第18話 目には目を


 ボルボルは自軍が知らぬ間に全滅していて茫然としている。そんな奴は放置して俺はセレナさんへと視線を向ける。


 ……最高指揮官が知らない間に軍が壊滅するとか、冷静に考えるとおかしいな。


「な、なにをやってるんだな……! 誰が全滅していいって指示を出したんだなっ……!」


 ボルボルはパニックで頭が……いや元からおかしいので放置しておこう。


 そもそも最高指揮官が軍の指揮を放棄する時点で自業自得だろう。


「セレナさんはもう戦いませんよね?」

「……はい、もう意味はありませんから。後方部隊にいる妹を迎えに行って……」


 そう呟いたところでセレナさんの顔が青ざめた。


 待て、俺もすごく嫌な予感がするぞ。後方部隊に妹がひとり、そして最悪の集団であるアーガ王国軍……。


「……待って。この戦いで使い捨てにするなら、妹は……」


 セレナさんが悲鳴をあげると同時に、ボルボルが勝ち誇ったかのように下卑た笑みを浮かべた。


「……ぷぷっ! もうとっくに兵士たちの慰み者なんだな! ボキュを裏切るから天罰なんだなざまあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」


 ボルボルの悲鳴がどんどん遠ざかっていく。


 バルバロッサさんの渾身の殴りによって、ボルボルは百メートル以上吹き飛んでいった。


 人間ってあそこまで吹っ飛ぶものなのか……奴は殺虫剤をくらったゴキブリのようにピクピクと震えて地面に倒れている。


「これ以上は聞くに堪えなかったのである! ……セレナよ、今からでも急ぐのだ! 後方部隊を襲撃するのだ! 奴が言っているのはあくまで予想! 実際はまだ無事やもしれぬ!」

「は、はい……!」


 くそっ! こんなので勝っても後味が悪すぎる!


 俺はセレナさんのことは全然知らないが、それでも同じアーガ王国に騙された者だ!


 これ以上、あんな奴らに人生捻じ曲げられる人を見たくない!


 魔動車で敵陣に突入すればかなり速くつけるはず……!


「不要だ。すでに確保した」


 焦る俺達に対してアミルダ様がゆっくりと歩いてくる。


「か、確保って……」

「言ったであろう、後方部隊に破壊工作を仕掛けると。アーガ王国軍とぶつかる前にすでにセレナの妹がいると報告を受けていた。何やらきな臭いと思って事前に攫わせておいたのだ。事実、服を剥かれて犯される直前だったそうだ」


 あ、アミルダ様がまじ有能すぎてすごい。


 ……もしかしてこの敵軍が地獄のようになっている光景って、アミルダ様が怒り狂ってたのもあるのだろうか。


 それならば奴らの自業自得だ。むしろこいつらを逃がすことで、また見知らぬ誰かに被害が出てしまう可能性もある。


 そもそも戦争なので逃げる敵を追い撃ちするのも普通だしな。


 こうして俺達は再度のボルボル侵攻を防いだのであった。


 それとボルボルはゴキブリのような生命力でかろうじて生きていた。なのでどうやって殺すか考えることにした。


 アーガ王国軍に完勝した俺達は、再びハーベスタ国への凱旋を果たした。


 今回は我が軍の戦死者はなんとゼロだ。


 結局アーガ王国軍はボウガンの雨と炎に焼かれて、ハーベスタ国に接敵できずに潰走したらしい。


 そして俺は悲願を達成した。


「ここから出すんだな! お前ごときがボキュを捕らえていいと思ってるんだなっ!?」


 アミルダ様の屋敷の地下牢で、ボルボルが牢にいれられて鉄格子を掴んで喚いている。


 ここには俺とボルボル、そしてセレナさんがいた。


 とうとう! 復讐対象のひとりを! 確保したのであるっ!


