第102話 セレナさんを拾おう
タッサク街についた俺達はアミズ商店の本店へと向かった。
セレナさんを拾ってからクアレール国に行くためだ。
既に早馬で手紙を出しているので、彼女は待機して……。
「え? 早馬? まだ来てないですけど?」
そんな俺達が本店へ着くと、従業員から返された言葉はこれだった。
「えっ? 第三王子、あんた早馬を先に出しておくから任せろって……」
セレナさんに迎えに行くと事前に知らせるために早馬を出そうとしたら、第三王子がしゃしゃり出てきたのだ。
クアレールに出向いてもらうのに何から何までやってもらうと外聞が悪い。準備は自分に任せておいてくれと。
確かに第三王子の発言は間違ってはいない。全て我が国におんぶにだっこよりも、彼自身も動いた方が周囲の評価につながる。なので彼に一任したのだが。
「はっはっは! まさか馬車より速い馬があるとは思わなかったから、白竜城出発直前に出したのさっ! 今頃ギャザとここの真ん中くらいまで走ってればよいところだね!」
悲報、早馬が遅い。
どうやら第三王子は魔動車のことを計算にいれてなかったようだ……いやまあしょうがないけども。
アミルダならかなり事前に出してくれるのに……。
「いやあ、本当にすまない。次から気を付けるよ」
「……まあこちらも情報疎通できてなかったから仕方ないか」
……あれ? でも第三王子って魔動車のこと知らなかったっけ?
以前にクアレールに向かった時に乗っていったから、性能について多少は知っていてもよさそうなものだが……。
アミルダも魔動車の話をパーティーでしていたような……まあいいか。
「急いでセレナ様を呼んで参ります!」
従業員は跳ねるように部屋から出て行った。
しばらく待っているとドタドタと音がして、勢いよく扉が開く。
「リーズ様! お待たせしました!」
「あ、セレナさんどうも……」
急いで入って来たセレナさんは魔法使いのローブ姿。ただし胸元が妙に開いている……谷間が見えているんだけども。
この人ってこんな大胆な服装してたっけ……趣味が変わったのかな?
まあいいや、女性の服装に下手に口出すのも微妙だし。どうせ触らぬ神に祟りなし。
「話は聞いてますか? 実は護衛としてクアレール国に一緒に出向いて欲しいのですが」
「はい! お任せください! 心身ともにサポートしてみせます!」
セレナさんの意気込みがすごい。これなら安心して任せられそうだ。
「セレナぁ! 私、リーズさんと婚約したんだよ!」
「広場の発表で聞いたよ! でも私には事前に話してくれてもよかったのに」
「…………」
「どうしたの?」
エミリさんは引きつった顔で固まっている。
それもそうだろう。彼女は他人に事前に話すどころか、自分ですら知ったのがその時点なのである。
「ほ、ほらサプライズっていう……ビックリしたでしょ!?」
サプライズを最大火力で叩きつけられたエミリさんが言うと違いますね。
自分の婚約発表を広場で聞く令嬢なんて、歴史を見てもそうはいないだろう。
「あはは、本当に驚いたよー。今回は護衛するけど……エミリには護衛いらないんじゃない?」
「いるよー。私か弱い貴族令嬢だもの」
……普通のか弱い貴族令嬢は、万全な警備の中で砂糖を盗むのは無理だろう。
「それでねー砂糖がねー」
「すごーい」
「それがねーお菓子がねー」
「甘そうー」
「砂糖がねー」
そしてエミリさんとセレナさんはどんどん話に花を咲かせていく。
可愛らしいのだが……これいつ終わるのだろうか。
というか無限ループに入って来てないだろうか?
