第32話 戦場で輝く女
真っ暗の闇を松明の光が照らし、少なくとも周囲がぼんやりと見えるくらいの明るさはある。
そんな中でハーベスタ傭兵部隊はアーガ王国の陣に向けて進軍していた。
不意をつく夜襲ではない。単に夜に攻撃を仕掛けているだけだ。
ちなみに俺達は最後尾にいて、傭兵たちが逃げ出さないように見張っている……ような雰囲気を醸し出している。
敵軍の兵も陣幕から出てきて、陣形をとって俺達に対して迎撃態勢を取り始めた。
ここまで松明を炊いていれば当然敵軍からも光が見えるしな!
そして更に敵軍との距離がつまっていき、もうすぐ接敵しそうなところまで近づく。
「どうするんですか? このまま戦ったら条件は互角ですし、普通に負けてしまうのでは……」
エミリさんが心配そうに俺に近づいてきた。
そろそろ頃合いかな。俺は【クラフト】魔法で切り札を作成し始めた。
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アーガ王国軍騎馬隊の兵士たちは、松明を煌々と焚いて仕掛けてくる相手を馬鹿にして笑っていた。
「おいおい、あいつらバカだろ! 夜襲の癖に松明焚きまくってやがる!」
「意味ねぇ! 意味ねぇ! 夜の闇に紛れられてねぇ! 馬鹿だ! アッハッハ!」
弓兵部隊の兵も同様に相手を見下して笑みを浮かべている。
その一方で……歩兵たちだけは顔を青くして、接近して来る敵に身構えていた。
ハーベスタ国と初めて戦う騎馬隊と弓兵部隊と違い、彼らは二度の敗北で恐怖している。
だがそんな彼らもハーベスタ軍の様子がいつもと違うことに気づいた。
「おい待て。あいつら金属鎧着てないぞ?」
「あの変な弓もない……あの装備の整ってなさは……もしかして傭兵か!」
「…………あれ? 今回は勝てるんじゃね!? こちらは騎馬隊も弓兵部隊もいるんだぞ!?」
気落ちしていた歩兵たちも士気を取り戻し始めた。
今まで散々惨敗していたハーベスタ軍ではなく、傭兵ならば俺達でも勝てるのだと。
「とうとう……とうとうハーベスタ国に攻められる!」
「やった! やっと女を犯せる!」
「今までの恨み、全部ぶつけてやらぁ! 略奪してやる!」
「来るぞ! 敵から目を離さず、背を向けるな! 今回こそ我らが勝てるのだ!」
アーガ王国の兵士たちは槍を構えて、近づいてくるハーベスタ軍を警戒する。
「来るぞ……! 今度こそ俺達が……! 覚悟しやがれ……今までの恨み、全部ぶつけてやるっ!」
確実に詰まっていく距離。
「はっ。盾すら持たずに突っ込んでくるなんてな、バカすぎるだろ」
アーガ王国軍の弓兵部隊が矢を手にとって放つ準備をする。
「歩兵なんぞ俺達騎馬隊が蹴散らしてやる……!」
そして弓兵部隊が矢をつがえて弓を引き絞った瞬間。
「エミリさん、お光りください!」
ハーベスタ軍の最後方から凄まじい光が発生した。
それはつまりアーガ王国軍の真正面から発生し、彼らはその直撃を受けてしまったわけで……。
「め、めがあぁぁぁぁぁ!?」
「な、なんだぁぁぁぁっぁぁぁ!?」
「ヒヒイィィィィィィィィン!?!?!?!?」
あまりの眩しさと驚きで弓兵は全員が弓を手から落としてしまう。
歩兵たちもとても槍を持っていられず手で自分の目を抑えた。
騎兵に至っては悲惨だ。馬が驚きのあまり立ち上って、兵たちは地面に勢いよく振り落とされた。
そして……全員が眩しさで目をくらんだ状態になってしまった。
「今だ! 全員突撃! 叫べ叫べ! 敵を怯えさせて混乱させろっ!」
「「「「「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」」」
その混乱に乗じてハーベスタ傭兵部隊は、アーガ王国軍に襲い掛かった!
