杏露酒と
「かなりあー。三遊亭のでーぶいでー欲しいかもー!」
「いらないでしょ! 絶対飽きるわよ」
最近ミカンちゃんは落語カフェで“時そば”の演目を見てから落語にプチハマりしているのよね。ちなみにデュラさんは最近将棋にドはまりして藤井くんと羽生さんの名勝負にくぎ付け。趣味趣向も私の世界にはいくらでもあるけど、二人からすればそれはそれは驚くべき文化なんでしょうね。給料日前、美味しく栄養価があって安い物。豆腐。
三人とも湯豆腐大好きなのでそれでもいいんだけど、今日はひき肉が安かったのでちょい辛めの四川風麻婆豆腐を作りましょう
基本和風中華を作る際はパウチの中華料理の元を買うより豆板醤を買っておけば大体の物は作れるのよね。ひき肉200g、にんにくチューブ、ショウガチューブ。ベランダで育てたネギ半分を炒めるの、豆板醤小さじ2を入れて更に炒める。紹興酒大匙2、醤油大匙2、中華スープチューブ大匙1、砂糖大匙1、水300g、水溶き片栗粉適量を入れてひと煮たちすると、一口大にした豆腐を加えて煮立てる。最後に弱火で水溶き片栗粉を加えてまぜるととろみがつくのでごま油とねぎを振りかけて完成! 好みで山椒と花椒をかけて食べればシビカラよ!
「お酒は紹興酒でもいいんだけど、和風中華なら国産中国酒にしましょうか、はい。じゃじゃーん! 杏露酒です」
とても甘くて飲みやすいお酒、大学生の飲み会で度々お酒を飲めない人を潰してしまう事も多い国産リキュール。度数は14度ね。寒の戻りなのでここはふんわりお湯割りで、
がちゃ
「た、たのもー!」
ニケ様じゃない来訪者って安心するわね。なんか、凄い耳に残らない声の主は……
「えぇっと、オーガ娘さん?」
「ジャッカロープだ痴れ者! オーガと同じにするでない!」
いやー、幼い男の子? ウサギさんの垂れた耳と雄々しく上を向いている角。ぐぐってみると、ウサギに鹿の角をつけた剥製だとか、ウィルス感染で角らしき物が生えたとか比較的私の世界では新しい伝承なのね。でもまぁ、異世界には実在するみたいなので、誰かがジャッカロープさんを見たという事かしら、
「それはそれはすみません。私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です」
「おぉ、とても広い家に住んでいるという事は金糸雀は貴族か何かか? 気品あふれる三本線の服といい!」
異世界の人からしたらジャージってそんなに高貴な物に見えるのかしら? それにしても私の部屋を初めて広いと言ったジャッカロープさん、小学生の男の子くらいの大きさしかないのよね。
「あの、失礼ですがご年齢は?」
「今年で27になる」
お年上でしたか、じゃあいける口ね。
「今から晩酌なんですけど、一杯どうです?」
「もてなし痛み入る。冬眠中に目覚めてしまい目を開けたらこの扉があってな」
リビングに案内すると、そこで時そばを演じているミカンちゃんとその横で詰将棋に精を出しているデュラさんがチラりとみて、ミカンちゃんの目が大きく開き輝く。
「つのうさぎー!」
「待て! 私に触るな痴れ者め」
「兎角であるか、今の時期からそういえば目覚め始める頃であるな」
「ジャッカロープと言っておろう?」
多分、ミカンちゃんの田舎やデュラさん達の地域でそれぞれ言い方が違うんでしょうね。なんかこの感じ久しいわねぇ。いつもなら変な女神様が乱入してくるんだけどこの前もう使わないDVDプレイヤーともう見なくなったDVDをあげたので当分こないでしょう。
「さぁ、ジャッカロープさんも遠慮せずに暖かい内に食べて呑んでくださいね! それではそろそろ訪れる春に! 乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
あちち。はぁ、お湯割り。ほっとするなぁ~。
「んまぁい! 勇者は蜂蜜をとっぴんぐせり」
ペロリと舌を出して紅茶でも飲むようにミカンちゃんはそう言って蜂蜜チューブをにゅっと入れる。デュラさんはショウガを少しまぶして、
「うぅむ、焼酎お湯割りと違って主張してこぬがこの杏という果実の香りと味が実に上品であるな!」
「ほふぅ、身体が芯からあったまりよるなー、これなら越冬も起きたままできそうだ」
ポカポカ温まったところで、さてさて次はちょっと刺激的な麻婆豆腐。取り皿に取り分けて、横浜中華街で買ってきた小さい蓮華を付ける。
「お好みで胡椒とか山椒とかかけてたべてくださいね!」
自分で作ったわけなので、私個人としては美味しいと思うんだけど、やはり気になるわね。食通になりつつあるデュラさん、基本的に濃い味付けが大好きなミカンちゃん、そして多分麻婆豆腐なんて未知との遭遇のジャッカロープさん。
実食!
