第104話 こりないアーガ王国


 アーガ王国王宮、アッシュの私室。


 そこではアッシュとシャグが、兵士の報告を受けていた。


「ハーベスタ国がクアレール国に向けて出兵しました! その数、およそ二千! クアレール国の混乱に乗じて、領土を削り取るのが狙いと思われます!」

「ばっかじゃないの! この私たち相手に兵を分散するなんて! 舐めてるのかしら!」

「またビーガンから要請がありました! クアレール第四王子に援軍を送るので、アーガに攻めて頂きたいと! ハーベスタの軍をビーガンから目を逸らして欲しいと!」

「なるほど、ビーガンも勝負に出たのね。第四王子に王位につければ、クアレール国が味方につく。そのために支援を……」


 しばらく腕を組んで考えるアッシュ。


 同盟を組んではいるがアーガ王国にビーガン国を助ける義理はない。


 だがビーガンがうまくやってクアレール国を第四王子が手にすれば、ハーベスタ国はまた敵国に包囲されることになる。


 つまりアーガ王国からしてもかなり恩恵がある、と彼女が考えつくのに時間はかからなかった。


 なおアーガ王国は以前の失策により、ハーベスタに間者を潜ませられなくなった。


 そのため第三王子がハーベスタ国に逃げて来たことすら把握できていない。


「その要請、確かに受けると告げなさい! 今こそハーベスタ国を攻めるときよ! 私たちを甘く見て他国に侵攻なんて、奴らの傲慢さを思い知らせてやりなさい!」

「アッシュ様の言う通りだ! このシャグも命じる! 即座に攻めてあの女王、そして氷の魔法使いを捕縛するのだ!」


 アッシュとシャグは底意地の悪い笑みを浮かべる。


 彼女らからすれば降って湧いて出た幸運だ。何せ敵対している同盟国同士が、勝手に仲間割れしているようなもの。

 

 この隙をつかないなんてあり得ないだろう。だがそんなことはハーベスタ国、そしてアミルダが予想していないはずがない。


 ……というよりもアーガ王国がどうせ侵略狙うなんてバカでも分かる。ようは想定した上で放置でよいと判断されているのだ。


 隙を見せても問題がないと思われるくらい、今のアーガ王国は舐められていた。


「そ、それが……現状の我が国ではとても兵を揃えることは無理かと……金がなくて兵糧も装備もとても賄いきれません! それに我が国も東や北に対する備えも必要で……」

「そんなのハーベスタ国から奪えばいいでしょ! 必勝の覚悟で攻めれば勝てるわよ!」

「その通り! 出来ない出来ない、とばかり言う無能めが! 無茶、というだけなら誰でもほざけるわ! 無茶を突破するのが貴様らの仕事だろうが!」


 兵士はアッシュたちに対して閉口してしまう。


 出来ないというのは簡単、工夫してこなすべき。


 確かにある意味では真理であるし有能な者なら成してしまうこともある……が、それこそ言うは容易い言葉だ。


 その言葉はあくまで無茶、もしくは無理そうなことを何とかしろという意味である。明らかに無理なことはどうしようもない。


 山を空に飛ばせと命じられても、いくら何でも不可能に過ぎるというもの。


 惨敗を繰り返したあげく、経済政策も失敗したアーガ王国はもはやズタボロの極み。


 今までのような大軍を率いるどころか、軍で敵国に攻め入る自体が夢物語となってしまっていた。


「よいな! 絶対に攻めて土地を奪え! さもなくば貴様の命はない!」

「兵士には雑草でも何でも食わせればいいのよ! 勝てばハーベスタ国の物や女を取り放題と言っておけばいいのよ! 逆らうなら死よ!」

「……はっ」


 こうしてアーガ王国征服軍総勢一万(報告上の数)が出陣したが……ろくな装備どころか兵糧すら用意できなかったため、ハーベスタ国との国境にたどり着くまでに兵が霧散して崩壊した。


 逃げ散った兵士は通り道にある自国の村で略奪を行い、更にアーガ王国は追い詰められていく。


 進軍を命じられた隊長は最初から無理と理解していたので、早々にハーベスタ国に亡命したのだった。


 この事件は将来の歴史にて、『アーガ軍の空弁当』と無能の極みを表す言葉で後世に残ることになる。


 そして……支援を受けられなくて困るのはビーガン国だ。


 ハーベスタ相手では万全な状態でも勝ち目は薄いのに、そんな状態でビーガン国は兵の三割をクアレール国に派遣してしまっている。


 しかも支援どころか、アーガ王国はしばらく攻めることは不可能と表明してしまった。


 これなら何もしないでもらっていた方が、ハーベスタ国もいくらかアーガ国への警戒に兵を割り振る必要があっただろうに。援軍要請が凄まじく裏目に出ていた。


 クアレール国は大混乱の真っ最中なので、ハーベスタというか他国に攻める余裕はない。


 パプマや周辺諸国はハーベスタ国と(名目上は)敵対しておらず、自ら攻める可能性は極めて低い。迂闊に名分なく攻めれば、周囲の国の信用も失ってしまう。


 つまりビーガン国は、ハーベスタ国の現有戦力の大半をぶつけられてしまうのだ。


 今の彼の国の状況を表現すると風前の灯ですら生ぬるい。吹き荒れる台風の中のマッチの火くらいの超危機的状況に陥った。





---------------------------------------------------





 俺達は第三王子を大将に、二千の兵士でクアレール国を進軍中だ。


 いや進軍という言葉は少し怪しいかもしれない。


 今は街中を軍全員でわが物顔で歩いているのだが……。


「この第三王子をよろしく頼む! 我が兄たちが亡くなってしまった以上、この私がクアレール国王を継ぐ者だ!」


 第三王子は魔動車の椅子から立って、民衆にここぞとばかりにアピールする。


 これは第四王子に対する策らしい。奴は必ずクアレール王を名乗るだろうから、それを否定するためにわざと自己主張しながら王都に向かうらしい。


 民衆の前に顔を晒しまくることで、第三王子たる自分が生きていることと玉座を継ぐ正当性を喧伝するとのこと。


 すでに第四王子がクアレール王を自称し始めているのは、民の噂で聞き及んでいる。


 奴の正当性のなさを知らしめるために、こんなパレードもどきを行っているわけだ。


 すでにクアレール国に入ってから一ヵ月。ずーっとこんな行軍を続けているせいで、鈍亀もかくやの進軍スピードであった……。


 我が軍の維持にも金がかかるのに……無料だと思って使い倒してやがるな!?


