第62話 城壁陥落


「リーズのトンネルで城壁を破壊した後、敵城塞都市を降伏させる。モルティ王は降伏したら死なので拒否するだろうが、民衆や兵士たちが戦わなければ無意味だ」


 トンネル開通した翌日の朝、陣幕の中で戦評定が行われていた。


 アミルダ様が一晩で考えた作戦のお披露目だ。でもそううまく行くのだろうか?


 壁が壊されたら次は白兵だ! とかになるような。


「壁が破壊されたとして民衆や兵士は降伏しますか?」

「おそらく諦めるだろう。城塞都市の住民にとって、城壁とは心の拠り所であり誇りなのだ。貴様とてあの城壁を見てすごく立派だと感じただろう。なら住んでいる者が誇りに思わないはずがない」

「あー……」

「逆に言えば壁を破壊されたら住民にとっては誇りを砕かれたも同じだ。もう抵抗しても無意味だと考えよう。それに戦略的にも壁がない状態では、兵力差のある軍には勝てぬ」


 あれか。地球でも自分の住んでる国はこんなに凄いんだぞ! って自慢できる象徴がある。


 それが城塞都市の住人にとってはあの高くて堅牢な壁なのか。


 象徴が壊されることは想像よりも痛いのだ。


 例えば現代日本でもし他国が侵略を仕掛けてきて、東京タワーや国会議事堂が他国に占領されてニュースにでもなったら……大抵の国民はヤバイと思うだろう。


「なら城壁をすぐに壊しますか? トンネルの入り口にアミルダ様の炎魔法を撃って頂ければ、後は地盤沈下して終わりになりますが」

「待て、せっかく壁を壊せるタイミングを自由にできるのだ。ならば民衆たちにも崩壊するところを見せつけて、より心理的ダメージを大きくしたい」

「なるほど」


 後から口伝で教えられるのと、実際に目の当たりにしたのでは大きく違う。


 目の前で誇りである壁が崩れてるの見たら、心折れる民衆が続出しそうだ。


「後は犠牲を減らす努力はするべきだろう。事前にこの壁を壊すと宣言すれば、兵たちも一時的に避難するかもしれぬ」

「モルティ国が俺達のことを信じますか? 嘘だと思われるのでは?」

「そうであろうとやれることはやっておく。どうせ信じないからと何もしないのも目覚めが悪い……敵なのでそれでも逃げないなら容赦はしないが」


 アミルダ様は真剣な顔でこちらを見ている。


 彼女の優しさはやはり美徳だろうな……ただ俺にはそれ以外の鬼謀も頭によぎるが。


 考えて欲しい。モルティ王に事前に城壁が沈下すると伝えておいても、彼は間違いなく兵を避難させないだろう。


 そしてその結果として壁の崩落に巻き込まれて兵が大勢死んだら、遺族はいったい誰を恨むのだろうか。


 アミルダ様? いやいや、こちらは敵でありながらわざわざ宣告したのだ。


 城の壁を崩壊させるから避難しろと外で叫び、兵士が逃げずに壁が崩れていくのを民衆に見せつける。


 民衆の恨みの大半をモルティ王に向かわせることも可能だろう。


 ……優しいが恐ろしい人だな。だがその恐ろしさは正しいと思う。


 ここで城壁破壊作戦を取りやめる選択肢はない。敵国の兵士を助けるためにこちらが損をしてはならないのだから。


 もし敵兵を巻き込むからと城壁の地盤沈下を取りやめれば、ハーベスタ兵の被害は間違いなく増えてしまう。


 これは戦争である以上、敵兵士百人よりも我が軍兵士一人の命が重いべきなのだ。


「でもどうやって民衆に城壁の破壊を伝えるのですか? 大抵の民衆は城の中に籠ってますが」

「矢文を城壁都市の中に大量に射る。それと城壁から少し離れたところで、兵士たちに叫ばせる」


 矢文は矢に手紙を結んだやつだ。あれを城壁内に射れば民衆たちも内容が気になって確認するだろう。


 そうすれば城壁の破壊を試みていると宣言できるのか。中世風のチラシばら撒き作戦みたいなものか。