「はむっ……か、辛い! 口の中が……うまい。うまいぞ金糸雀! しかしこの口の中で溶けるような食べ物。果実? まさか空の雲か?」
「それはお豆腐って言って、豆から作る食べ物なんです」
「豆から?? 理解を越えた食べ物だ……いやしかし美味い」
「そりゃどうも、さぁ、お酒も追いかけて」
確かに豆腐なんて私も一から作れとか言われたらちょっと頭捻るわよね。そんなのが安価に買えるなんてほんと凄い時代なのね。二人も麻婆豆腐は多分初めてだけど
「むふー! かなりあのごはんちょーウマかもー! ご飯にかけてたべたいのー!」
「うむ。我の料理の師なだけある。これら調味料をかけて食べるのが今から楽しみであるな!」
順当に美味しいと言ってくれると作った甲斐があるわ。
「あっ! やきゅー! やきゅーみるのー!」
ミカンちゃんが忘れていたとテレビをつけて、WBC侍ジャパンの練習試合。ミカンちゃんの大好きな阪神タイガースと恐らく歴代最強の日本代表との試合。イケメン大谷選手がまさかの3ランホームランを立て続けに放ち、ミカンちゃん硬直。デュラさんも開いた口がふさがらず、そんあ様子を見ていたジャッカロープさんが、杏露酒のお湯割りをおかわりしてそれに口をつけながら、
「この箱の中にいる連中はあの小さい玉を打ち上げる遊びをしているのか?」
いやまぁ、そう見えるけど……野球に詳しくない私でもまぁまぁ異常な光景よね。ジャッカロープさんは山椒を麻婆豆腐に振りかけて蓮華でぱくり。
「うっ……毒? ではないな。ジュンと口の感覚がなくなった。でもうまい! この暖かい酒がよく合うぞ!」
「いやぁ、ジャッカロープさん通ですねぇ! 花椒も一緒にかけて限界まで試していくとシビカラの先みたいなの感じれますよ! うひゃ! 痺れる!」
数年前に流行ったわよね。痺れる感覚が快感で結構ヤバい領域までかけたラーメン出すお店。でもこの痺れ感と杏露酒がよくあうのなんのってもう。
「しかし飲みすぎるなこの酒は実にけしからん」
「そうですか?」
「あぁ、酒なんて二杯。多くても三杯がいいところだろ?」
そうなの? ミカンちゃんとデュラさんと一緒に飲んでるから気にならなかったけど、よく考えると大学の数少ない友人達と飲みに行っても2,3杯で終わってるような。飲み足りなくてバーに一人で行ったりしてたから気づかなかったけどみんなあのくらいでいいんだ。五杯目の杏露酒お湯割りを飲んで少し目がトロンとしているジャッカロープさん。
あぁ、睡魔と戦って目をつぶり、開けて、またつぶりそう。なんか凄い可愛い。そして寝ちゃダメだとなんとか起きて、
「醜態を見せる前においとまする。これ、冬眠明けに食べようと思っていた干した木の実だ。甘くてうまいぞ!」
そう言ってジャッカロープさんが見た事もない木の実のドライフルーツ。デーツとかに近いんだろうか? それをくれたので、私は代わりに、
「お水で戻して食べる高野豆腐です。冬眠明けにタンパク質とれますからお返しに!」
「困ったな。金糸雀、惚れそうだ」
チュっ。
と私のおでこにキスをしていく。うーん、7歳年上。凄いいいんだけど、見た目が小さい男の子なのよね。もう、なんでジャッカロープさんを生み出した神様は高身長のイケメンにしなかったのか恨みそう。
「じゃあまたいつかどこかで!」
「うむ、ふわぁーあ。勇者に悪魔も達者でな」
そう言って手を振るジャッカロープさんに二人はテレビにくぎ付けだったけど、
「うむ! 春までゆるりと寝るといい」
「あぁん、耳をもふりたかったー」
少しずつ気温も上がってきたし、もう冬も完全に終わりね。日本酒やシャンパンが美味しくなる時期だけどもう少しだけ冬を楽しみたいわね?
「杏露酒。お代わりいる?」
「うきゃあ! いるー!」
「いただこう!」
ガチャリ。
私達の表情が固まった。春の夜の夢の如しとはいかない長い説教に私達は備えた。
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