第105話 第四王子
「くそっ! 兄め、なんて忌々しい! 死んでいればよかったものを!」
第四王子は玉座の間にて、玉座にわが物顔で座りながら荒れていた。
第三王子が正当性をアピールしつつ、国中を回っていることが厄介だったのだ。
何せ彼は国中の貴族に対して、第三王子はすでに死んだと手紙を出していた。
全ての貴族を手早く手中に収めるための策だ。
馬が伝達手段の世界では信ぴょう性のある情報を掴めない貴族も多く、王印を押した手紙を送れば騙すのは容易なはずだった。
だが民衆に第三王子生存の噂が広まってしまったせいで、このお手紙作戦があまり効果を発揮しなくなってしまっていた。
玉座の側にいた白髪の大臣が怪訝な顔をして、第四王子に対して口を開いた。
「第三王子を招待してどうされるおつもりで?」
「決まっている! 王宮内で暗殺するのだ! 帯同してきたハーベスタ国の奴らを犯人に仕立て上げるのだ! 連れてきているのを逆手に取る!」
「……ここは非を認めて、第三王子に頭を下げるのもアリでは? 今なら第三王子が死んでいたと考えたためと言い訳も……正当性は向こうにありますし、このままではクアレールが荒れて民が苦しむやも。それにこの策ではハーベスタ国と敵対することに……」
「民などという有象無象などどうでもよい! 私が王になれなければ意味がないだろうが! アーガ王国と手を組んでハーベスタ国に立ち向かえばよい! 大国二つに挟まれたら、あんな成り上がりの国など鎧袖一触よ!」
第四王子は血走った目で唾を飛ばして叫ぶ。
彼にとっては民など自分のために尽くす生き物でしかない。
そもそも少しでもクアレール国のことを考えているならば、こんなクーデターみたいなことを起こすはずもなかった。
素直に第三王子が王を継ぐのを補佐することが、最も波風を立てずにクアレール国を安定させる最善手。
それを自分の我儘だけで暴風雨の中に突っ込むような、最悪手を突き進んでいた。
「しかしアーガ王国はとても頼りになるとは……信用も到底できませんし」
「女が王をしている国などもっと信用できぬわ! それに兄を支援する国など! クアレール国の総力を挙げて叩き潰してくれる!」
総力を挙げて攻め滅ぼそうとするなら、当然ながらクアレール国とてただでは済まない。
一歩間違えば国の崩壊につながることを、こともなく言いのける者。リスクを考慮できない愚者か、それを成して国を富ませる天才のどちらかだろう。
だが本当に有能な者ならばリスクを負うべきところを理解している。
危険な賭けに何度も挑んでいればいずれ負けるのは自明の理。ましてや自国が荒れに荒れている現状でやるなど正気の沙汰ではない。
上手な者ほどなるべく無難な手で勝つことを最善とするものだ。
「我が国に訪れている二千の兵を潰せば、ハーベスタ国は弱体化する! ノコノコとやって来たのが愚かなのだ! だまし討ちして包囲して殲滅せよ!」
「そ、そんな無茶な!?」
「せっかくだ。あの女王にも我が国の状況を説明すると、招待してノコノコやって来たところを捕縛して遊んでからアーガ王国に売り渡すか!」
「そんなことをすれば、わが国の信用は彼方に消えますぞ!? 貴方の父君が成してきた義を、覇業を無に帰するおつもりですか!?」
側に控えていた男のひとりが諫言を発したが、父君と聞いた瞬間に第四王子は凄まじく顔を歪める。
「黙れぇ! 私を認めなかった男のことなど知ったことか! 早くあの女王をおびき寄せろ!」
激高する第四王子。それに対して白髪の大臣は深々と頭を下げた。
「承知いたしました。それとアーガ王国、並びにビーガン国から使者が来ております」
「なにっ!? すぐに通せ!」
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「こんな感じのことを第四王子は話してるよ」
王都近くの街の貴族ご用達宿。
ベッドに腰かけた第三王子はまるで全て見ていたかのように、自信満々に第四王子のことを告げてくる。
「いやいくらなんでも会話が具体的過ぎるだろ。間者でも忍ばせてるのか?」
「あっはっは。実は彼の側近の白髪大臣がね」
「よりによってそいつかよ!?」
……あ、哀れな。よりにもよって第四王子最大の有力者っぽいのが裏切ってるとは。
言われてみればさっきの話でも、側近の大臣は第四王子を諫めようとしてたな。
「よく寝返る貴族を用意できたな」
「考えてもみなよ。こんな第四王子の横暴に、簡単に従う馬鹿ばかりなわけないだろう? アーガ王国じゃないんだから」
「確かに」
クアレール国はまともな国だったので馬鹿貴族だけではない。
アーガ王国じゃないんだからそりゃそうだ。なんて説得力だろう……。
「じゃあさっきのアーガ王国の使者も本当なのか? ついでにビーガンも」
「本当だねぇ。確かグシャグシャ……いやボシャ? ポチャだったかな?」
使者の名前はうろ覚えのようで、必死に思い出そうとしている第三王子。
こいつ、他人の顔とか名前を覚えるの苦手そうだよな。
以前の社交パーティーでも招待側のくせに、エミリさんのこと知らなかったし。
……まあ俺もちゃんと名前覚えてないのだが。
アーガ王国関係はアッシュとボルボルとバベルで頭がいっぱいでな……第三王子が言おうとしている奴も、『ボルボルの父親』としてしか覚えてない!
