第173話 ボラススの演説


 飛行船を先頭とした我が軍はボラススの領土を進んでいき、ボラスス教の総本山へと向かっている。なおボラスス教の総本山は国の端、国境付近にある。


 つまり進軍して最初にたどり着く街こそが、俺達のゴールとなるのだ。


「何でボラススの総本山って国の外側にあるんですか? 王都みたいなものですよね? 王都が国の端だと不便じゃないですか?」


 エミリさんが双眼鏡で遠くを見ながら呟き、それに対してアミルダがため息をついた。


「元々はボラススはただの帝国だったのだ。だがボラスス総本山のある地から始まった宗教が、どうやってか帝国自体を乗っ取っていったのだ」

「王都が総本山に代わったってことですか?」

「そうだな。我が国とてアーガに攻められ続けた結果、王都がどんどん押し出されていった。しばらくは王都の位置がアーガ王国との最前線になっていただろう。何らかの事情で王都が移動すれば歪にもなる」


 王都は国の中心部に位置する方が都合がよい。国全体に指示を行き渡らせやすいからだ。


 だが状況次第では妙なところに王都が生まれることもあるか。


『敬虔なる教徒たちよ! 我が声を聞くがいい!』

「「「「!?」」」」


 いきなりどこからともなく、巨大な叫び声が聞こえてくる!? 


『偉大なるボラスス神の力にて、国中に声を響かせておる! 私は教皇だ!』


 ボラスス教皇の声が脳裏に響いてくる……! 耳を塞ごうが構わずに、脳を揺さぶるような大音量で!


「叔母様、何ですかこれ!?」

「わからん……ボラススの奇怪な魔法の類だ……! だが何か嫌な予感がする」


 アミルダは顔をしかめながら告げてくる。


 俺も同意見だ。脳を揺さぶるような声は、物凄く嫌な悪寒を感じさせる……念のためにS級ポーションを飲んでみると少し楽になった。


「皆、S級ポーションを飲んでおいてくれ」


 俺の言葉にアミルダたちは頷いて、それぞれ渡していたS級ポーションを飲んでいく。更に頭の中に響く声は続いて……いや違う、教皇から甲高い女の声に変わった。


『我らボラスス神にあだなす者がこの国に訪れておる! 奴らを許してはならない! この世界で唯一正しきもの、それこそがボラスス神なのだ!』


 この声を聞いた瞬間、背筋がゾッとした。


 心ではなく身体が警鐘を発する。当然だ……この声は、アッシュだ!


『我に従え。ボラスス神に平伏せよ。我に従うのだ。速やかにハーベスタの女王を排除せよ』

「……まずい! これは超広範囲への洗脳魔法だ! 魔力を持つ我らはともかく、飛行船に乗った兵士が!」


 アミルダが悲鳴をあげる。


 周囲を見回すと一般兵たちが茫然と立ち尽くしていた。呆けた顔は明らかに正常ではない……!


 くそっ、S級ポーションを飲む命令が行き渡らなかったか!


「お、叔母様!? 洗脳魔法って広範囲に使えるんですか!?」

「普通は無理だ! だがアッシュの声は微弱な魔力を持っている! 魔力の乗った声を国中に届けられて、かつ洗脳魔法をその声で詠唱すれば届くのやもしれん!」


 アッシュがアーガ王国を乗っ取れた理由。それは奴の声に微量な魔法がこもっていて、喋るだけで相手に弱い洗脳をかけている才能があったからだ。


 そんな声で魔法を告げれば遥かに強力な洗脳魔法になる。それこそラジオが電波を届けるように、声に乗せて洗脳魔法を飛ばすことも可能……!?


『私に従え。偉大なるボラススを継ぐ者に。ハーベスタの女王を排除せよ』

「……排除」

「女王を、排除……」


 飛行船に乗った兵士たちが一斉にこちらを向き始めた!? 


 これはもしかしなくてもゾンビ映画みたいなノリでは? 兵士たちはS級ポーションも飲んでないし魔力もない。つまり洗脳魔法に引っかかって……。


 まずい。もう一度脳裏に声が響いたら完全に操られるかも……! そしたら……操縦者がいなくなって飛行船が墜落するぞ!?


『私に従え。そうこのボラスス教「アッシュ」皇に従え! ……む?』


 その瞬間だった。兵士たちは周囲を見回してオドオドと混乱し始めた。


「だ、誰に従えばいいんだ……?」

「お、俺達は何をして……」


 急に我を取り戻したかのように焦りだす兵士たち。それを見たアミルダは大きく息を吸うと。


「すぐにS級ポーションの霧を散布せよ! 今すぐにだ!」

「「は、はいっ!」」


 兵士たちに命令を下して、飛行船からS級ポーションの霧が散布され始める。


 風に乗ってこの甲板の上にも漂ってくるはずなので、今後は洗脳されることはないはずだ。


『なっ!? 何故アッシュが喋れる!? ええいやり直しだ! すぐに洗脳魔法を告げ直せ!』

 

 教皇の焦る声が聞こえる。どうやら何かアクシデントが発生したらしく助かった。


 あのままだと危うく飛行船が落とされるところだ。流石に広範囲洗脳魔法なんて予期してなかった……教皇め、妙な手を使ってくる……。


「飛行船を反転させろ。歩兵部隊の真上を取れ、霧をかけて洗脳を解除せよ!」


 そうか。地上部隊はこのままだと洗脳されてしまいかねないな。


 S級ポーションを持っているとはいえ、水筒などに入れてる程度なのでなくなったら終わりだ。定期的に飛行船でかけてやらないとダメか。


「しかしさっきのはなんだ? 教皇の名前に被せるようにアッシュと言っていたが。まさか何か狙いがあるのか?」

「さあ……あいつらの考えてることは分からん……」


 少し不気味だ。教皇はいったい何がしたかったのだろう。


 そう思いながら陸の歩兵部隊の洗脳を解除して最進撃し、俺達はとうとうボラスス総本山を目視できたのだった。

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