第82話 招待客


「やれやれ……ウゾムゾ国王たる私が、こんな辺鄙な場所に来なければならぬとは」


 馬車の中でため息をつきながら、外の景色を眺めてさらに気分が暗くなる。


 周囲は辺鄙な森ばかり。それも当然だ、ハーベスタ国など元々ただの小国。


 奇跡的な勝利を繰り返してルギラウ国やモルティ国、そしてアーガ王国の土地を奪っただけ。


 その戦果自体は驚嘆に値するのは認めよう。今後のためにハーベスタ国と誼を結ぶ必要があることも事実だ。


 だがそれは彼の国が強すぎる蛮族だからである。あんな小さな国土で大国に連戦連勝など、国民全てが狂った戦闘民族に決まっているのだ。


 そんな私の態度を見て、隣に座っているお手付き……ではなくてお側付きのメイドが困った笑みを浮かべてくる。


「陛下。ハーベスタ国ではため息を出さないようにお願いいたします。お気持ちはわかりますが」

「わかっておる……ああ恐ろしい。心躍るような文化の類など期待できるはずもない!」


 思わず愚痴を漏らしてしまう。


 いっそ馬車が故障してくれれば……それはそれで不参加になって大問題か。


「パプマの重鎮から聞いた話だが、ハーベスタ国は殺した相手の肉を食らうそうだ……! 人間のすることじゃないぞ! きっと庶民は槍を常時振り回すような蛮族たちだ!」

「本当にですか? ハーベスタ国は砂糖を売り始めていて、質もよいので重宝しているのですが……最近の城で使う砂糖の大半はあの国の産物ですよ」

「モルティの技術者を捕らえて、鞭うって無理やり作らせておるのだ!」


 蛮族とてバカではない! きっと知識人をこきつかっているのだ!


 確かにあの白き綺麗な砂糖は品すら感じる! だが奴らが作っているはずがない!


 パプマからこう聞いているのだから! モルティ国が完成間近だった砂糖を、技術もろとも全て根こそぎ奪ったのだと!


 ああ腹が痛くなってきた……危険な蛮族国に出向かねばならないなんて……。


 思わず腹を手で押さえていると、メイドが窓の外の景色を見始めた。


「あら? あれが城ではないでしょうか?」

 

 む? やっと目的地付近についたのか……蛮族が建てた城とはいったいどんな物なのだろうか。


 民の噂では白く輝く美しき城などと聞くが、そんなものを蛮族が建てられるはずがないのだから。


 そう思いながら窓の外を覗くと遠くに純白の城がそびえたつのが見えた。

 

「……な、なんと美しい」


 心の声が漏れてしまった。


 なんだあの気高く城は……屋根まで全てを混じりけのない白に染め上げるとは……!


 まるであくる日の輝く雪を思い出すかのような……ば、蛮族があんな城を建てたというのか!? 蛮族が!? いや蛮族が!? 


「綺麗ですね。まるでハーベスタ国の砂糖のような……」


 我が手付けのメイドも目を城に目を奪われている。


「馬鹿な、どうなっている!? ハーベスタ国は蛮族国家だろう!?」


 あんな美麗な城など建てられるはずがない! 仮に建築技術があったとしてもあのようなセンスの塊を蛮族が醸し出せるわけが……!


 城とは国の象徴。各国の王は持てる財力を振り絞って、自分が住むに相応しい物を建てるのだ。


 豪華な物を建てても決して無駄遣いというわけではない。もし見ずぼらしい城を建てれば付近の民衆に舐められてしまうのだ。


 あの王はあの程度の城しか建てられないので、大したことはない俗物であると。


 だがそれは逆もまた然り。


「あ、あんな城が建てば、付近の民衆はハーベスタ国に従うだろうな……」


 歴史に残る名城を建築できれば、周辺の民は絶対の権力者に平伏する。それに外から招いた私のような客に対しても王の権力をアピールできる。


 そしてあの白亜の城はまさに名城であった。あそこまで美しく仕立て上げるのは、ハーベスタ国自体が素晴らしい国との証明に等しい!


「陛下、到着しましたよー」

「大人しい蛮族は蛮族なの……なに? もう到着してしまったのか?」


 メイドに呼びかけられて思わず我に返る。


 いかん、知らず知らずのうちに思考に集中し過ぎたらしい。


 馬車の外に出ると先ほどよりも近くに、大きな白い城がそびえたっていた。


 ……どうやら幻覚の類ではないらしい。


「ようこそ我がハーベスタ国へ。長旅でお疲れでしょう」


 赤い髪を伸ばしたドレス姿の女性が私に対して微笑みかけてくる。


 ……確かハーベスタ国のアミルダ女王だったな。


 以前のクアレールのパーティーで見た記憶はあるが、蛮族国家の女王などと挨拶もしていなかった。


 あの時に挨拶をしなかった理由は簡単だ。ハーベスタ国はモルティ国とビーガン国、そしてアーガ王国に包囲されていた。


 奇跡的に元ルギラウ国に勝利したが連戦でズタボロだったはず。早々にどこかに飲み込まれるだろうと軽視していたのだ。


 しかしもはや立場は逆転した。我がウゾムゾ国はパプマの北側にある小さな国で、今のハーベスタ国からすれば吹けば飛ぶ国。


「いえいえ、ご招待いただきありがとうございます。しかし何と美しい城ですな、これほどの物を見たことがありません。砂糖といいハーベスタは白く美しい国なのですな」


 焦りつつも平静を装っておべっかを忘れない。


 これは当初の予定通りの行動だ。今後しばらくはハーベスタ国に逆らわないようにする必要がある。


 ルギラウやモルティのように攻め滅ぼされては困るからな。


 蛮族国家などすぐに限界が来る……と予想していたのだが、あの城を見ると少し怪しいな。


 まあ何にしてもしばらくは頭を下げておくべきだろう。クアレールに対する義理もある。


 ……ハーベスタ国が蛮族国家ではなく今後も発展していきそうなら、更に付き合い方を考えねばならないが。


「お褒め頂き感謝します。宿を用意しておりますので旅の疲れを癒して頂きたい」


 そうして何故か城内ではなくて、近くの別の建物に案内された。


 何故あの白き城に泊まらせてくれないのか。ハーベスタ国は我がウゾムゾ国を軽視していると!?


 そんな不満を抱きながら寝殿とやらに入ったが、クアレール王の名代がいたので勘違いだと気づかされた。


 では何故、誰もあの城に寝泊まらせないのか。あんな城で宿泊できるならば貴族とて喜ぶだろうに……そ、そうか! 分かったぞ!


 ハーベスタ国はあの城の価値をより高めたいのか! 他国の王族ですら宿代わりにはさせぬ、パーティーなどの特別な場でしか滞在を許さないと!


 そうすればあの美しき白亜の城に入城できるということが、凄まじい名誉だと周囲も皆思っていくだろう。


 そうすれば凄まじい利点がある。


 例えば手柄をあげた臣下への恩賞として、城へと招待するなどもできてしまう。


 なにせあの女王の懐は一切痛まない! なにせ城に入らせるだけなのだから、精々城の床が少し痛む程度だろう。


 あるいは凄まじい大金を払った者にだけ、城に入って見学させる権利を与えるとか……!


 なんという発想か、蛮族が考えつくとは思えぬ……ハーベスタ国は本当に野蛮な国家なのだろうか?


 そんな疑念を抱きながら数日過ごして、パーティーの開催日となってしまった。

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