第84話 べっこう飴
「リーズさん、これまずいのでは……」
「ちょっとよろしくない流れですね」
エミリさんが俺に小声で話しかけてくる。
なんかパーティー会場が想像以上に盛り上がってしまった。
巻き寿司とコーンスープが大人気過ぎて、それらだけで招待客が満足して帰ってしまいそうな雰囲気である。
巻き巻き巻きとかバカじゃないだろうか。美食家気取りならネーミングももう少し気取ればよいのに。
しかしこのまま満足されて終わったらすごく困るのだ。米が満足してもらえたのはよいが、我がハーベスタ国の砂糖のアピールができずに終わってしまう。
なのでこの流れを阻止するべく、俺とエミリさんが急遽出ることになった。
予定ではパーティーの終盤辺りに颯爽と現れるはずだったのに。
「な、なんだその透き通る黄金のような固形物は……!?」
さっき謎の食レポをしていた男が、俺の運んできた荷台に載っている皿を指さしてくる。
ふむ……こいつ利用できそうだな。無駄にオーバーリアクションしてくれるので、食べさせれば周囲にアピールしてくれそうだ。
ネーミングセンスは論外だがリアクション芸人としてはOKだ。
「ハーベスタ自慢の砂糖菓子です。このパーティーが初公開の品になります」
「ほう! ならば一口目はこの私が頂こうではないか!」
美食家きどりの男は鼻息荒く迫って来る。
どこの国の王様か知らないがすごく扱いやすい人だな……エミリさんみたいだ。
「いや待ちたまえ。ここはクアレール王子たるボクが!」
ややこしくなるからお前はしゃしゃり出てくるんじゃない!
そんな俺の願いも虚しく、チャラ男まで駆け寄ってきてしまった。
チャラ男と美食家きどりの男はにらみ合い、視線で火花を散らし合っている。
「ボクはクアレール王の名代。美味な物は最初に食べる権利がある!」
そんな権利はない。
「最初に美食家である私の舌に味われて紡がれることで、この黄金の菓子はその価値を高めるのだ!」
舌先三寸でも何でもいいからさっさと食え。
とはいえ俺は一般人のため、王族相手に思っていることを言えるはずもない。
「実に見事な色……なんと高貴な」
「早く味わいたいのだが」
他の貴族もざわざわと騒ぎ始めたこの茶番。誰か何とかして欲しいと祈っていると。
俺の横に控えていた砂糖狂いが目を光らせた!
「もう我慢できません……誰も食べないなら頂きますね!」
エミリさんが目にもとまらぬ速さで動き、止める間もなく皿に載っていた飴をつまんで口に入れた。
「「えっ」」
「甘いです~♪ ずっと食べたかったんですよー♪」
幸せそうに恍惚の表情を浮かべ、頬に両手を当てるエミリさん。
実はエミリさんには今までこの飴を食べさせてなかったのだ。
つまみ食いでかなり減らされそうなので、会場に出すまで絶対にダメだと言い含めて置いたのだが……さっきから目が血走ってたもんなぁ。
「お、おお。では私もひとつ頂くとしましょう」
「よいですなぁ。これこそ高貴な者に相応しい色合い」
他の貴族たちもワゴンに寄ってきて、我さきにと飴をとっていく。
どうやらエミリさんは、飴だけでなくて会場の凝り固まった空気も溶かしているようだ。
「「ぐぬぬ……」」
そして争っていた二人は、エミリさんに対して責めるような視線を向けている。
なおエミリさんはそんなこと興味ないようで、ひたすら舐めているが。
「甘い~♪ リーズさん、この飴って何て名前でしたっけ?」
「べっこう飴です」
べっこう飴、それは日本で生まれた飴だ。
亀の甲羅(べっ甲)に似ていたからつけられた名前らしい。
このべっこう飴をパーティーで配って広めることで、何としてもハーベスタ国の特産菓子としたかったのだ。
「うむ、甘い。砂糖をふんだんに使っているな。混じり気もない純粋だがそれ故に奥深く……これはゴールデン飴だな!」
「ボクにはわかるよ。この飴は純粋の極致だと!」
気を取り直した食レポ二人組が何かほざいているが放置。
このべっこう飴を広めたかった理由、それは製造が凄まじく簡単な上に現状では真似されないからだ。
簡単と言っても他の菓子に比べればってだけだろって? いやいや、これは誰でも造れるのだ。
なにせ……砂糖を溶かした水を熱するだけなのだから。
砂糖水を熱するとカラメル化反応が起きて黄色くなるので、後は固まるまで放置するだけでべっこう飴の完成!
もう料理と言えるかも怪しいレベルの菓子! 小学生が理科の実験でやるくらいだからな!
「リーズさん。私、べっこう飴ギルド作ります!」
「エミリさん、やめておきましょう。お金と飴を溶かす未来しか見えません」
爆死する未来しか見えないのでくぎを刺しつつ、周囲の反応に耳をすませると。
「うむ、これはよい。この見栄えは素晴らしいな」
「是非我がパーティーでも出したい。黄金のように積み重ねて出せば、盛り上がること間違いなしだ」
やはり大絶賛だな。当然だろう、何せ色合いが黄金を連想させるのだから。
黄金を口に溶かして食べるなどと思えば、凄まじく豪華で高貴な菓子になる。
……砂糖をふんだんに使っているので、現時点では実際にかなり高級な菓子なのだが。
更に言うならべっこう飴を綺麗な色にするには、白砂糖でなければならない。
現状だと我がハーベスタ国以外は黒砂糖なので、彼らは自前でべっこう飴を造れない。
さてもう俺の役目は終わりだな。邪魔者はさっさと退散しよう。
「ではべっこう飴はここに置いておきますので、引き続きパーティーをお楽しみください。エミリさん、行きますよ」
「私は残ります! 外交の顔として仕事を果たします!」
エミリさんは力強く宣言した。素晴らしい情熱だ、彼女の視線がべっこう飴の載ったワゴンに集まっていなければだが。
……まあ彼女の役目は元からそれだし、面倒だから置き去りにしてもいいか。
そうして俺はパーティー会場の端まで退散して、改めて周囲の観客の様子を確認すると。
「おお! 黄金の飴が光で更に輝いておる!」
「あれが七色に輝く煙突……! 名に違わぬ光よ!」
……なんかエミリさんが光っとる。周囲の招待客はエミリさんに向けてべっ甲飴をかざしたりして楽しんでいる。
…………魔法のアピールになるからセーフとしよう。
更に他の場所に目を向けると、しばらく空気だったセレナさんのかき氷テーブルにひとたがりができていた。
「なんと! 氷の魔法使いをこんなパーティーにこき使うとは! ハーベスタ国の力、あなどりがたし!」
「まさに氷魔法の無駄遣い! これでこそ王族のパーティー!」
「コーンスープ食べて冷水! 冷水飲んでコーンスープ! 熱さと冷たさの交互がたまらぬわ!」
魔法使いとは貴重なので、そんなものを料理のために扱うのは最高の(ムダな)贅沢なのだ。
ましてやあの有名なセレナさんだ。本来ならパーティーなんかに出席させる間に、他の仕事をやらせた方が遥かによいはず。
それをこんなパーティーのために無駄遣いするというのは、貴族にとっては贅沢ポイントとして評価加点されるのだ! 馬鹿かな!
それと最後のやつ、セレナさんに冷水もらってコーンスープと交互に飲んでるが……胃がおかしくなりそうだな。
そんなこんなでパーティーは大好評で終わった。
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