 ボルボルはバルバロッサさんに殴られて死にかけていたので、S級ポーションで回復させておいた。


 そしてこいつの処遇は俺に一任されている。アミルダ様は約束を守ってくださった。


「捕らえていいに決まってるだろうが。俺はお前に何をしてもいいんだよ、殺されたんだから」

「お、お前死んでないんだな! ならその理屈は通らないんだな!」

「なるほど、確かに一理あるな」


 リーズが殺されてはいるが同じ身体で俺は生きている。


 目には目を、歯には歯をという有名な言葉がある。


 目を潰されたら相手の目を潰し、歯を抜かれたら相手の歯を抜き返す。


 されたことと同じ分だけ償わせるという考えだ。


 まあ実際にはリーズは殺されたので、別に何してもいいとは思うんだが。


 でもせっかくなのでこいつの口車に乗ってやろう。


「まったく! これだから権利ばかり主張するゴミは困るんだな! さっさとボキュをここから出して……」

「よし、決めたぞ。セレナさん、ちょっと手伝ってもらえますか? そいつの両手両足を凍らせて動けなくしてほしいんです」


 俺はマジックボックスであるズボンのポケットから、大きな布袋と小瓶に入ったポーションを取り出す。


 この布袋はリーズを拉致する時に使われた忌まわしき物だ。


「……はい。凍てつき、捕縛せよ」

「ひぃっ!? 冷たいんだなっ!? がごっ!?」


 ボルボルの両手が鉄格子を掴んだまま、両足は地面に張り付くように凍っていた。


 奴が驚いて口を大きく開くと、俺はポーションの入った瓶口を突っ込んだ。


「ごきゅっ、ごきゅっ……ぶへぇ! なんなんだなこれは! 苦くてマズイんだな!」

「確かに俺はお前に殺されてないかもしれない」

「やっとわかったんだな! 死んでもないくせに復讐とか、お前何様のつもりだったんだな! さっさとボキュを解放して……」

「なので全く同じことをやり返すことにしたよ」

「同じことってなんなんだな……あぁ! お前も生きて解放されたから、ボキュも同じようにってことなんだな!」


 ボルボルは本当に無能だな。ここまで言って分からないのか。


 こいつに指揮された部下たちに少しだけ同情してしまう。


 いやあいつらもかなりクソだし必要ないか……セレナさんの十歳の妹を強姦しようとしたし……。


「お前さ、さっき飲んだポーションとこの袋に覚えはない?」

「そんな小汚い袋なんて知らないんだな! ポーションなんてどれも同じなんだな! そんなことよりボキュをさっさと……!」


 ……小汚い袋ね。


 そんな袋をリーズの死に装束、もしくは棺桶にされたのか。


「さっきのはお前が俺に飲ませたポーションだよ。この袋は俺を詰めた物だ」


 そう宣告するとボルボルの顔色がサーッと青くなっていく。


 ようやく今の状況を理解したようだ。


「は……? ぼ、ぼ、ボキュに毒を飲ませたなんだな!? お前ふざけるなよリーズっ! 何様のつもりなんだな! さっさと解毒薬をよこすんだなっ!」

「別に俺は自分を様と思ってねぇよ。それとお前は俺に解毒薬なんて渡さなかったよな? ご丁寧に袋に詰めて追い出したよな?」

「お前とボキュじゃ人間として格が違うんだなっ! さっさとはや……あぐっ!」


 ボルボルは顔を歪めて苦しみだした。


 この毒はすぐには死なないが、じわりじわりと苦しむタイプだからな。


 リーズはこいつらに散々リンチされて気絶していたので、その苦痛がなかったのは唯一の救いだったかもしれない。


「セレナさん、こいつを袋に詰めるので手伝ってもらえます?」

「……はい」

「や、やめっ! ボキュを誰だと思って……!」


 唯々諾々と手伝ってくれるセレナさん。


 そしてボルボルを詰めた袋を持……とうとしたんだけどこいつ重い……。


 力に自信のない俺と細身のセレナさんでは無理だ。ここは……。


「ぐははははは! 吾輩に任せるのである!」 


 外で暇そうにしていたバルバロッサさんを呼んできた。


 彼はスーパーのレジ袋のように、片手で布袋INボルボルを掴んで持ち上げると他の牢の前へと運んでくれた。


「な、なんだ!?」

「いったいなんだってんだ!?」

「お、俺達はどうなるんだよ!」


 牢の中にはアーガ王国軍の捕虜が三人捕まっていた。

 