 俺は毎日毎日毎日毎日毎日、兵士たちを野宿させないための宿舎を空いている土地に建ててるんだぞ!?


 自分の役割は大工かと思えてくる……王配のはずなのに。


 ちなみに軍資金はどんどん増えている。第三王子の提案で造った兵舎を使い捨てて、近辺の民に売り飛ばしているからなっ!? 


 こんな儲け方があるのかと感心したくらいだ。本当に俺の仕事は何なのだろうか?


「私の正当性は客観的にも明らかだ! なにせ親愛なる同盟国である、ハーベスタ国からもしっかりと支援を受けている!」


 ついでにハーベスタ軍を連れていることも、宣伝してさらに継承権の説得力を上げている。


「もし私がクアレール王になれなかった場合は問題だ! ハーベスタ国の女王は我が父と睦まじい仲であった! 正当なき継承が起きれば、怒り狂って紅蓮の魔女となりてこの国を燃やすだろう!」


 更に脅しまで忘れないのは何と言うかまあ……しっかりしているというか。


 俺は民衆に手を振っている第三王子に対して、運転席で魔動車を運転しつつ話しかける。


「次期クアレール王殿、そろそろ王都に向かわないか? ハーベスタ国をあまり離れるのも少し不安で」


 第四王子を蹴落とすためには、奴のいる王都に向かわなければならない。


 クアレール国からすれば他国の軍を、王都に滞在させるという極めて危険な行為だ。


 なにせ他国の軍が急に寝返って王都占領もあり得るので、リスクがあまりに高すぎるのだが……第三王子曰くOKらしい。


 他国ならばともかくとして、ハーベスタ国とクアレール国は昔から仲睦まじい同盟国なのでギリアウトと。


 そう本来ならアウトなのだ。でも緊急事態なので無理くり通すらしい。


 第三王子とアミルダに信頼関係がなければ、とてもできることではないよな……あっても普通は許可しないだろうけど。


「大丈夫だよ、アミルダが考え無しに君たちを外に出すわけがないじゃないか。アーガ王国なら経済もボロボロで軍を編成できる状態じゃないよ。あの状態でハーベスタ国に攻めてくるわけがない。もし攻めてくるなら……」

「攻めてくるなら?」

「救いようのない大馬鹿だね! 兵士に草でも食ってろとでも言ってるんじゃない?」


 第三王子は力強く断言する。


 ……この王子が信用できるかは怪しいが、アミルダが迂闊に俺達を外に出すことはないか。


 つまりアーガ王国はもう放置でも大丈夫と判断したのだろう。


 奴らも弱くなったなあ……リーズがいた時よりも更にアッシュが権力握ったって聞いたけど、ここまで国を弱体化させるとかあいつって想像以上の無能だったんだなぁ。


 リーズを手放したことがあいつの終わりになりそうだな。ざまぁ。


 そんなことを考えていると、馬に乗ったクアレールの兵士がパレードに割って入って来た。


「第三王子殿! クアレール王がお呼びです! すぐに王宮へ来てください!」

「断る。クアレール王は現在おらず、それは私がなるのだから」


 第三王子は即座に兵士の要求を否定した。


 うわぁ……第四王子め、すでにクアレール王を自称してるのか……。


 しかも招待の言葉で自分をクアレール王としたのも意図的だろう。


 ここでもし第三王子が招待に乗ってたら、「第三王子は、第四王子をクアレール王と認めた!」とか言ってたんだろうなぁ。


「し、しかし! クアレール王の言葉は絶対で!」

「クアレール王は私になる。第四王子の名で呼ばないならば、私はこれからも国を回って民に言葉をかけていく」


 第三王子に言い放たれて、青い顔をし始める兵士。


 やはりというか何というか。このまま第三王子に好き放題動かれるのが嫌なようだ。


 兵士は馬をかけて去っていき、俺達はパレードを終えてまた他の街へ向けて進軍し始める。


 そうして五日後、再び兵士がメッセージを持ってやってきた。


「第四王子がお呼びです! 第三王子には王宮に来てくださいと!」


 どうやら第四王子はすぐに根負けしたみたいだな。これ以上第三王子に国内を喧伝して回られると、貴族や民衆が味方せずに困るのだろう。


 王族と言えども民衆の意向を完全に無視はできない。一揆とか起こされたらたまったものではないからな。


 それに貴族たちだって同じだ。第三王子が生きているのを知って、それが嘘でないと確証を得れば俺達につきかねない。


 それを傍観することはできなかったと……王位継承争いの一回戦は第三王子の勝利というわけかな。



----------------------------------------------

今回の章ですが他勢力視点が多くなりそうです。

ハーベスタ&第三王子陣営 VS 第四王子&ビーガン&パプマ&アーガ陣営(一応パプマ) みたいな感じなので。

まあアーガ王国はもう脱落RTAしましたが。


ブックマークや★を頂けると嬉しいです! ランキングが上昇してより多くの人に見てもらえますので!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る