第347話 泥田坊とブラックサンダー柿の種とドラフトギネスと
“おう! お前ら! 今日の配信はこれで終わっけど、次に俺に飲んで欲しい酒はなんだ? 俺を楽しませる酒じゃねーとタダじゃおかねぇーぞ? あぁ? 黒ビール……いいじゃねぇか、じゃあ次回の配信までにお前らも用意しとけよ“
私は私に泣きながらしがみついているVtuber、酒呑くん事。美優さんと一緒に酒呑くんの前回の配信を見ているわ。
「うおー! うおー! 酒呑くん次回は黒麦酒になりにけりぃ!」
「うむぅ、楽しみであるなぁ! で、美優殿。どの黒麦酒にするのであるか?」
ミカンちゃんとデュラさんはこの酒呑くん事美優さんの大ファン。俺様系酒飲み系Vtuberだけど、彼女本人はかなり自己肯定感低くてすぐに病む依存体質の女性なのよね。
ちなみに私よりも歳が二つも上、よく今まで生きてこれたわよねこの人。
「もう無理! もう辞める! もう嫌!」
はぁ、また出たわ。美優さんのVtuber辞めるアピ、病み系女子の死にたいくらい吸って吐くように出てくるのよね。
「美優さん、前も言いましたよね? そういうことばっかり言うともう入れませんよって」
「金糸雀ちゃん、優しくないー。優しくしてぇ!」
優しくしたらしたで、ここに住むとか言い出すしね。いい大人なんだから、突き放すときは突き放さないといけないのよ。
「私はいつでも優しいですよ。ただアテにされるのは嫌いなんですよ。そもそも何でウチに来たんですか?」
「だって〜、黒ビールまずいんだもん」
は?
「今、なんと? 黒ビールが……」
まずい?
流石に今のはカチンときちゃったなぁ。
「美優さん、不味いお酒はありません」
「えっ?」
「何飲んだんですか? 不味いって?」
「えっとねぇ? 金糸雀ちゃん、私が飲んだのこれ」
なになに? はぁあああ? スリランカのライオンスタウトぉおおおお? くっそ美味しいやつじゃない? えっ? 美優さんって馬鹿舌なの? 死ぬの?
「なんで、そんな苦いの最初に飲むかなぁ? ライオンスタウトなんてもう、さいっこおぉの黒ビールだけどぉ! 最初はそれじゃねぇ! 何やってんだ馬鹿酒呑!」
「金糸雀ちゃんにバカって言われたぁ!」
ガチャリ。
私が冷蔵庫からおすすめの黒ビールを選ぼうとした時、誰かやってきたわね。なんだろう? 不快じゃないけど……大地の香り。
「ミカンちゃん、デュラさーん、ちょってお出迎えをお願い」
「任せるであるぞ!」
「えー、めんどい!」
と二人が別々の事を言いながら玄関に向かっていくと、「おぉ、ゴーレムであるか? また古風なゴーレムであるなぁ」「勇者違うとおもー!」と二人の意見が食い違っているけど。
「ッッッッッ!」
「ひっ! 金糸雀ちゃん!」
「あーはいはい。今日は完全に言葉が通じない系の方ね」
土でできた人型の何かね。なんだろう、この人はなんて呼べばいいのかなぁ?
「ど、どろたぼぅ! デュラさんと言い、なんdこの家妖怪ばっかりなのぉ? もうヤダ、マジ意味わかんない」
どろたぼう? グーグル先生、よろしくお願いします。
泥田坊。おじいさんが、子孫の為に田んぼを買ったけど、その息子がクソニートで田んぼを売ってしまった事で妖怪になった……えっ? やばくない?
「泥田坊さん、こんにちは私は犬神金糸雀です」
「ッッッッッ!」
なんだろう? まぁ、一緒にお酒を飲めばいいかな?
「なんか金糸雀ちゃん、泥田坊が田んぼを返せって言ってるよー」
「酒呑くんすげー! バケモノの言葉聞こえり!」
「うむ。我でも分からぬ言葉であったが、さすがは酒呑くんであるな!」
泥田坊さんは一つ目の土塊の妖怪。なるほど、私の言葉は通じないかもしれないけど、美優さん経由なら通じるかな?
