第136話 決戦の日は迫る
ボラススの催眠事件から一ヵ月が経ち、俺達は白竜城の戦略相談室に集められた。
「アーガが兵を集め出した。おそらく二ヶ月ほどで国中の兵士を結集させて、ハーベスタ国へと進軍してくるだろう」
アミルダは真剣な表情で俺達全員を見回す。
ついに俺がハーベスタ国に来た本懐を遂げる時が来た。
アーガ王国との総決戦だ……しかもこれまでと違って、他国による横やりも入らない。
ボラススはアーガを支援こそしているものの、ハーベスタ国に接してはいない。
直接攻めてくることはないから除外する。
「アミルダ様。戦力差はどれほどになりそうなのですか?」
「我が軍は一万ほど、アーガは五万か六万の予想に変わりはない」
セレナさんの問いにアミルダは淡々と答える。
やはり戦力差は大きい。だがこれはもういつものことだ。
今までは十倍の差は覆して来た。今回だってきっとやれるはず、いややってみせる。
「ちなみにクアレール国からの兵力支援の要請がある。おおよそ一万ほどだ」
「では我が軍は二万でありますか!」
「そうだな、だがあくまで最初は我が軍だけで戦うことになる。クアレール軍はおそらく間に合わないだろう。アーガはすでに兵糧を準備し終えているから出陣が早いのだ」
アミルダは忌々しそうに呟いた。
アーガ王国はボラススの支援によって、兵糧をどこからともなく補給されたのだ。
本来ならば五万以上の軍など、兵糧を集めるだけでも恐ろしい時間と人手が必要になる。
それが一瞬でされてしまったのだから、クアレールの出陣準備が間に合わなかったはむしろ妥当だ。
本来なら一万の軍の兵糧や物資とて、簡単に用意できるものではないのだから。
「念のためにアーガの長所と短所を確認しておく」
アミルダは机の上にある地図や駒を手で触り始めた。
「まずアーガの長所。一番は奴らの広大な国土からなる兵数だ。五万や六万の兵士など正気の沙汰ではない」
アミルダは地図上でアーガと表記された場所に、兵士の駒をいくつも置いていく。
アーガ王国は国土が広い。しかも本来は穀倉地帯で食料が豊富という、凄まじく恵まれた国なのだ。
故に人口がかなり多くて、つまり兵も他の国よりも多く用意できる。
昔の日本では土地の価値を~万石と表現したように、国の広さよりもどれほど収穫できるかを重視していた。
その食料の量でどれだけ人を養えるか決まり、それこそが国力となったからだ。
アーガを例えるならば豊かな土地を多く持つ大国だ。弱いはずがない。
「次に兵士たちの質と残虐さだ。奴らはここ十年、戦争を続けている国。兵士たちの練度が高い……あまりイメージはないだろうが」
「まともに戦わずに、クロスボウで撃退していたでありますからな!」
アーガはここ十年ほどで周辺国を飲み込んで、国土を一気に広げたのだ。
故に戦い慣れしていて一兵卒に至るまで練度は高い。
ハーベスタとアーガの雑兵同士が同装備で一騎打ちすれば、うちの兵士が九割がた負けるだろう。
だからこそ奴らに対して同じ条件では戦わなかった。
鉄鎧を揃えて装備で優位を取ったり、クロスボウでアーガ兵が近づくまでに倒すなどを徹底していた。
それの理由の根底には、同条件で戦えば兵士の腕の差で不利というのがあったからだ。
現在のハーベスタ国の精鋭部隊は優秀だ。バルバロッサさんが直々に鍛えたのでアーガのそれよりも強いかもしれない。
だが一般兵は……今もなおアーガの方が間違いなく強い。
「次にアーガの短所だな。物資不足で食料や装備も満足に揃わなかった、そのために兵士の士気も低かった」
「叔母様、両方とも過去形なのですが」
「……ボラススの支援で改善されたからな」
アーガの欠点である慢性的な物資不足。
今まで奴らの足を散々引っ張っていたその要因は、ボラススの支援によって補われてしまった。
つまり今までの致命的な弱点がなくなってしまっている。
これは本当に厄介極まりない。アーガに今まで圧勝できた大きな理由が消えてしまった。
「もうアーガに残された弱点は、指揮官がボルボルであることのみだ」
「…………」
セレナさんは少し不快そうな顔をする。
やはりボルボルに思うところがあるのだろう。妹を危うく犯されそうになればな……。
しかしアーガにボルボル指揮官という弱点が残ってるのが救いか。
あいつがいるだけで軍がかなり弱体化するからな……。
とはいえボルボルであっても膨大な戦力差があれば勝てる。
あいつが今まで常勝将軍と言われていたのは、お膳立てがあったとはいえ勝利してきたからだ。
ボルボルが指揮した軍は必ず負ける、というわけではない。
「ボルボルがアーガ軍を指揮するならば、かなりの弱体化が見込める。そこが我らのつけいる隙というわけだ」
「「「「「確かに」」」」」
皆が一斉に頷いた。
ボルボルが物凄く酷い指揮なのは、ここにいる全員が把握しているからな。
なにせあいつは軍を負けさせた挙句、家の印章を俺達に与えたのだ。
おかげでアミルダの偽お手紙作戦を成功させた立役者だ。
死んでからすら足を引っ張るおそるべき愚物は伊達ではない。
「あのー……でも気になることがあるんですけど。何でアーガとボラススは、わざわざあのボルボルに指揮をとらせるのでしょうか?」
エミリさんが小さく手をあげた。
……言われてみればそうだな。何でわざわざボルボルに指揮を……?
元々ボルボルが使われていた理由は覚えている。
ボルボルはアーガ王国の名家の息子だ。アッシュが奴に手柄をたてさせて、実家に恩を売るためだった。
でもアッシュはもはやアーガの女王だ。もうボルボルの実家に気を使う必要はないような……。
「……これは推測だ。ボルボルは常勝将軍と呼ばれていたはず。それを信じたボラススが蘇生させて、アーガに支援として譲ったのだ。アーガはボラススの顔を潰さぬために、ボルボルを重用せねばならない」
アミルダは少し顔をしかめている。
おそらく本人にも引っかかる箇所があるのだろう。
ボラススは本当にボルボルを常勝将軍と信じ切っているのだろうか、と。
なにせあいつは俺達に完膚なきまでに負けたのだ、しかも二度も。
直近の実績を見ればとても常勝将軍などとは思えない。
そもそも……ボルボルの普段の言動を見れば、とても有能とは思えないのだが……。
ボラススの上層部はボルボルと話したことがないのだろうか。
「まあボルボルのことはよい。とにかく我が軍にとって、今までで特に厳しい戦いになる。各自、できる準備をしておいてくれ」
こうして集会は解散した。
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