「今日は情報を広める。明朝、城壁を破壊することにする。よいな」


 そうして本日の軍評定は終了し、アミルダ様の策によって噂が城塞都市内に投げ込まれた。


 敵兵が城壁の上でたまにこちらの軍を指さしてバカにして笑っているので、おそらく噂が広まりつつあるのだろう。


「バカだなあいつら! この壁を壊すだって!」

「できもしないことをホザく奴らだ! 馬鹿じゃねぇの! 所詮はアバズレ女王に仕えてる奴らだもんな!」

「さっさと諦めろ! 俺達の壁は絶対に壊せない!」


 モルティ兵士たちは大きな声でこちらに叫んでくる。


 俺達がホラ吹きでこの城の壁が壊せるわけがない。そう確信しているのだろう。


 ……確かにこれで壁が壊されたら、心折れてもおかしくないな。


 俺はアミルダ様のお手伝いをすべく、メガホンを造りながらそんなことを考えるのだった。


 そうして明朝。我が軍は敵城塞都市の北の少し離れた場所で、いつでも攻める準備をしていた。


 その先頭に立つアミルダ様が敵城壁の上に立っている者を睨んでいる。


「小娘が! 我らが壁を壊せるわけがないだろうが! 兵たちよ、奴らの大嘘を笑ってやれ!」


 モルティ王が城壁の上から俺達を見下していた。


 その周囲にはいつもより大勢の兵士たちがいて、彼らもこちらを指さして笑っている。


 なるほど、兵の士気を上げるために王自ら出て来たか。


 おそらくだが城塞都市の内部では、この北の壁付近に野次馬も集まっているのだろう。壁が邪魔でわからないが。


 アミルダ様はそんな愚者に対して、俺の渡したメガホンを使って叫ぶ。


「これより城壁を破壊する! これが最終通告だ、すぐに兵士たちをそこから逃がせ!」

「はっ! やれるものならやってみるがよい! 我らの警備をなくして城壁を越えるつもりだろうがそうはいかん! この女狐め、我らが勝った暁には貴様はペットにしてやろう! 見せしめにロンディの城門に裸で磔にしてやろう!」


 アミルダ様の必死の宣告にもモルティ王は大笑いして見せた。


 ……欠片も信じちゃいないな。せっかくのアミルダ様の慈悲をムダにしやがって。


 奴は自業自得なのでどうでもよいが、巻き込まれる敵兵士たちには少し同情する。


「ならばその壁と共に朽ちるがよい! 焔の龍よ! その顎にて灰塵と化せ!」


 アミルダ様も諦めたようで魔法で炎の龍を出現させた。


 龍は彼女の後ろにある穴から地下へと潜っていき、俺の堀ったトンネルを進んでいく。


 そして……周囲に地響きが鳴り始めた。


「な、な、な、なんだぁ!?」

「ゆれ、ゆれゆれうえれうれ!?」


 城壁上にいる兵士たちがすごく焦りながら騒ぎだす。


 俺が造った城壁下のトンネルは、木やロウを固めた物で造った柱で支えていた。


 それが炎で燃え尽きればどうなるか……考えるまでもないだろう。


 巨大で堅牢だった城塞がグラグラと揺れ始め、地面へと飲み込まれていく。


 まるで地面という大渦に吸い込まれる魚のようだ。


「ああああぁぁぁぁぁあぁっぁ!?」


 モルティ王の無駄に大きな悲鳴が地響きにかき消されていく。


 こうしてモルティ王自慢のロンディの城壁は二重の意味で陥落した。


「う、嘘だろ……」

「もう終わりだ……」


 壁の向かい側ではやはり野次馬が集まっていたみたいで、彼らも陥落を目の当たりにして心が折れていた。



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壁の上で兵の士気を上げること自体は、モルティ王も別に間違ってはない模様。

ただその結果がこれなので、結果論で無能に。



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