第137話 勝どき飯
アーガ王国との決戦の日は着々と近づいていった。
互いに兵を多く集めて出陣のための準備が行われていく。
そしてとうとう……俺達は白竜城の玉座の間に集められた。
「もはや全ての準備は終えた。明日の朝、アーガ王国に向けて出陣する」
玉座に座ったアミルダは静かに、だが力強く宣言した。
もはやハーベスタ国の兵は集結した。物資や食事なども揃えることができた。
クアレール国の援軍は間に合わなかったが、それは想定の範囲なので仕方がない。
今回の戦いは大量の兵士たちによるぶつかり合いだ。
決着にはそれなりの日数がかかるだろうから、クアレール軍は後詰めの援軍扱いと考えておけばよい。
「とうとうこの日が来たでありますな! 憎きアーガを打ち倒す日が!」
バルバロッサさんが大声で叫ぶ。
アーガ王国打倒を望んでいたのは俺だけではない。
いやむしろリーズの復讐というだけの理由の俺よりも、アミルダやバルバロッサさんの方がよほどアーガ王国を潰したいだろう。
特にアミルダは父や兄をアーガ王国に殺されたのだから。
……今更だがよく俺をハーベスタ国に雇ってくれたものだよな。元アーガ王国兵士だからと恨みをぶつけられた可能性もあっただろうに。
俺だけでなくアーガ兵に対しても怨恨の類では戦っていない。そんなことができる彼女はやはり傑物なのだろう。
やはり俺はリーズの復讐を代行して、何としてもハーベスタ国を勝たせなければならない。
「じゃあ出陣前に兵士たちによい食事を振る舞うか。ゲン担ぎは大事だろ?」
ゲンを担いだ食べ物。
日本でも昔からずっと続いている文化だ。受験前にはかつ丼とかは定番だよな。
俺の知っている限りでは戦国時代からすでにあった文化らしい。
出陣前に打ちアワビ、かち栗、昆布を食べることで縁起よくしていたと。
敵を打ち、勝ち、喜ぶ(よろこんぶ)だそうだ。最後は駄洒落臭がするが……。
「ゲンを担ぐか。兵士たちの士気が上がりそうなら用意して欲しい」
アミルダは小さく頷いたので、早速準備して兵士に出すとするか
「しかし縁起のよい食べ物とは何であるか? 昔は出陣前には硬いパンを食べていたであるが……」
バルバロッサさんは腕を組みながら悩む。
……何でわざわざ硬いパンを? 確実に美味しくないので、むしろ士気が下がりかねないような。
「硬いパンを出していた理由はなんですか?」
「私ではなくて父上が出していたのだが、硬いパンはカチカチだから……というこじつけだな。本音を言うと戦前には兵糧が多く必要なので、古くて質の悪いパンから処分したかったのもある」
悲報。ハーベスタ国の勝ちどき飯、酷い。
とは言え出陣前に硬い黒パンを出されても士気が上がる可能性もある。
理由は簡単。そもそも軍に兵糧が確実にあるとは限らなかったからだ。
散々アーガの兵糧不足を馬鹿にしてきたが、軍全部に満足いく食事を用意できないことは普通にある。
兵たちは食わせてもらえるだけありがたいと思って士気が上がるのだ。
「なるほど……でも黒くて硬いパンはやめておきます」
「では何を出すのであるか? よい名前の食べ物が咄嗟には思いつかないのである」
「別に語呂合わせだけが縁起のよさではないですよ」
硬いパンは論外として……カレー、かつ丼など語呂のよいものならいくらでも用意できる。
だがそもそもだ。縁起がよいとは、食べる人がそう感じるからこそ意味があると思うのだ。
カレーなどはあくまで地球で広まった名称で、縁起がよいだけのものだ。この世界では微妙だろう。
じゃあ何を出せばよいのかと言えばやはりアレだろう。
みんなをぐるりと見渡した後に口を開く。
「ハーベスタがアーガを打ち破った初戦のことを覚えていますか? 絶望的な戦力差だったのに、僅か千の兵で万の敵を打ち破った。その時に取った食事は、ものすごく縁起がよいと思いませんか?」
ゲンを担ぐというのは、決して言葉遊びの類だけのものではない。
人によって~~をすると、よいことが起きるというようなものがあるだろう。
そしてハーベスタ国にとってそれは、俺が初めて参加した戦であるはずだ。
あの戦いからハーベスタ国の未来は開けた。滅ぶ目前の国が奇跡の再興を果たしたのだから。
つまりその希望をもたらした戦で初めて行ったことを再演する。きっと兵士たちはこう思うだろう、『縁起がよい』と。
「肉まんでどうですか? アレが全ての始まりですから」
肉まん、俺が一般兵たちに最初に出した食事だ。
最初に俺が出陣した時のハーベスタ国の用意した兵糧が、硬い干し肉にカチカチのパンだった。
あれでは絶望的な戦力差の前では士気が上がらないだろうと、俺が手を加えて肉まんにしたのだ。
肉まんで兵たちは意気軒高となって、アーガを打ち破ることができたのだ。
……というかあの時のカチカチパン、一応はゲンを担いでたのか。
「……なるほど。私に異存はない」
アミルダは俺の方を見ながら少し愉快そうに笑っている。
「確かに兵たちからすれば、あの白いパンが始まりですねー……いいんじゃないですか? なんかこう、盛り上がりそうで」
「兵の意気軒高となるであろうな! 今回の戦でも勝利した暁には、ハーベスタ国の戦前の食べ物は肉まんにするである!」
エミリさんやバルバロッサさんも好感触だ。
セレナさんは黙っているが、彼女はあの時にはいなかったので仕方がない。
「では兵たち用の肉まんを準備してきますね。食糧庫の硬い干し肉とカチカチのパンを頂きます」
「存分に使うがいい。あの時と同じ肉まんを作ってやれ」
俺は調理室に向かって超大量の肉まんをつくって、補給班に頼んで配ってもらうことにした。
兵舎の前ではすでに配給が始まっていて、肉まんを持った兵士たちが叫んでいる。
「これは肉まん! 我がハーベスタ国が奇跡の勝利を得た時に、兵たちに配られた伝説の料理だ!」
「俺はあの時は新兵だった。はっきり言うと絶対負けると思っていたが、この美味いパンとゲロマズイポーションで勝ったのだ! お前たちも心して食え! そして生き残るぞ!」
「はい! 俺も頑張ります! うめぇ!」
熟練兵と思わしき男たちが、後輩の新兵を励ましていた。
……そうか、あの時に俺と同じく初陣だった兵士たちはもう熟練兵なんだな。
…………思えばハーベスタ国で数々の戦争に参加したものだ。
アーガを終わらせれば、全てが終わるのだろうか。ボラススもいるからそれは断言できない。
だがもう因縁には決着をつけるべきだ。そしてアーガ王国の暴虐を止める。
それがリーズの身体を許可もなく得た、いや実質乗っ取ってしまった俺のやるべきことだ。
絶対にアーガを滅ぼさなければならない、それは俺の義務なのだ。
義務とまで言うのには理由がある。アーガが極悪非道なのもだが……それ以上の大きな理由が。
……俺はリーズの身体を奪った。
転生して、リーズが死んで俺に身体の主導権が移った。
なので自分の意思で奪ったのではない。だがどんなに言いつくろっても変えられない事実だ。
ならせめてリーズが望んだだろうことを代わりにやる。それがせめてもの罪滅ぼし。
あいつが生きていれば、きっと同じようにアーガを止めただろうから……。
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