「ひ、ひぃっ!? みえねぇ!? やめろっ!? やめてくあああああぁぁぁ!?」
「な、なにが起きてあああぁぁぁ!?」
アーガ王国兵は視力が戻らない間にひたすら蹂躙された。
そこまで強い光ではないので、すぐにある程度見えるようにはなったが……すでに戦線は完全崩壊。
二百の精鋭騎馬隊は全員が馬から振り落とされ自滅、完全に接近されたので弓兵など無意味。
しかも隊列も何もあったものではない。敵傭兵にひたすら蹂躙されてもはやどうしようもなかった。
「に、にげろぉ!」
「ゆ、ゆるしてぇ!」
アーガ王国軍の兵士たちは勝手に散り散りに逃げていく。
「し、死ねぇェェェェ! お前の装備をよこせぇぇぇぇぇ!」
またハーベスタ傭兵軍の中で獅子奮迅の活躍をしている者達がいた。
彼らは十人程度であるがとても傭兵とは思えぬ阿吽の連携で、アーガ王国の兵を屠っている。
しかもアーガ王国の手の内を知っているかのように、敵兵の動きを予測して敵を打ち破っていた。
「ひ、ひいっ!? なんだこいつら!? 本当に傭兵か!?」
「いや待て!? あいつらの装備って偽装されてるけど俺達のぎやああああぁぁあ!?」
それもそのはず、この十人の男たちはアーガ王国が忍ばせた密偵だ。
ハーベスタ国は千人の傭兵を寄せ集めたため、当然ながら間者も紛れ込んでいた。
彼らはハーベスタ国の作戦を逐一漏らして、ついでに隙あれば暗殺なども命令されていた。
だが寄せ集め傭兵団の取った作戦は、夜に明かりを焚いて進軍するという漏らす必要もないもの。
その後の光についてはリーズが直前まで誰にも話さず黙っていたので、彼らは知ることが叶わなかった。
つまり密偵としては大失敗で戻っても叱責されるのは目に見えていた。
しかもボルボルの二回の進軍に帯同もしていて、ずっと負けっぱなしで鬱憤も溜まっている。
そんな中で彼らはこの一方的な蹂躙を見て、アーガ王国の不利を悟って瞬時にひらめいたのだ。
『そうだ、ハーベスタ国行こう』と。
「このまま首級をあげてハーベスタ国に仕えるんだ! アーガ王国にいても未来はねぇ!」
「みんな! あそこの茂みに伏兵が忍んでいるぞ!」
「陣幕の中に隠れている兵に気をつけろ! 思ったよりも多いから近づかずに松明で燃やしたほうがいいぞ!」
アーガ王国軍も今回は決して無策ではなかった。
だがエミリフラッシュと、裏切りによる作戦の漏れでフルボッコにされてしまう。
こうして戦いはハーベスタ軍の完全勝利で終わった。
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無様に逃げていくアーガ王国軍を、俺達は立ち止まって眺めていた。
夜の闇の中で散らばった敵を追うのは難しいからな……それこそ同士討ちする未来しか見えない。
そして今回のMVP、敵軍を無力化して戦場で輝いたエミリさんはと言うと……すごくむくれていた。
「…………」
「いやぁエミリさん素晴らしい活躍でした。今日の勝利は完全にエミリさんのおかげで……」
「…………」
「あのエミリさん、ふくれっ面で黙るのやめてください……」
「……わかります? あの人たち全員、私の方を向いて『目がぁ!』って言ったんですよ!? あんまりじゃないですか!?」
どうやら乙女心を傷つけてしまったようだ。
別にエミリさんの見た目じゃなくて、純粋に光で眩しかっただけなんだけどね。
「しかしこのレンズの魔道具はすごいですね。エミリの光魔法を強化するなんて」
セレナさんが巨大ガラスレンズを見て感心している。
この台付きで地面に立っているガラスレンズ、なんと3m以上の高さを誇るのである。
イメージ的には光源のないスポットライトだろうか? それをエミリさんの前にいくつも並べていた。
ちなみにセレナさんが言った魔道具とは、魔法の力を利用して作動する道具である。まんまである。
「まさかエミリの魔法が大勢に対する攻撃に使えるようになるなんて……よくこんなこと思いつきましたね」
「いやぁ、ちょっとこういう使い方をしている場所を知ってまして」
「……恐ろしい戦場ですね」
……ただのアイドルライブなんですけどね。
あそこで眩しかったスポットライトとかで思いついただけで。
「でもエミリもよかったじゃない。これで『光る煙突』じゃなくなるかも」
「……それは少し嬉しいかも」
「そうですよ。それに敵を撃退したのもエミリさんの手柄ですよ!」
「…………えへへ」
エミリさんも少し機嫌を直してくれたようだ。
「さてと……じゃあ俺はアミルダ様の援軍に行きます。セレナさんは傭兵を見張っておいてください」
「わかりました」
セレナさんは銀雪華の異名を持っていて有名なので、傭兵たちも言うことを聞くはずだ。
「エミリさんはまだ光れるならついてきて欲しいんですが」
「もう魔力切れです」
……電池切れの間違いではと思ってしまったのは内緒だ。
「わかりました、なら俺だけで行きます。後はよろしくお願いしますね!」
俺は魔動車に乗ってアミルダ様たちの元へ急いだ。
なお後日知ることになるのだが、エミリさんの異名は……【眩しい煙突】になった。
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