第135話 催眠対策
俺を襲って来た兵士について色々と調査を行った。
その結果として分かったことがある。彼は急に様子がおかしくなったと同僚から報告があったのだ。
具体的にはこの兵士が二日前にこの街の周囲の徘徊任務を行った。
そこから帰って来たら急にボラススの教えを、周囲に宣伝するようになったらしい。
その調査結果をまとめた俺は、白竜城の戦略相談室に皆を集めた。
「そういうわけでおそらくボラスス教が洗脳をしている。あまりに急に変わっているので洗脳魔法とかで」
急に変わったというのがミソだ。
宗教団体と言えばマインドコントロールなどの可能性もあるが、あれはじわりじわりと洗脳していくもの。
僅か数日で価値観を反転させて、軍を裏切らせるようなことはできない。
本人がよほど不満を持っていたなら別だが……それはマインドコントロールじゃなくてただの買収だからな。
「やはりボラスス教というものは救いようがないのである!」
バルバロッサさんが憤りを見せる。
救われるために信仰する宗教が、逆に救いようがない件について。
……まあ中世文明の宗教は武力団体だからな。現代地球みたいな大人しい教えではない。
いや現代地球でもちょくちょくヤバイのあるけどさ。具体例は避けるが。
「はぁ……洗脳魔法か。恐ろしく厄介な代物だ、ここにいる面子ならば大丈夫だろうが一般兵では防げぬ」
アミルダが大きくため息をついた。
彼女の言う通りで洗脳魔法は厄介過ぎる。昨日までの味方が、突然敵になってしまうのだから。
しかも本人の意思自体はある程度残っているのが食わせ物だ。
完全に身体を乗っ取るのと違って、その兵士が知り得る情報や人脈を駆使して調略を行える。
先日に俺を襲って来た兵士も、バルバロッサさんが脅威というのを認識して引きはがそうとしてきた。
「叔母様、ここにいる人は大丈夫というのは何故ですか?」
エミリさんが首をかしげる。
洗脳魔法の知識がない人からすればその疑問はもっともだろう。
「洗脳魔法は魔力持ちであれば防げるのだ。私、エミリ、リーズ、セレナ、陽炎、スイの全員が魔法を使える」
「オジサマは……?」
「バルバロッサにそんな小細工魔法が通用するとでも?」
「「「絶対しないです」」」
「我が鋼の肉体に並みの魔法は通用しないのである!」
バルバロッサさんが両手で力こぶを作るポーズ――ダブルバイセップス――をしながら叫ぶ。
まあこの人に洗脳魔法なんか効果あるわけないよな。
ゲームのラスボスに即死魔法が効かないようなものだ。
何ならセレナさんの氷魔法攻撃も、バルバロッサさんの腕の表面しか凍らせられなかったからな。
この人は冗談抜きで身体が鋼の強度なのかもしれない。
「それでバルバロッサに洗脳魔法は効かないとしてだ。はっきり言ってこの洗脳魔法、極めて厄介な代物だ。誰が洗脳されているか分からず、一般兵を全く信用できなくなってしまう」
「例えボラスス教が催眠魔法をそう使えなくても、可能性がある時点で警戒せざるを得ませんからね」
アミルダの言葉にセレナさんが補足をいれる。
そう、この洗脳魔法の存在の一番厄介な点。それは身内の仲間を信用できなくなることだ。
今回は物凄く分かりやすく仕掛けていたので、逆に助かったのだと思わざるを得ない。
もし早馬係が洗脳されていたら、常にこちらの情報は漏れ続けていた。
料理人が操られていたら兵の食べ物に毒を混ぜられていたかもしれない。
絶えず可能性を考えさせられて、全てに対応を余儀なくされてしまう。
もしボラスス教が洗脳魔法を連発できずに、これ以上仕掛けられないとしてもだ。
見せ札としてこれほど驚異的なものはない。
いやまあ重要な任務を任せる精鋭は、一般兵ほど簡単に捕縛できないだろうけど……。
それに洗脳魔法は無理やり考えを歪ませている。洗脳した者を敵陣に返しても、その言動などから簡単にバレてしまう。
俺を襲った奴もボラススボラスス言ってたらしいので、放っておいてもそのうち洗脳されていると分かっただろう。
「しかし洗脳魔法など旧時代の遺物だろうに……信じられないほどの魔力を消費するため、凄腕の魔法使いでもまともに使えないはずなのだが」
アミルダは納得がいかないような表情をする。
この洗脳魔法、メリットだけ聞けばチートで使わない理由がない。
それが使われないのだから当然理由がある。魔力消費の関係で発動できないのだ。
洗脳魔法自体の難易度は高くないのだが、純粋に魔力消費が払える人間がいない。
おそらく洗脳魔法を発動するのには、アミルダ百人分の魔力が必要だ。
そんな大量の魔力をひとりで補う必要があるので不可能なはず。
「確かにそうですね。ボラススにそこまで優れた魔法使いがいるなら、とっくに噂になっているでしょうし」
「S級ポーションがぶ飲みすれば、そこそこの術者でも使えますけどね」
「それも夢物語では……」
俺とセレナさんが少し喋っていると、アミルダが険しい顔で何やら考え始めた。
なんか物凄く睨んでくるんだけど……何かやらかしたか?
彼女は俺の方をしばらく無言で見つめ続けた後に。
「……リーズ、洗脳魔法への対策はないか? この魔法は使える者はほぼいない。いくらボラスス教でも連発はできないと思いたいが、警戒しないわけにはいかない」
なるほど、俺の方を見て来たのは対策が欲しいからか。
……いやさっきの形相はそんなものではなかったような。
まあいいか、ひとまずはアミルダに返事しよう。
「対策自体はある。毎日の兵士の食事に魔法耐性のつくポーションを混ぜるんだ。洗脳魔法自体は弱い魔法だからそれで無効化できる」
「……問題はそのポーションを造るのに、お前の手がある程度盗られることか」
「そうなるが仕方ないと思うぞ。精神特化のポーションを薄めるので、魔力消費はせいぜい日の一割程度で済む」
兵士が洗脳されて情報が漏れるよりは、俺の魔力が少し食われるのは必要経費と割り切るべきだ。
アミルダはしばらく考え込んだ後に。
「仕方がない、それで頼む」
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アーガ王国宮殿の廊下で、ボラスス教皇とボルボルが話をしていた。
「ボルボル殿、実はハーベスタ兵に洗脳魔法を施術しようと思ってます。その兵は『隠しておいていざという時に使う』のと『存在を誇示させるように使う』のどちらがよいと思いますかな?」
「当然、『隠しておいていざという時に使う』なんだな! そんなの当たり前なんだな!」
「ありがとうございます、参考にさせて頂きます」
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(そもそも話数多いから転載しても時間かかるのもありますが)
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