「いやはや。可愛らしいお嬢さんたちの話を聞くのも愉快なのだが、できればそろそろ話を進めていきたいのだが」
俺と同じ想いだったのか、第三王子が二人の会話に割って入った。
「あ、すみません! 長話をしてしまって……」
「いやいや、愉快な話も聞けたのでよしとしよう。それで……兵士はどれくらい集められそうだい?」
「二千人ほど。クアレールの国王がなくなった時点で、何かあった時用に兵士を集めていたそうなので。それを使わせてもらえるそうです。クアレールとの国境付近に進軍中なので、すぐに合流できるでしょう」
「流石はアミルダだ。この短期間でハーベスタ兵を二千人引き連れて戻ってくれば、我が弟も度肝を抜かすことだろうさ」
ひゅーと口笛を吹く第三王子。
いや本当にアミルダすごいな……まさか兵士を事前に用意していたとは。
二千もの兵士を一から集めるならば、最低でも一週間以上はかかるだろう。
そんなに待っていたら時勢が不利になりかねない。先に俺達だけクアレール国に出向いて、軍は後でやって来ることになると考えてたのに。
「いやぁ二千も兵がいれば、第四王子にかなり圧力を加えられる! 寝返る貴族も出てくるだろうさ!」
「そうなのか? 確かに二千の兵は大軍ではあるけど、クアレール国の半分でも自由にできるならその数倍の兵は楽に用意できるだろ。そこまで圧力になるか?」
クアレール国はかなりの大国だ。土地の広さだけ見ても現状のハーベスタ国すら凌駕しかねないほどの。
更に言うならハーベスタ国はまだ侵略した土地を掌握中だ。
土着の有力者たちが逆らっていたりなど、完全に国土全てを自由にできるとは言えない状態。
対してクアレール国は安定していたので、国土の広さをそのまま国力にできているはずだ。
現状のハーベスタ国とクアレール国が、全力でひたすら殴り合ったら我が国が不利だ。兵数でかなり差をつけられてしまう。
つまり第四王子は二千どころか、万の兵士だって準備できてしまう恐れがある。
「第四王子は元々は王位継承権外だ。いくら王位を叫んでも僕の首も見つかってないから正当性がないし、直轄領もないから短期間で大勢の兵士は揃えられないよ」
「確かにそうか。逆にお前の首があって、第四王子が正当な次期王になったらまずかったな」
「そうそう。対して君たちは千の兵でアーガの万の軍を破っただろう? 今回はなんとその二倍! つまりクアレールというか第四王子から見れば、ハーベスタ兵二千は恐ろしい脅威に見えるのさ」
「あー……」
確かに外側から見れば、俺達の軍は超強力に見えるな。
内情はボルボルがアーガの足を猛烈に引っ張ったりと、俺達の兵が強いだけが勝因ではないのだがな!
あー……ボルボル蘇ってまた出てきてくれないかな。あいつが指揮した軍は戦力にすごいマイナス補正がかかるからな……。
奴を殺した俺が言うのもどうなんだ、という話ではあるのだが……。
それにあの時のハーベスタ軍千人には、バルバロッサさんがいたのも大きいけどな。
「まあそういうわけだから軍を率いて、早くクアレール国に向かおう! 速くつけばつくほど、第四王子が地盤を固める時間を減らせて有利になる!」
すごく楽しそうに笑う第三王子。
しかしひとつ気になっていることがある。今後の俺の動きにも影響しかねないので、ここで問いただしておくべきだろう。
俺は第三王子を見据えて声をかける。
「ちょっと聞きたいんだが。あんたは自分がクアレール王になった方がよいと、アミルダに言ってたよな?」
「そうだね、言ったよ」
「でも以前に社交パーティーに参加した時、王になりたくなさそうだった。王になるつもりはあるんだよな? まさかクアレール国をアミルダに押し付けたりは……」
この男が王位継承権をはく奪されて喜んでいたのを覚えている。
そしてさっきから見ていたが……この第三王子は結構、いやかなりしたたかだ。
もし自分が王になりたくないのなら、アミルダに全て押し付けるかもと思ってしまう。
アミルダは今のハーベスタ国を統治するので余裕がない。そんな状態でクアレールまで押し付けられてしまっては困る!
もしそうなら俺にも考えがある! だが第三王子は首を横に振った。
「無茶だよ。いくらアミルダが優秀だとしても、クアレール国の王になるのは無茶だ。不可能とは言わないが武力による脅し、そして戦争で勝利が必須だろう。僕がクアレール国の王になるのが丸い」
「今まで散々嫌がってたのに継ぐのか」
「僕が王にならなかったらさ、クアレールの王位を奪いたい者からすればただの邪魔ものだぞ? 正当な継承権を持っている厄介者……王位簒奪者に殺されてしまう。それがアミルダにしろ、第四王子にしろだ」
第三王子は大きくため息をつくと。
「僕はね、クアレール王になるか殺されるかしかないんだ。なら前者を選ぶよ、それにクアレール国が荒らされて無くなるも嫌だしね」
そう呟いたクアレール王は軽薄な笑みを浮かべていた。
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