第85話 パプマの株の暴落


 ハーベスタ国主催のパーティーが終わってから一ヵ月。


 あの時に参加していた招待客たちは、パプマ商業国家主催のパーティーでまた集まっていた。


 彼らは基本的にクアレール国にほぼ従属しているので、仲良くしたい相手も似通っている。


 それゆえ様々なパーティーで顔を合わせるのが日常だった。


「おお、これはこれは。以前のハーベスタ国のパーティー以来ですな」

「ウゾムゾ国王ではありませんか。貴殿もやはり参加されておられるようで」

「我が国は国土が小さいですからなぁ。寄らば大国の影です」


 ウゾムゾ国王と周辺諸国の王は片手にガラスのグラスを持ちながら笑い合うが、その後に少し声を小さくする。


「……ただですな。正直、今回のパーティーは参加するか少し迷いました。なにせ危うく大損するところでした」

「ああ……やはり貴殿も聞かされておりましたか」


 彼らはあえて主語をぼかしながら会話する。


 こうすることでこの悪口が誰かの耳に入っても、「私はあの国の話などしておりません。勘違いです」と誤魔化せるからだ。


 小声で話しているので周囲に聞こえてはいないだろうが、それでも念を入れて損はない。


「ハーベスタ国は蛮族国家だと聞かされておりましたからな……もしそれを信じていれば、危うく話の通じない相手と断じて今後に影響が出るところでした」

「全くですな。もし蛮族などすぐ潰れるからと、軽視でもしていたら危ういところでした。実際は女王はかなりの文化人、それに言うほど野蛮ではなかったと」

「うむ……まああの女王が少し怖……迫力があるのは否定できぬが」

「それとどことは言わぬが薄いのでな。髪を伸ばしてなければ男でも通用するのではないか」


 他愛ない話を続ける二人だったが、そろそろ本題と言わんばかりに真剣な表情に変わった。


「ところで今後はどう動くおつもりで?」

「赤い芽吹きの輝きに目を奪われましたな。古き馬車は替え時かもしれませぬ」

「……ほほう、実は私も同じように考えております。それに……」


 周辺諸国の王はパプマの重鎮ギルドの集まっている箇所に視線を向ける。


 そこでは主催者たる香辛料ギルドの長が、数人の者に話しかけられて挨拶をしていた。


「挨拶している者が普段に比べてだいぶ減ってますなぁ」

「かなり落ち目になっているようですな。何せ彼のもっとも売れ筋だった砂糖が、ハーベスタ産に押し出されているので」

「ははぁ。だから我らにハーベスタ国の悪い噂を吹き込んで、ハーベスタ産ではなくて自分の砂糖を買わせようとしたと。これはもう信用できませんな」


 王たちは小さく頷く。


 パプマで覇権を握っていた香辛料ギルドの長は、その評判を著しく下げていた。


 自らの砂糖を売りたいがために、ハーベスタ国を蛮族だと大嘘を広めた信用ならぬ者だと。


 商人は信用が命、香辛料ギルドの長はそれを失ってしまっていた。 


「おおっ、あそこにおられるのはアミルダ女王陛下ではないか。さっそく媚を売ってこなければ」

「まったくですな!」





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 香辛料ギルドの長は招待客に挨拶しながら内心では舌打ちをしていた。


 なにせこれまでのパーティーと比べて、自分に挨拶に来る王が激減している。


 理由は簡単だ、ハーベスタ国の蛮族の一件だ。


(くそっ! 白亜の城だけでなくて、まさか美味なスープに黄金の飴まで用意するなんて!)


 彼は心の声が漏れないように唇を噛んでこらえる。


 周辺国がハーベスタに協力しないように蛮族だと悪評を広めたのに、あの国はパーティーで文化を見せつけて野蛮なイメージを完全に消し去った!


 その結果、噂を広めた私が悪者にされてしまったのだ! 大嘘つきの商人だと!


(私は嘘などついていない! ハーベスタ国が戦いに明け暮れていたのは事実だろうが!)


 確かに香辛料ギルドの長は嘘はついていなかった。


 彼は言葉巧みにハーベスタ国が短期間で戦いに明け暮れたのを語り、到底信じられるとは思えないと自己の意見を述べたに過ぎない。


 実際のところ、香辛料ギルドの長以外もハーベスタ国の悪い噂を広めていた。


 だが周辺諸国の王が悪者にしたのは彼だけで、他のギルド長に対しては勘違いするのも仕方ないと返しているのだ。


(ああ腹立たしい! なんで私だけが被害を被らなければならない!)


 香辛料ギルドの長は怒りを覚えながらも、話しかけてくる人たちに愛想笑いを浮かべる。


 だが現在寄ってくる者たちも味方ではなかった。暗に騙したんだから砂糖とか安く売れと要求されているのだから。


(くそぉ! 今まで散々融通きかせてやったのに!)


 何故、パプマのギルド長たちの中で彼だけが敵にされるのか。


 それは……彼だけがハーベスタ国と利害を争っていたからだ。


 ようはハーベスタ国が周辺諸国と砂糖の売買をされると、困るのはパプマの香辛料ギルドの長である。


 それを周辺諸国の王はこう捉えた。真実を捻じ曲げて意図的に悪評を放って、利益を得ようとした最低の商人だと。


 それは実際には少し間違っていた。


 パプマ商業国家が国益のためにハーベスタ国の悪評を流したのは事実。だが砂糖の既得権益を守るためにはやっていない。


(ハーベスタ国め! なんでよりにもよって砂糖を売るんだよ!?)


 そもそもハーベスタ国が砂糖を売る前から、パプマが悪評を流すことは決まっていたのだ。


 決して砂糖の妨害のために広めたわけではないのだが、結果としてこうなってしまっていた。


「おお! あれはアミルダ女王陛下ではないか! 失礼!」

「いかん! こうしてはいられぬ!」


 そして香辛料ギルド長がかろうじて話せていた王たちは、アミルダの姿を見るやすぐに走り去っていった。


「…………」


 思わず床に視線を落とす香辛料ギルドの長。


 今回の一連の流れでパプマ商業国家は大きく株を落とした。


 特に酷いのが香辛料ギルドの長だが、他のギルド長とて悪評を広めていたのは事実。


 悪意はなかったにしても、もう周辺諸国から彼らの話は信じられないと思われているのだから。


 結果としてパプマ内でのパワーバランスが大きく変わり、貿易などの外交に関われなかった漁業ギルドなどが台頭してくることになる。


 そして国内の商業が重視される代わりに、外に輸出する商品が減っていくことになる。


 だがそれは外貨を稼ぐ力が弱くなっていき、周辺諸国への発言力を失っていくことと同義。


 元々奇跡的なバランスで成り立っていた歪な商業国家は、普通の国へと変貌していくのだった。


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