「シャグではないでしょうか?」
そんな第三王子に助け船を出したのはセレナさんだった。
「それだ! そのシャグがやってきたとか聞いてるよ!」
「…………!」
セレナさんがすごく真剣な表情になった。
……シャグはセレナさんを騙していた貴族だったな。俺としては復讐の対象ではないので、特に意識があるわけではない。
だが彼女からすれば許せない仇だろう。手を貸すのはやぶさかではない。
いやセレナさんの妹は別に死んでないしピンピンしてるけど。
「第三王子。シャグを捕縛することは可能か?」
「う、うーん……他国の使者だからねぇ。第四王子から招待したようだし、流石にそれをやってしまうと対外イメージが悪くなるから……それにもう帰ったとか聞いてるよ」
「くっ、逃げ足の速い奴だ……」
確かにシャグはアーガ王国からの使者だ。
それなりの理由がなければ処罰はできないだろう。外交官を罪で捕縛するのが難しいのに少し似ている。
もしシャグを殺してしまえば、アーガ王国とは完全に袂を分かつことになってしま……あれ? 特に問題ないな?
いっそクアレール内で殺ってしまってもよかったな……逃がした魚は大きい?
「セレナさん、すみません。奴を殺る好機を逃してしまいました……」
「言っておくけどね。ハーベスタ国ならそれでよいけど、クアレール国は現状ではアーガ王国に卑劣な手を使われてないから。無茶苦茶したら周辺国から変な目で見られるよ。散々騙された君たちの気持ちはわかるけどね」
第三王子に釘を刺されてしまった。
チッ、シャグと言う奴はかなり悪運の強い奴だな。
「すみませんセレナさん。せめて凍らせて足の一本くらいは奪えればと思ったのですが」
「ありがとうございます! 私のことを考えて頂いて嬉しいです!」
セレナさんは嬉しそうな笑顔を見せる。
うんうん! アーガ王国に酷い目にあった同士だからな!
「コホン、それで結論から話そうか。王都に進軍したい。ただし……ハーベスタ国の軍事力を見せつけるようにね。他の貴族たちがハーベスタ国との敵対は悪手と理解させたい」
第三王子が咳払いをしつつ、俺の方を見据えてくる。
「軍事力を見せつけたい? それはいったいどういう意味だ?」
「文字通りだよ。ようは今連れている二千の兵士を、物凄く精強な軍にして欲しい。装備も何もかも、可能な限り豪華で強くだ。進軍を見た貴族に逆らう気を失せさせるような」
……ああ、なるほど。軍事パレードみたいなものか。
クアレールの貴族に対して、ハーベスタ国の財力や兵力を他国に見せつける。それで我が国に対抗しようとする敵愾心を消そうというわけだな。
そうなればハーベスタ国が後援しているのは第三王子。俺たちと争いたくなければ第四王子の陣営から距離を取るだろう。
「うちの二千の兵士。全員が全身金属鎧だがそれでもダメなのか?」
全身金属鎧は結構な高級品だ。普通は隊長や貴族が身に着ける物で、本来なら雑兵にまで用意できるような代物ではない。
それを二千の兵が全員装備しているとなれば、凄まじく強い軍隊に見えそうなものだが。
「インパクトが足りないんだよ。ハーベスタ軍の標準装備が金属鎧なのは周知の事実だからね。事前に知っている情報に対して、人はそこまでの恐怖を抱かない。慣れてしまっているとも言えるかな?」
「あー……何となく分からなくもないな。つまりクアレール貴族が度肝を抜くような装備を俺に用意しろと?」
「そうだね。君の力は出発前にアミルダから聞いている。必要な物はなるべく揃えるからこき使われてくれたまえ」
「他力本願な……」
「いいのかな? 僕がクアレールでの権力争いに負けたら、最も困るのはどこの誰だろうなぁ! はっはっは! 君と僕は一蓮托生なのさっ!」
第三王子は俺にウインクしてくるのだった。
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