第138話 出陣


 アーガ王国への出陣の日、ギャザの街の広場にはハーベスタ軍の精鋭たちが集まっていた。


 彼らの大半は俺がこの国に来た時からいた者たち。つまり元祖ハーベスタ兵であった。


 そして広場の台座の上にはアミルダが威風堂々と立って、兵たちを見据えていた。


 俺やエミリさんたちも同じく台座の端の方にいる。


「聞けっ! 今回の戦にて我らはアーガに大打撃を与える! 今までずっと防衛に徹していた我らが、とうとう打って出る時が来たのだ!」

「「「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 兵たちは歓喜の声をあげる。


 彼らはずっとアーガの脅威に晒されてきて、必死に耐え忍んできたのだ。


 ようやく反撃できると聞けば士気が上がるのは当然だろう。


「私たちは必ず勝たねばならない! そうでなければアーガはまた増長し、今度こそこの国を飲み込む! そうなればお前たちの妻も子も、アーガ兵の毒牙にかかってしまう!」


 すごく気持ちのこもった説得力のある言葉だ。


 なにせ彼女自身が親や兄をアーガに殺されているのだから。


「だからこそ、必ずアーガに打ち勝つ! 我らが下がれば犯されるのは土地であり、お前たちの大事な人だ! それを忘れないで欲しい!」


 アミルダは大きく手を振るって力強く宣言した。 


 兵士たちはそれに呼応するように雄たけびをあげる。


 ……少し不謹慎かもしれない。だが兵士たちの前に立つ彼女は、まるで戦女神のようにすごく輝いて見えた。






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 アミルダの演説が終わった後、ハーベスタ兵たちは広場を出て行軍を始めた。


 先頭にバルバロッサさんがついて指揮を行っている。


 俺やエミリさんやセレナさんは、アミルダの護衛として広場に残っていた。


 兵士たちの半数くらいが出て行ったのを確認してから、アミルダは台座をゆっくりと降りる。


 少し汗をかいているがそれもまた彼女の美しさを際立たせている。


「どうした? 私の顔をまじまじと見て」

「いや……何でもないよ。それよりこれを」


 凝視していたのがバレたようなので誤魔化しておく。


 そしてアミルダに対してS級ポーション入りのガラス瓶を手渡した。

 

 彼女は瓶の中の黄金に輝く液体を見て笑う。


「助かる。ちょうど喉が渇いていたところだ」

 

 ポーションを飲み始めるアミルダ。


 S級ポーションが完全に栄養ドリンクのような扱いだが、こと戦場においてはこれには大きな利点があった。


 戦場ではやはり暗殺を警戒せねばならない。それは当然ながら食べ物や飲み物への毒の混入も気を付ける必要があった。


 特に今回のアーガは我が兵を洗脳するなど、面倒な搦め手を使ってくるから余計だ。


 だがこと黄金に輝くS級ポーションに関しては、そういった警戒をする必要がまったくない。


 何故ならば……S級ポーションに毒を混ぜても無害になるからだ。


 決して人が飲まなくても効果があるのは、伝説のポーションの面目躍如といったところか。


「叔母様凄いです! よくあんな大勢の前で緊張しませんね!」

「エミリ、それは違う。私はいつも緊張しているぞ」

「そうですか? そんな風には見えませんが……」


 俺もエミリさんの言葉に同感だ。


 アミルダは全く気後れせずにいつも堂々としている。それは大勢の前であろうが変わりない。


 緊張などという言葉とは無縁のように見えてしまう。


「まあよい、我々もそろそろ出るぞ。馬車の準備は?」

「いや馬車よりもよい物がある」


 俺はズボンのポケットのアイテムボックスに手を突っ込むと、そこに入っていたモノを取り出した。


 瞬時に現れたのは真っ黒に塗られた四輪の鉄の塊。


 俗に言うVIPカーと呼ばれるものであった。


「……魔導車の新型か。以前のやつはどうした?」

「前のやつはマジックボックスにお蔵入りだ。こちらの方が丈夫だし性能もよいからな」


 このVIPカーは普通の車よりも車体の鉄を厚くして、丈夫さをあげている。


 ガラスも防弾だし扉も盾にできるほど強固だ。


 今回の戦は乱戦になる恐れもあるので、アミルダの安全を万全にするために用意した。


 本当は戦車の方がよかったが……あれだと外の景色が見えないという難点がある。


 アミルダは軍全体の指揮をするので、周りの状況が見やすくて小回りが利く方がよいので車にした。


「ふむ、硬いな。私の魔法でも耐えるやもしれんな」


 アミルダは車体を手の甲でコンコンと叩く。


 いや流石にそれは……とも言えない。何故ならばこの車は魔法で動くので、ガソリンの類は入ってないからだ。


 つまり普通の自動車に比べて爆発炎上が起こりづらくて、結果的に強固になっている。


 なお車体に内臓された魔導エンジンが破壊されたら、爆発の恐れは普通にある。


 魔力が暴発するからな、そこは気を付けなければならない。


「まあ乗ってくれ。こいつで軍に帯同しながら話せば……外には声が漏れづらいだろう」

「それは助かるな。どこに間者が潜り込んでいるかわからない現状ではな」


 俺が運転席に乗り込む。アミルダは助手席、セレナさんとエミリさんは後方座席だ。


 ……本来なら助手席は下座に位置するのだが、まあそんな無粋なことを言う必要はないだろう。


「あ、そうそう。この魔導車には気温調整機能もある。冬のような寒さも、夏のような暑さも思うがままだ。もし暑かったり寒かったら言ってくれ」


 今回の戦争は長期戦になりそうなので、アミルダたちの体調面も気を使う必要がある。


 特にアミルダの負担は精神的にも肉体的にも、すごく多大なモノとなり得る。


 少しでも楽になるように色々とできることはしたい。


「まさに至れり尽くせりだな。助かる」

「他にも欲しい物があれば言ってくれ。食べたい物とかでもいいぞ。甘い物……ケーキとかいかが?」

「ケーキですか!?」

「エミリ、ステイ」


 予想通りにエミリさんが飛びついてくる。そりゃ甘い物なんて言ったら当然だ。


 アミルダはそんな様子を見て少しほほ笑んだ。


「もらおうか」


 これは俺が狙ったこと。まだ戦いの場にはたどり着いていない。


 ずっと気を張っていては疲れてしまうのだ。アミルダが倒れてしまえば我が軍は崩壊する可能性が高い。


 なので彼女の体調は何よりも重視しなければならない。


 この時点では少しでも気が休まるように、俺はアミルダに対して甘味を差し出すのだった。

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