「美優さん、私は返す田んぼはないけどお酒は出せるって伝えてあげてもらっていいですか?」
「無理!」
っチっ! 使えねーおねーさんだなぁ。
「ミカンちゃん、酒呑くんの配信して、美優さん、酒呑くん経由で話してみてよ」
「ああん、ミカンちゃんダメェ」
「うおー! うおー! 酒呑くんの生配信なりにけり! 勇者スパチャせりー!」
「勇者ずるいであるぞ!」
大ファンのミカンちゃんが勝手に酒呑くんの配信を始めちゃったから、一応プロ意識のある美優さんは……「あぁあああああ! もう!」
“おいおい、泥田坊テメェ! 金糸雀が田んぼなんざ持ってねーから、そんなことより酒飲まねーかって話? 分かる?“
「ッッッッッッ! ッッ!」
“飲むってよ! 金糸雀さっさと用意しやがれ!“
すごいわ。そして突発配信なのにすでにスパちゃがどんどん課金されていく酒呑くんもとい美優さん。
「すごいわね酒呑くん。じゃあ今回私がお勧めする黒ビールはドラフト・ギネスね! 苦いのが苦手って人はスタウトを最初に選ぶのはお勧めしないわ。どちらかといえばギネスから初めて欲しいわね。そしておつまみは……」
私ががさりとだした物にみんな驚いているみたいね。
「ブラックサンダー! 柿の種味なりっ!」
「おしゃれなお酒に駄菓子を選ぶであるか?」
うーん、このなんというか日本にかぶれすぎている二人にツッコみたいけど。まぁいいわ。
“おいおい、金糸雀ぁ。この俺に駄菓子で酒飲めっていうのかぁ? あぁ?“
メッセージ欄に、『金糸雀って誰ですか?』とか『酒呑くん誰よその女ぁ!』とかメッセージ入っている中で『ミカンちゃん、デュラさんチーっす!』と二人がめちゃくちゃ知られているのが驚きね。
「まぁ、騙されたと思ってこのドラフト・ギネス飲んでみて、冷蔵庫から少しだして常温に晒してるからひやっとするくらいの温度よ。ちゃんと専用グラスで飲んでね。という事で、泥田坊さん、田んぼは返せないけど、お酒なら飲んで行ってね! 乾杯」
「ッッッッ!」
「乾杯なりっ!」
「乾杯であるぞ!」
“お前ら! いくぞー! 乾杯っ!“
と景気良く言ってるけど、黒ビールが苦手だと思っている美優さんは物凄い嫌そうな顔で口につけたわ。
そしてその表情がどんどん緩やかになっていく。一瞬素が出そうになった美優さんはなんとか我慢して、
“ほぉ、クリーミーでビターチョコみたいな甘味。こいつぁうめぇなオイ! 金糸雀ぁ、褒めて遣わす“
「でしょ? 黒ビールは好みもあるけどまず困ったらギネスから入るのがいいわ。お手軽に手に入るのがアサヒ・スタウトとかビール専門店に入ると、やたら主張してくるパッケージのライオン・スタウトとかあるけど黒ビールといえばギネスビールくらい有名だから困ったらこれね。で、黒に限らずビールに合うおつまみとしてブラックサンダーがお勧め、特に柿の種は鉄板ね」
デュラさんは「おぉ、上品な口当たりの黒麦酒にブラックサンダーは合うであるなぁ」とミカンちゃんは当然の「うきゃああああああ! つよつよぉ! チョコレートみたいな麦酒なりぃ!」と、さてさて泥田坊さんは?
「ッッ! ッッッッ! ンッ!」
私たちはチラッと美優さんを見ると、美優さんはイヤホンマイクに向かって、言ったわ。
“泥田坊のやろう、うんめぇー! って叫んでやがんぜ!“
よし! 全員気に入ったようね。ドラフト・ギネスならいくらでも部屋にあるからじゃんじゃん飲んでもらいましょう。
バーに行くと一杯目がギネスなんて人も結構いるものね。
「ッッ!」
と泥田坊さんは何かを言うと身体の中から一枚の汚れた封筒を私に渡してくれたわ。
“それ、金糸雀にやるってよ“
美優さんはパキンとブラックサンダー柿の種味を食べて、美味しそうな顔をしながら私にそう教えてくれたわ。美優さん、22歳なのにトー横で立ってる女の子みたいな格好して大人になりきれてない人なんだけど、声だけは無駄にカッコイイのよね。酒呑くんのファンの人たちがこの姿と性格を見たら幻滅するでしょうね。
「なんですかこの封筒……」
「ッ・ッ・ッ・ッ・ッ」
これは私も美優さんの翻訳を聞かずともお礼を言われたんだと理解できたわ。そのまま泥田坊さんはドラフト・ギネスをもう一本、そして半分に破りながらブラックサンダーの柿の種味を食べて、のそのそと玄関に向かって帰って行ったわ。
程なくして、当然のようにただいまーとセラさんがやってきたわ。
「金糸雀ぁー! 蝦夷地の方に行ってたんだー、ホワイトサンダーを買ってきてやったぞー! だから酒ー」
セラさん、時々お土産持ってきてくれるんだけど、何故北海道なんかに行ってたのかしら?
「どうして北海道に?」
「なんでもなぁ、ゴルフ場を作りたいけど作業員達が事故とかに巻き込まれて呪いじゃないかって言われて日本異世界連盟から依頼があってな。私の出番だ! 行ってみるとゴーレムみたいな連中が邪魔をしていてな。私のスーパーな魔法で葬ってやった! 何百年も前から自分の土地だとかほざいていたが、私にはこの世界の事など知ったことじゃない! 全滅させてやったのでゴルフ場もめでたく完成さ! 全く良い事をしたものだ!」
私は泥田坊さんからもらった封筒を開けてみると、そこには北海道のとある地域の土地の権利書だったわ。所有者が私の名前に書きかわっているので、すぐさまそのゴルフ場とやらを作ろうとしている所に連絡して即刻中止させ、再び田んぼとして、農業大学系の実習施設として貸し出す事にしたわ。
これで泥田坊さんも少しは浮かばれくれるといいんだけどね。泥田坊さんの塚を作ってあげてそこに毎年ブラックサンダーの柿の種味とドラフト・ギネスをお供えしてもらってる。
ほんと、ウチの身内のエルフがごめんなさい。
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