第19話 ボルボル死す


「もっと速く走るんだなっ! このままじゃボキュが死んでしまうんだなっ!」

「そ、そんなこと言われてもっ!」

「重くてこれが精いっぱいでっ!」


 アーガ王国軍の三人の兵士たちは、ボルボルを背負って森の中を走っていた。


 ボルボルは毒が回って走れないので兵士たちが運ぶしかない。


 だが人の入った袋、ましてや太り気味の男はすごく重い。


 それを背負って運ぶだけでも大変なのに走り続けろなど無理な話だった。


「はぁ……はぁ……。も、もう限界だ……少し休もうぜ……」

「流石に無理だ……」


 早々に体力の限界がきてしまい、男たちは足を止めてボルボルの詰まった袋を地面に置く。


「ちょっ! ふざけるなんだな! 足が千切れても走るんだな! ボキュが死んじゃうってわかってるんだなっ!? アーガ王国の大損失になるんだなっ!」

「そんなこと言われても……無理なもんは無理で……」

「勘弁してくだせぇ……俺ら、矢で足を貫かれたんでさぁ! ポーションで治療してもらいましたが、それでもまだ本調子では……」


 彼らは必死に走っていた。


 仮にも上官であるボルボルの命令だ。逆らえば死が待っている。


 だが不可能を命令されてもできるわけがない。


「甘えるなんだなっ! お前ら! ボキュが助からなかったら一族郎党処刑なんだなっ! さっさと走るんだなっ!」

「「「…………」」」


 兵士たちはボルボルを無言で見続けている。


 その目は先ほどとは違って、上官を見るそれではなくなっていた。


 彼らはボルボルを地面に降ろしてその姿をまじまじと見続ける。


「何をやってるんだなっ! 少しでも走れと言ってるのが聞こえないんだなっ!?」

「……なあ、そもそも俺達がこんなことになったのってコイツのせいだよな?」

「な、何を言ってるんだな?」


 ボルボルも周囲の者たちの異変に気付く。少し後ずさろうとするが立てないためまともに移動ができない。


 彼らはそんな者は気にせずに会話を続ける。


「ああ。コイツが意味不明な命令繰り出したせいで、俺達はこんな悲惨なことになってんだ。女も犯せず略奪もできなかった。あげくなんでこんな喋るデブを、必死に運ばなきゃならないんだ?」

「…………殺っちゃおうぜ。ハーベスタ国が殺したのを、俺達が引き渡されたことにしてさ。後方部隊に配備されてりゃ俺もあの銀雪華の妹を犯せたのに、こいつのせいで酷い目にあった!」

「お、おい! ボキュを誰だと思ってるんだなっ!? ボキュは常勝将軍で大貴族の……」


 ボルボルはそれ以上何も言えなかった。


 三人の男たちに蹴り飛ばされて、ボルボルは地面に這いつくばった。


「な、何をするんだなっ! ボキュにこんなことしてっ! ボキュを誰だと……!」

「動けねぇ豚だろうが! 死ね! お前がいたから俺達がこんな目にあったんだ!」

「お前、ずっと偉そうで大嫌いだったんだよ! 何が大貴族の息子だ! ただのクソ豚じゃねぇか!」

「今までクソみたいな指揮で、俺達を負けに導きやがって!」

「や、やめっ! やめるんだなっ!?」


 三人の男たちは恨みや鬱憤をはらすようにボルボルを執拗に何度も踏みつける。


 彼らは死ぬほど不満が溜まっていた。


 本来ならば勝ち確定の戦と聞かされていた。娼館にもしばらく行かないようにして準備も万端だった。


 それがふたを開けてみれば仲間たちがボルボルの指揮によって大勢死んで、自分達も大怪我を負ったのだから。


「ざけんなよっ! 弓兵でも用意してればよかっただろうが!」

「馬がいればもっと楽に近づけただろうがっ!」

「やめっ……やめっ……痛っ……!」


 事実としてもしボルボルが指揮官として最低限の能力を持っていれば、大きく状況は変わっていた。


 弓兵部隊を用意しておけば、一方的に攻撃されることはなかったかもしれない。


 騎馬部隊を配備しておけば、一気に距離を詰めて乱戦に持ち込めたかもしれない。


 もちろんそんな部隊がいたらハーベスタ軍も戦法を変えるので、そう都合よくはいくとは限らない。


 だがひたすらに突っ込む以外の選択肢を用意できただろう。


 無論、それらの部隊を用意していたとしてボルボルがうまく運用できるかは別だ。


 それにアーガ王国軍も貴重な弓兵や騎馬を、ザコと思っていたハーベスタ軍に使いたくないのでボルボルに渡さなかったのもある。


 しかし一兵卒に過ぎない彼らからすればそんな事情など知る由もない。


 ボルボルが怠慢で敵を舐め腐って用意しなかった、つまり全てこいつのせいだと考えるに決まっている。


「やめっ……やめっ! 誰か、助けてっ……! 誰でもいいんだなっ! ボキュをっ……!」


 ボルボルは死に物狂いで叫びをあげるが、その声は森に虚しく響き渡るだけだ。


「こんな森の中で誰もいるわけねぇだろっ!」

「あ……あっ……」


 何度も踏みつけられて蹴り倒されて、とうとうボルボルは気絶した。


「あーくそ疲れた……靴に血がついてる……後で洗うか。こいつの死体は本国に持って帰る必要あるか?」

「うーむ……もしかしたら褒美がもらえるかもしれないが……重いんだよなぁ」

「でも放置したのが万が一バレても困るし……結局死んでも荷物なのは変わらねぇのな……」

「いっそハーベスタ国に戻るか? 俺達を雇ってくださいって。それで隙をついて女王を誘拐でもできれば……」

「あの女王すごい美人だしヤリたいが……流石に厳しいんじゃないか? 警戒されるだろ、それよりは死体持って帰った方が……」

「てかこいつの姿が見えるの不快なんだけど。袋に詰めようぜ」


 兵士たちはもはやこの場にいるのは三人だけとばかりに、今後のことを話し始める。


 そしてボルボルは袋に再び詰められしばらくして毒が回って死んだ。


 その最後は奇しくもリーズと同じような状況だった。


 違う点があるとすればボルボルは完全に因果応報で、新たな人格などに目覚めなかったことか。


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