第158話 ポーション


 俺は地下の秘密基地の入り口付近で考え事をしていた。


 ハーベスタが戦わなければならない相手は二つだ。


 一つはアンデッド集団、そしてもう一つはボラスス神聖帝国の軍。忘れてはならないこと、それはあのアンデッド集団はあくまで元アーガ兵でしかないこと。


 つまりボラスス神聖帝国はロクに戦力を消耗していない。奴らも俺達と戦う準備を整えていることだろう。きっと色々と策を巡らせているに違いない。


 ボラススは基本的に狡猾だ。アッシュやボルボルを仲間にするという失策こそあるものの、それ以外の動きはかなり優秀だと言わざるを得ない。


 これまで敵国の情報を筒抜けにしてきたハーベスタ国の暗部たち。彼らでさえもボラススの狙いは見えなかったのだから。


「とは言えこのままでも問題だよな……今の俺ならボラススの目的を掴む支援もできるか。この世界には魔法の対策はあるが、現代科学への対策などしてないだろうし」


 頭を悩ませていると目の前にある超巨大な階段を、上から下りてくる音が聞こえる。この地下室はこの通勤ラッシュでも捌ける巨大階段で上り下りさせる。すごく広い場所なので大抵誰かがそこを通っている。

 

 更に階段には踏んだら音の鳴る砂利が置いてあり、誰の目にも入らずに侵入するのは困難。この地下室に間者を入れないための仕掛けのひとつだ。


 もちろん他にも色々と防犯設備はある。赤外線センサーや防犯カメラなど多種多様に揃えている。今の俺ならば機械の類も容易に作成できるからな。


 あのエミリさんですら、この防犯設備の前では侵入は難しいだろう。いやあの人はそもそも盗人の類ではないのだが……。

 

「リーズ、これはどういうことだ? 何故私に相談せずに製造した?」


 どうやら階段を下りて来ていたのはアミルダだったようだ。彼女は少し顔をしかめながら俺の方へと寄ってくる。


 実はエミリさんに地下室を製造したと伝言をお願いしたが、事後承諾なことに怒っているようだ。少し先走ったが絶対にムダにはならないので許して欲しい。


「すまない、だがどうしても必要なんだ。ここで対ボラスス用の兵器などを造っていく」

「…………確かにこの場所は有用だな。地下でこれほど大きな部屋を用意できれば、いくらでも隠すことができる」


 アミルダは少し何か言いたそうだったが、俺の顔を見た後にため息をついた。


「だが相手はボラススだ。兵士を洗脳されてはどうしようもないぞ」


 以前にボラススの兵士が洗脳されて、俺に暗殺を仕掛けて来たことがある。前回は仕掛けて来たので分かったが、情報収集に徹されたら難しいと言っているのだ。


 だが考慮済みだ。あの洗脳は弱点があるからな。


「それは大丈夫だ、この地下室の階段には細工がしてある。霧を出すんだ、洗脳解除に特化させたポーションのな」

「……それは凄まじいな」


 アミルダは俺の言葉に呆れている。


 この巨大階段の壁の裏には、超巨大なミスト装置を設置した。本来ならば水を霧状にする装置だが、今回はポーションを霧にして充満させる。


 そうすれば階段を通る者は全員がその霧を吸うので、もし洗脳されている者がいても解除される。


 ちなみに地上と地下を繋ぐエレベーターも一台用意しているが、それは俺やアミルダなどのVIP専用通路だ。一般兵には使わせる予定はないし、機械の機の字もないこの世界では使い方分からないだろう。


 つまりボラススに悪用される恐れはない。仮にされても使用履歴や監視カメラとかで即バレだし。


「リーズ、この地下室で何を造るつもりだ? お前がここまで隠すのだから相当な物だろうことは容易に想像がつく」


 ……アミルダには伝えておくべきだろうな。俺は彼女に近づいて耳元でささやいた。


「空飛ぶ船をつくる」

「…………正気か?」


 珍しく目を丸くして驚いているアミルダ。


 流石の彼女も、いや流石の彼女だからこそ瞬時に分かるのだろう。空飛ぶ船の脅威が。


「もちろん正気だ、ボラススを潰すためなら俺は何でもやる。リーズとそう誓ったからな」

「……リーズ、念のために言っておく。焦るな」

「分かってるよ。アミルダ達のためにもリーズのためにも、持てる時間を全て使ってボラススを潰す準備を整える」

「そうか」


 俺の言葉にアミルダは少し悲しそうな顔をした。いったいどうしたというのだろうか?


 不思議に思っていると彼女は真剣な顔でこちらを睨んだ。


「リーズ、ひとつだけ言っておく。この戦いで終わりではない、私たちにはその先がずっと続いているのだ」

「わかってるよ。だからその先を切り開くんだ、俺が。そのためなら何でもやる」

「違う、お前はわかってな……」

「叔母様あああああああぁぁぁぁぁ! どこですかぁぁぁぁぁぁ!!」


 アミルダの言葉を制止するように、階段から騒がしい足音が聞こえた。視線を移すとエミリさんが全力で走っていて危ない。


 彼女は俺とアミルダを確認すると、必死に近くへ寄ってくる。


「エミリ、何の用だ? 今は大事な話を……」

「大変です! 元ビーガンの土地の一部の貴族が、ボラススに寝返って蜂起しました!」

「……ええい、この大事な時に! リーズ、この話はまた今度だ! ひとまず焦るな、絶対にだ! いいな! 急ぎ戻るぞ、ついてこいエミリ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくださっ……この階段すごく長くて……降りてくるだけですごく疲れ……」


 エミリさんはかなり息を切らせている。この階段物凄く長いからなぁ……高さ5kmを越える地下室だもんな……これ走って登ってもバテる。


 普通に考えたら超欠陥住宅の類だからな。せめてエスカレーターでも実装すべきか……?


「待てアミルダ、階段を登らずにすぐ地上に戻れる手段がある」

「すぐに案内しろ」


 俺は急いでアミルダ達をエレベーターの元に案内した。上に登る用のボタンを押して扉を開いて、彼女らとともに中に入る。そして扉が閉まるとエレベーターは上昇し始める。


「後はしばらく待っていれば地上だ」

「た、助かりました……あの階段を今度は急いで登らないとダメかと……」


 エミリさんがものすごく心のこもった声を出して、床にへたりこんでしまった。


 うん、あの階段を全力で降りてきたらそうもなるよな……。


「リーズよ、あの階段は流石に酷いぞ。使う側のことを考えてなさすぎる」


 やっぱりあの階段ダメだな、何とかしよ。



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使い勝手犠牲にしすぎてる件について。

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