閑話 アーガ兵の憂鬱


 アーガ王国の王都にあるとある酒場では、三人のアーガ兵士たちがテーブルで飲み交わしていた。


「畜生! 酒が薄い!」

「飲めて食えるだけマシと思うしかないだろ」

「軍の酒場があるのだけが救いだな」


 アーガ王国はもはや物々交換の経済となっており、酒場の類などまともに営業していない。


 その中で国営の酒場だけは無理やり営業を続けていた。


 経済崩壊の状況でも続けているのには理由がある。


 ボラススからの支援物資により食料自体はかろうじてあるのと、兵士たちのガス抜きが必須であったからだ。


 アーガ王国は兵士たちに対して、お前たちは平民とは違って酒場に行けるという特権を用意していた。


 人は自分が恵まれているかについて、周囲と比べての評価で認識する者が多い。


 例えば現代地球の貧乏人は、中世の金持ちよりもよほどよい生活をしている。


 だが現代地球では恵まれていないと思ってしまい、不満に感じてしまうのだ。


 国政としてあえて差別層を作るのも、平民があの者よりはマシと思うようにという考えもある。


 アッシュは人の悪心を掴むことだけは長けているので、そういった策を繰り出していた。


「くそぉ……一年半くらい前は、女も食べ物も食い放題だったのに……」

「あの時はよかったなぁ……連戦連勝して、侵攻した土地の女を犯して……」

「俺達が何をしたって言うんだ……またあの暮らしがしてぇ……」


 彼らは薄い酒を飲みかわしながら愚痴り合う。


 更に昔話に花を咲かせだした。


「そもそもハーベスタ国に負けてから、俺達の生活にケチが付き始めたんだよなぁ……」

「本当にな……まさか一万の兵で、千相手に惨敗なんてな……」

「しかも二連敗だからな……いや傭兵たちと戦ったのも含めれば短期間で三連敗か……」


 兵士たちはしみじみと過去を思い出している。


 テーブルに置かれた硬いパンを食らいながら、ひとりの男が涙を流し始めた。


「くそぅ……ハーベスタ国が抵抗するから……!」

「おい泣くなよ……次に勝てばまた戻れるさ……! ハーベスタの豊かな土地を奪って、女を犯して男を奴隷にできるさ!」

「そうさ! ボラススの支援だってあるんだ! 正義は我にあり!」


 アーガ兵士たちはクズの会話で互いに慰め合う。


 彼らはアーガ王国こそが正しいと疑っていない。それはアーガ王国のプロパガンダも当然ある。


 アーガ王国ではアーガ国民は清く正しく、選ばれた人間であると言われている。


 故に下等の人間を攻め滅ぼすのも当然の権利だと。彼らにとってハーベスタ国の人間は、豚や牛程度の存在の認識だ。


 なればこそ以前にあった民衆の盾などの作戦も平気でやる。


「しかし前から気になってたことがあるんだが」

「どうした? ハーベスタ国が強い理由か?」

「それもあるんだが……それ以上にだ。何で我が国の装備や物資が、急に全く揃わなくなったんだ? そのせいで負け始めただろ。国の発表では卑劣な裏切り者が補給網を壊したと言ってるが……」

「ひとりがハーベスタ国に裏切った程度で、アーガの補給網が完全に崩壊なんてなぁ……」


 アーガ兵のほぼ全員が疑問に思っていること。

 

 それは物資がある戦を境に完全に滞ったことであった。


 リーズが殺され捨てられてから、アーガ王国の補給は回らなくなっている。

 

 だがアッシュたちはリーズを捨てたのを隠蔽して、卑怯にも裏切った悪として広めていた。


 理由は簡単だ。もし真実が兵士にバレたら、王と婚約する以前のアッシュでは大戦犯のそしりを免れなかった。


 間違いなく極刑に処されたので、また今も決して知られたくない情報なので何としても隠し通している。


 だが補給が滞った理由は説明しておかなければ、兵たちは疑念を深めていってしまう。


 故にアッシュはかなり無理くりな言い訳を広めていたのだ。


「俺さ、最初にハーベスタ国と負けた戦の時さ。鎧なしに錆びた槍で軍に帯同したぜ……それでも勝てると思ってたのによぉ。あのハーベスタ国のクソ共のせいで!」

「本当にそれな! あいつらのせいで俺達の国が貧しくなったひっく!」

「まだお前らはマシだろ! 俺の時なんか相手はただの傭兵集団で負けたんだぞっ! なんか光って眩しい間に軍が壊滅した! しかも俺達側に裏切り者まで出て!」


 酔っぱらって来た男たちは、勢いよく木のグラスを机に叩きつけた。


 更に愚痴はどんどんヒートアップしていく。


「俺はハーベスタのクズ共を盾にしてたはずなのに! なんか逃げられて、弓で危うく死にそうになった!」

「俺のダチは村の警備をしていたのに、なんか怪物に殺された!」

「やっぱりハーベスタ国許せねぇ! 正しい俺達が負けるなんて!」

 

 酒は飲んでも飲まれるなとはよく言うものだ。


 どんどん男たちの口を軽くしていき、上層部への悪口すら漏れ始める。

 

「だいたい最近のアーガバカだろ! 何でハーベスタに進軍したのに、戦いもせずに崩壊してるんだよ!」

「築城に失敗して崩れたとかなんでだよ! 出来ないなら最初からやるなっ!」

「挙句に蘇るのがアレってなんだよ……地獄に眠ってろよ、何で地獄が現世に舞い戻って来るんだよ……」


 彼らは薄い酒とは思えぬほどにベロンベロンに酔っ払い、もはや自分達が何を言っているかも把握できていない。


 ここは国営の酒場だ。国を侮蔑する言動をした者は、本来ならば連行されるのだが……。


「本当にそれな!」

「まーじ今のアーガはおかしい!」

「ボラススに感謝だな! おかげで悪口言っても許される!」


 酒場の他のアーガ兵たちも、国の批判に一斉に賛同し始める。


 アーガの兵士たちは誰はばかることなく悪口を言い放てる。


 これはボラスス教の圧力によるものだ。ボラスス教皇が『アーガ王国の悪口を言っても自由であるべき』とアッシュに詰め寄ったのだ。


 当然ながら今のアーガには、ボラススのを否定できる力はない。


 とどのつまり、アーガ王国は実質的にはボラスス神聖帝国の傀儡になっている。


「俺達は自由だ! 必ずハーベスタ国を滅ぼして、今までの鬱憤を晴らして好きにやろうぜ!」


 アーガの兵士たちは更に酒場でどんちゃん騒ぎを行ったのだった。


 なお酒場の部屋の片隅にはずっと透明になっていたスイがいて、彼女はこの情勢を逐一アミルダに伝えていた。

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