第83話 パーティー開始
とうとうパーティー当日の夕方になり、このウゾムゾ国王たる私も白竜城の中に入ることを許された。
門をくぐった先は……かなり広いパーティー会場となっていた。
綺麗な絨毯やカーテンで彩られた大部屋には、大量のテーブルの上に贅を尽くした食事がこれでもかと置いてある。
……やはりハーベスタ国の財政は悪くないようだ。まあそれは当然か、金が足りずに恥をかくような状況ならパーティーを開かぬ。
参加者が皆、会場へと入り込むと各自に銀の食器でワインの入ったグラスが配られる。
だがそれを受け取った者たちは少し怪訝な顔をしている。
「白ワインか……赤のほうがよいのだが」
「ですなぁ……」
私も彼らと同じ感想を抱いた。
ワインは赤が主流で人気なのにわざわざ白とは……ハーベスタ国はよほど白を、文字通り国の特色にしたいようだ。
だが白が優れているのならばよいがゴリ押しではなぁ。
そんな感想を抱いていると、後で設置されたであろう檀上にアミルダ女王が登っていた。
……言ってはダメなのかも知れないが、彼女はどう見ても赤なのだがなぁ。国と王のイメージカラーが違いすぎるのもいかがなものか。
「今宵は我が主催のパーティーに参加頂き感謝する。ハーベスタ国自慢の馳走を是非味わって頂きたい」
アミルダ女王がグラスを天井に掲げた後に口をつけた。
やれやれ、仕方がないが少しは飲んでおくか…………むっ!?
ワインに口をつけた瞬間、予想外のことに驚いてしまった。
このワイン、かなり冷えている……!? 馬鹿な!? ハーベスタ国に氷が取れる場所などないはず……!?
「冷たいだと……?」
「なんとまぁ……」
周囲の招待客たちも私と同じようだな……まさかいきなりの不意打ちとはやってくれる……!
檀上に立つ女王の勝ち誇る笑みを見て、思わず眉をひそめてしまった。
そうしてパーティーが始まったので、まずは手近にあるテーブルの上の皿の料理を……取ろうとして伸ばした手を止めてしまった。
「なんだこれは……? 奇怪な……」
皿に盛りつけられた料理は、端的に言うと黒によって包まれた白の物体だった。
薄い布のような黒に、白い穀物……確かハーベスタの米が巻かれているのだ。更にその米すらも、また肉を焼いた物を巻いている……!?
なんだこれは、巻き巻き巻きとでも言うつもりか!? どれだけ巻けば気が済むというのか!?
「なんだこの黄色を塗りたくったようなスープは……」
「こ、氷だと!? 氷を食すとな!?」
周囲の客も困惑の声をあげている。
ま、まさか……こんなヘンテコな料理が他にもあるというのか!?
ば、蛮族! やはりハーベスタ国は蛮族国家だ! 我々とは品性や感覚が違うに決まって……! 美食家たる私の舌を穢すつもりだ!
パーティー会場が凍り付き始めた瞬間、ひとりの漢がいきなり声をあげた。
「おお! これは面白そうな食べ物だねぇ! 誰も食べないならこのクアレール国王の名代たるボクが、一番槍を頂こうじゃないかぁ!」
あ、あれはクアレール第三王子!? 巻き巻き巻きを手に持って掲げているではないか!?
そしてなんとあの奇怪な食べ物を、口に放り投げてしまわれた!?
パーティー中の視線が集まる中、彼はゆっくりと巻き×3を咀嚼して飲み込んだ後。
「う……うまいぞー! この米という食べ物と中の肉のマッチ感、そして海苔が混然一体としたハーモニーを繰り出して……ええい、批評なんかより頂こう!」
クアレール第三王子は近くのテーブルの巻き×3を、勢いよく食べ始められた。
……あの第三王子は美食家で有名だ。特に相手がだれであろうと歯……いや舌に衣着せない感想を告げる。
あのお方があそこまで気に入られるということは……まさかこれは美味なのでは?
そう思って手に取ってみる。あのお方が手で食べられているので、きっとこれはパンの仲間なのだろう。
「よ、よし……食べるぞ……!」
恐る恐る一口食べてみる。流石に全部一気はマズかったら困るので、少しかじる程度で留めたが……。
う、うまい……! なんだこれは!? 黒にも白も味を持ってこそいるものの、肉の味を揉み消すどころか強調させている!?
思わず手に持っていた巻き巻き巻きの残りを口に放り込む。やはりうまい!?
「お、おお……! クアレール第三王子の仰る通りだ……!」
「いったいこれはなんという料理だ!? 巻きの三重奏か! いや巻きの三重層だな!」
「これだけ巻くとは狂気の産物よ!」
周囲の者たちも目を丸くして謎食べ物を口にしている……! やはり私の舌がおかしくなったわけではない!
「それは巻き寿司と言うものだ。我がハーベスタ国の作物である米、そして海苔を使った料理」
いつの間にか檀上から降りていたアミルダ女王が、我らの集まりの側までやってきていた。
ま、巻き寿司……やはり巻きか! 巻きなのか!
「巻き寿司とな……なるほど、この奇怪な料理には新たな銘がつくのが道理よな」
「わ、私の名付け! 巻きの三重奏のほうが優れている……!」
「いや無理があるじゃろ。料理名では長すぎる」
巻き寿司を更に口にいれながら、アミルダ女王の話を聞くが……ならさっき聞いた黄色を塗りたくったスープも美味なのだろうか?
そう考えて周囲のテーブルを見回すと、銀コップに入ったスープが目に映る。
そのテーブルに近づいてコップを手に取り、スープに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ……豆ではなさそうだが美味そうな匂いだ。
「ああっ!? そのスープもボクが一番槍を狙っていたのに!?」
クアレール第三王子が悲痛な悲鳴をあげる。
ふっふっふ、私とて美食家の端くれなのだよ。やはり美味な物は最初に飲んで感想を言いたい!
試しに一口、ちびりと飲んでみる……な、なんという味の濃さ!?
「う、うまい……この色に劣らぬ濃厚かつ優しき風味……これは豆ではないな!?」
誰だ!? ハーベスタ国は蛮族とか言ったバカは!?
こんな料理を生み出せる者たちは、超一流の文化人に決まっているだろうが!?
しかしこの黄色のスープ、中にも何も入っていない……本当にスープだけとはな。
それでいて満足できる味とは恐れ入った。
「決めたぞ! 私は今宵はスープと巻き寿司とやらしか食べぬ!」
「私も! せっかく美味しくて珍しい食べ物があるのだから!」
周囲もいつの間にかスープなど飲んで盛り上がっている。
よし! 私の繰り出した味覚言動で皆にアピールできたのだな! 美食家冥利に尽きるというもの!
かく言う私も今日はこの巻き寿司とスープで腹を満たすつもりだ。パンや肉ならどこでも食えるか、これらの料理はここでしか……!
「それは困りますね。まだ我が国自慢の砂糖菓子を出していないので」
そんな勢いに茶々を入れるように、若い男がガラガラと小さな荷台のようなものを押してやってきた。
その荷台の上の皿にのっていた物は、黄金のような色をした何かであった。
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