閑話 薄い影


 とある夜、白竜城玉座の間。


 謁見が終わって息をつくアミルダに対して、虚空から声が響いた。


「アミルダ様、ご報告が」

「スイか。よい、話せ」

「ははっ」


 踊り子のような衣装を来た少女が、今までそこにいたかのようにアミルダの前に発生する。


 彼女はスイ。ハーベスタ国の元祖暗部にして、影の薄さナンバーワンの者。


 彼女は跪いた姿勢でアミルダに首を垂れる。


「ご報告します。アーガ王国は借金無効の令を連発しております」

「……なに? そんなことをしたら国内の商業は崩壊するはずだが……いやアーガのことはまともに考えるとダメだったな。奴らは私の想像し得ないことを平気でするからな……」

「すでに大店の商会たちは夜逃げの準備を始めています。おそらくハーベスタ国にもやってくるかと」

「はぁ……変に他国の大手商会が入ってこられるのは嫌なのだがな。市場が混乱しかねん。ましてや敵対国……」


 アミルダはスイの報告に頭をかかえた。


「……アーガ王国からの商会の参入については禁じるしかないな。アーガから逃げ出すことに同情の余地はあるが、敵対国の商会を入れるわけにはいかない」

「それがよろしいでしょう」


 敵対国の商会を経済に組み込む。


 それは当然ながらアーガ王国に金を流されることに等しい。


 実情としては商会たちはアーガから完全に逃げている。それを理解してはいても、やはり敵対国から逃亡した者だ。


 アーガ王国からのスパイという線も十分ある。アミルダが彼らに与えられるのは同情だけ。


 優しいと甘いは違う、というのを彼女は理解していた。


「わかった。では引き続き潜入を任せる」

「承知いたしました。それと少しよろしいでしょうか?」

「む? お前が話とは珍しいな。いいぞ」


 スイは少し深呼吸をしてから、アミルダの顔を向いて口を開いた。


「実は少し噂で伺ったのですが……新しく暗部に新人が入ったと。それもあの有名な陽炎と」

「そうだ、お前ほどではないが使い勝手がよいぞ。顔合わせでもしてみるか? ちょうど城内にいるはずだ」

「……そうですね、是非」


 アミルダはスイの言葉にうなずいた後、手を大きくパンと叩いた。


 しばらくすると……。


「アミルダ様、お呼びで?」


 ゆらゆらと火を灯すロウソクの側に、陽炎が魔法で転移して現れる。


 スイは陽炎の出現を確認して目を細めた。


「暗部同士の顔合わせだ。互いに見知らぬ顔だろうが存在くらいは知っているか?」


 アミルダの言葉に対してスイと陽炎は双方とも頷いた。


「私は知っています。陽炎、元パプマ子飼いの暗殺者」

「俺もハーベスタ国の凄腕の暗部がいるのは知っていた。名前は初めて聞いたが」


 陽炎の言葉にアミルダは少し顔をしかめる。


「ほう。スイの存在を把握していたと? この者は暗殺は一切させずに、情報収集に徹しさせていた。姿すらバレないようにさせていたつもりだが」

「アミルダ様の神算権謀は、明らかに敵国の情報を詳細に得ていたからできる術。それも様々な国相手にだ。であれば凄腕の暗部がいないわけがない。故に存在は認識していた。噂にあがらぬからこそ、厄介であるとな」

「私の策から逆算しての確証か。それでは流石に対策のしようがないな」


 お手上げとばかりに両手をあげるアミルダ。


 だがこの考えは優秀な暗部である陽炎だからこそできる発想。並みの者ではスイの存在など欠片も掴んでいないだろう。


 少なくとも智謀家の類でもなければ、ここまで思いつくことは難しい。


 ハーベスタ国のスパイが我が国に紛れ込んでいる、くらいに考えるのが関の山だろう。


 だがそれでは様々な国の情報を得るのは難しい。色々な国にスパイを潜り込ませるのは容易ではない。


 ましてや少し前まで小国だったハーベスタ国だ。札束で敵国に裏切り者を出すなども難しかった。


 つまり伝手もないのに簡単にスパイとして他国に潜入できるか、もしくは敵地に潜伏してもバレない能力などが必要だ。

 

 スイは透明になる魔法を使えるために後者であった。


「最初はあの砂糖令嬢が姿を消す魔法を使ったので、よもやこの者が暗部とも思ったが……性格を見てアレはないなと」

「エミリ様だけはあり得ない。何故なら……」

「「砂糖に目がくらみすぎる」」


 陽炎とスイは全く同時に口ずさんだ。


「……我が姪ながら辛辣な評価をされているな。だがあれは潜入に優秀な魔法だぞ? それこそスイの上位互換だ、魔法だけなら」

「それ自体は認めよう。エミリ様は魔法だけなら極めて優秀だ。透明になるだけでなく目くらましも発せるのだから。だが……」

「暗部は忍び込むだけが仕事じゃない。怪しいところを嗅ぎ分けて、状況次第では鍵や人の口を開けなければならない。素人にできる仕事じゃない」


 暗部ズは再び異論を唱えた。


 アミルダはその言葉を受けて少し考え込んだ後に。


「……珍しく饒舌だな、お前たち。普段はそこまで口数が多くないだろう」

「「…………」」

「まさかとは思うが、エミリに対抗意識でも燃やして」


 アミルダが言い終える前に、暗部ズはピクリと身体を振るわせた。

 

 そして一気呵成に喋り始めた。


「燃やしてません。確かにエミリ様の魔法は優秀ですが、私は決して透明になれるだけではなく、鍵開けや篭絡など様々な手練れです。なのでエミリ様の下位互換だとか気にしてなどいません」

「俺の得手は暗殺だ。決して素人のエミリ様に潜入能力では劣っているなどと、そんな変な劣等感など持ち合わせてはいない。ましてや素人を捕縛するための罠に引っかかったなど、決して気にしてはいない」

「そ、そうか…………」

「確かに私の魔法は透明になれるだけですが、ですが暗部として様々な経験が……」

「俺はあくまで暗殺者。潜入だけで能力を評価されるのは不当であり……」


 アミルダは「やぶへびだったか……」と呟きながら、彼らの話を聞き続けるのだった。

 

 なお暗部ズのエミリに対する本当の評価は、城などの『特定の場所から物を盗むだけならばおそらく世界最高の盗人』であった。

 

 そこまでの評価なことにはエミリの透明化、発光以外にも理由がある。


 忘れがちだがエミリの光魔法は、人に火傷を負わせるくらいはできる。


 その光を木材に当てれば発火を狙えるのだ。つまりいつでも火種を用意して火事場泥棒が可能、というのを加味しての評価であった。

 

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