 彼らはクロスボウで足をやられて動けなくなっていて、放置するわけにもいかないので捕虜にしたのだ。


 今はポーションで治療しているので動けばするはず。


「お前たちは真に遺憾だが逃がしてやる」

「……!」

「やった! 帰れる!」

「ありがとうございます! 二度と歯向かいません!」


 こいつらは俺の一言に狂喜乱舞する。


 ……アーガ王国軍の奴らだから逃がしてよいのかは迷う。だが捕まえた捕虜を全員殺すわけにもいかない。


 指揮官クラスの捕虜なら処刑してもまだよい。


 他の兵士の犠牲となって自ら死を選んだなど言い訳もつくが、一兵卒までかたっぱしから殺せばただの虐殺だ。


 周辺諸国からハーベスタ国もアーガ王国は野蛮さではどっちもどっち、と思われてしまう。


「その代わりにこの布袋を本国に持って帰って欲しい」

「ちょっ!? その前に解毒薬を渡すんだなっ!」

「うるさいのである!」

「ぐええええええぇぇぇぇっぇ!?」


 バルバロッサさんが布袋を持ち上げると上下にシェイクする。


 牢のカギを開けて鉄格子の扉を開くと、彼らは怯えながらも外に出てきた。


 わかるぞ、バルバロッサさんは猛獣みたいなものだからな。鉄格子でも挟んでなければ怖すぎるのだろう。


 実際は鉄格子くらいなら簡単に捻じ曲げるので関係ないけど。


「行くのである」


 そうして彼らを地下牢から出して街の門の外まで連れ出した。


「ほれ、さっさとそれを持って本国へ帰るのである!」

「ぼきゅっ!?」


 バルバロッサさんが布袋INボルボルを、アーガ王国兵たちの前に投げ捨てた。


「は、はいっ! ありがとうございます!」

「この御恩は一生忘れません!」

「ちょっ、まっ! 解毒薬! 解毒薬をっ! ボキュが死んじゃうんだなっ!」


 ボルボルの袋を三人がかりで抱えて、逃げるように去っていく兵士たち。


 これでとりあえずボルボルが死んだら復讐完了だな。


 あの毒はS級ポーションでもなければ治癒できない。


 奴はこの後にアーガ王国に戻るだろうが、あの国はS級用意できないのでほぼ間違いなく死ぬとは思う。


 だが万が一生き残っていたら、また戦場で相まみえることになるだろう。


 その時はその時だ。あいつが侵攻軍の最高指揮官ならば、敵軍が死ぬほど弱くなるから助かるし。


「リーズよ、気分はどうだ。虚しくなったか? 満足したか? それともまだ満たないであるか?」


 バルバロッサさんが腕を組みながら俺に尋ねてくる。


「まだまだです。バベルとアッシュがいます。それにアーガ王国軍も潰したいです」


 まだ俺の復讐は全く終わっていない。


 バベルにアッシュがいるし、アーガ王国軍の一般兵共も散々リーズをこきつかったのだ。


 むしろここからが本番だろうな。


「ならばよし! 復讐は何も生まぬなどと言う者もおるが人それぞれである! 虚しくないならばやられた分はやり返すがよい! 全て終わった後はたぶんスッキリするのである! その後のことはその時考えるのである!」

「はい! 頑張ります!」


 兵士たちによってボルボルの運ばれていくのを見続けるのだった。



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週刊総合ランキングは91位キープでした!

ここが勝負所と考えていますので、ブックマークや☆やレビューを頂けるとすごく嬉しいです……!


それとまだボルボルのターンは終わってません。

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