最後の戦い編

第157話 近づけない


 俺はギャザの街から少し離れた空き地の地下に秘密基地を造って、そこに佇んでいた。周囲は薄暗くてエミリさんの光だけが、かろうじて明かりとなっている。


 ここ基地と言っても一部を除いて機械的な物ではない。ただの地下に造ったレンガ造りの、この世界でも製造可能な技術のものだ。


 更に言うなら超巨大な一室のみ。飛行機の滑走路のように平坦で、何もない平地のだだっ広すぎる部屋があるだけ。


 この地下室の広さは大きな街すら越える。更に天井と床の間の距離は5kmをゆうに越えている。まだ何もないので殺風景だがこれでいい、いやこれがよい。


「何もないですねぇ……こんなところで何をするんですか?」


 エミリさんが自ら輝きながら遠くを眺めている。相変わらずこの人がいると周囲が明るくなるな、物理的な意味で。


「この部屋で皆に色々とやってもらいます。訓練、鍛冶、物資の製造など色々と」

「それでこんな広い場所を造ったんですか。でも別にギャザの街でやってもらってもよいのでは?」

「それはダメです。ギャザの街では人は日中しか動けない。兵士たちは暗くなってきたら訓練を止めますし、鍛冶師なども手を止める」

「当たり前じゃないですが。暗いですし」


 エミリさんはキョトンとして首をかしげている。


 この世界は技術が低く人間は夜を支配していない。ようはエミリさんのような照明が不足しているのだ。


 彼女の光魔法はすごく優秀な光源だが、エミリさんは一人しかおらず光魔法もまた貴重なのだ。


「それでは間に合いません。ボラススに勝つためには、もっと訓練も何もかもが必要です」


 この世界において明かりと言えば火だがあまり周囲を照らせない。ランタンと蛍光灯を比べれば、その光量の違いが分かるだろう。


 つまり夜とは暗いので人はあまり仕事をこなせない。仮に無理やり夜にやらせたとしても、松明の光くらいの明るさではうまく作業ができない。


 この世界には光を発する魔法の道具はあるが、あまり数を用意できるような代物ではない。夜は仕事をせずに寝るというのがこの世界の常識だ。


「間に合わないと言っても時間は有限ですよ? いくらリーズさんでも時間を造るのは無理ですよね?」

「神様じゃないですからね、一日を伸ばしたりは出来ません。でも……人の活動時間は伸ばせます」


 ボラススとの決戦までの時間はそこまでない。あの土ドームが壊されて、アンデッドが外に漏れる前に戦いを挑まなければならない。アンデッドが周囲に散らばったら、ネズミ算的に増えだしてどうしようもなくなってしまう。


 俺の予想では土ドームが壊されるのに半年はかかる計算だが、あのボラススだから何かまた妙な手を打ってくる恐れもある。少しでも早く戦う準備を整えたいので時間は一分一秒でも惜しい。


「活動時間を延ばすって……無理じゃないですか?」

「アミルダなんて冗談抜きで人の二倍くらいの時間働いてますよ……」

「叔母様はおかしいので……」


 アミルダはもう少し休むべきだと思う。彼女は年中無休で睡眠四時間、かつ起きてる時ほぼずっと働いてるからな。更に言うなら四時間寝てない時も結構ありそうという。


 流石に彼女くらい働けとは言わないが、民衆にももう少し長い時間頑張って欲しい。ボラススとの決戦までの間だけでよいので。


 俺は【クラフト】魔法を発動して、地下室の天井中にライトを張り巡らせた。ライト達が光り出して薄暗かった地下室が一気に日中のように明るくなる。


「光の魔道具ですか!? こんなにいっぱい用意できるなんて……あれ、私の最大の長所消えませんかこれ?」


 エミリさんが天井を眩しそうに眺めている。


 大丈夫です、貴女の長所は今や照明係よりも暗部とかの薄暗い方のが……。光学迷彩の魔法は便利すぎてね……。


「今の俺ならば一瞬で可能です。これだけ明るければ夜も思う存分働けますよね?」

「た、確かに……。で、でも待ってください! みんなを叔母様みたいに働かせるつもりですか!? そんなの死んじゃいますよ!?」

「流石にそれはしないですよ……いくら遅くても八時くらいには消灯します」


 焦るエミリさんに宣言しておく。


 アミルダのあの働き方は人間のやるべきものではない。そもそもS級ポーションで回復ありきでのことだし、それを含めてもやめて欲しいと思っている。


「それとですね。この地下室を製造したのにはもうひとつ意味があります。むしろそちらの方が意味合いがあるかも」


 この地下室を造った理由は二つ。一つ目は夜を遅くして兵士の訓練時間などを増やしつつ、天気などの影響を失くすことだ。


 例えば冬の時期なら日が沈むのが早く、五時にはほぼ真っ暗になってしまうし朝に明るくなるのも遅い。だが地下室で照明を照らすならば関係がない。


 あ、ちなみにボラススを倒したらこの地下室は埋める予定だ。こんなの残したらきっと労働者が不幸になるから……。


「ひとつは作業時間を長くするのでしょうけど、もうひとつは何なんですか?」

「ここが地下であることですよ。俺の考えている秘策は目立つから、外で試運転すると一発でバレてしまうので。そのためにここまで地下室を用意しました」


 俺は天井を見ながら呟く。


 地下室でならば何をやっても外には漏れない。入って来た人間にスパイがいれば漏れる恐れはあるが、それにしたって少数の目でしか報告されないはず。


 ならばきっとボラススは報告を受けたとしても信じないだろう。最悪でも半信半疑程度にしか思えないはずだ。何か見間違いだろうとか、逆に洗脳されたとでも誤解してくれそうだ。


「えっと? でも以前はすごく大きな音を出す大砲でも、外で色々と練習とかしてましたよね? あれもかなり目立ってたような」


 大砲の音は確かに派手だ。だが今回用意するのはあの比ではない。


 大砲はあくまで魔法の延長みたいなものだった。だが今回は違う、違いすぎる。まさに戦場を一変させた兵器、悪魔とまで呼ばれた代物。


「あれとは比べ物にならないほど目立つので。今度の戦場は……空ですから」


 何としても俺がアーガ王国とボラススを潰さなければならない。やれることは何でもしないと。

 

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