惨敗将軍ボルボル編
第8話 歯車が狂い始めた王国
アーガ王国がハーベスタ国に出陣する五日前。
ボルボルはアッシュとバベルに個室に呼び出されていた。
「ボルボル、あなたに一万の軍を預けるわ。ハーベスタ国を滅ぼしてきなさい」
「ハーベスタ国は無駄に抵抗を続けている。なので《有能》なお前を派遣するわけだ」
「はいなんだな! ボキュに任せるんだな!」
ボルボルは鼻息をフンフンと荒く鳴らし、下卑た笑みを浮かべた。
「は、ハーベスタ国には可愛いと評判の女王とその妹がいるんだな! そいつらはボキュの好きにしたいんだな!」
「うーん……できれば私のほうで引き取りたいのよね。好きにしてよい貴族の性奴隷なんて、同じ貴族の好事家に売りつけるのに最適なのだけど」
「お、お願いなんだな! ボキュのパパンも喜ぶんだな!」
「……仕方ないわねぇ。ちゃんとお父様にも私からの献上品と言うのよ?」
「わかってるんだな! ありがとうなんだな!」
アッシュは仕方ないなぁと笑い、ボルボルは興奮してズボンの股間部分が盛っている。
「うらやましいぜ。俺も貴族の令嬢をコレクションに加えたかった。村娘や豪商の娘はいるんだが、貴族はまだ捕縛できてないんだよなぁ」
バベルはため息をつく。
彼らはすでにハーベスタ国は自分達の物と考えていて、富をどう分配するかを相談していた。
無論ハーベスタ国の意見など聞いてもいない。
「とりあえず王都は私がもらうわね。周辺の村はバベル、女王と妹はボルボルということで」
「異論はないです」
「大丈夫なんだな。じゃ、じゃあすぐに進軍するんだな!」
「頼むわね、常勝将軍ボルボル」
「任せたぜ、圧勝の男」
ボルボルは勢いよく扉を開けて部屋から出て行き、それをアッシュたちはしばらくの間は笑って見送っていた。
そうしてもう戻ってこないだろうというタイミングで、苦虫をかみつぶしたような顔になって大きくため息をつく。
「はぁ……ボンボンの相手は疲れるわぁ。何が常勝将軍よ、必ず圧勝できる戦場にだけ出陣させてるだけなのに」
「まあまあ、あいつの親は大貴族ですからね。アッシュ様がボルボルに功績をあげさせれば、その分だけ覚えもよくなりますし」
「私たちみたいに本当に優秀ならよかったのにねぇ」
「いやいや、俺らより優れた人間なんていないでしょ。客観的に見ても一兵卒から次期元帥候補にその右腕なんて前代未聞ですぜ」
アッシュたちは楽しそうに自画自賛する。
彼女らの功績の大半はリーズの力を盗んだものだったが、そんなことはすでに頭にないようだ。
いやもう全て自分の腕で行ったと都合よく記憶を改ざんしている。
無能なリーズを有効活用した自分の手柄だと確信しているのだ。
「でも一万も兵士が必要だったんですかい? 敵軍は千程度と聞いてますが」
「必ず勝たせるためよ。万が一にも負けたら困るでしょう? 五千程度だと負ける可能性がゼロじゃないから万全を期したのよぉ」
「万の兵士だけにってことですね、いやこれはうまい」
くだらないやりとりが部屋に響き渡るのだった。
------------------------------------------------
「今回は物資調達の仕事をゲットできたな。購入用の金は俺たちの班で好きに使えるぞ」
「次は何を買おうかなぁ。豪華なワインとかどうだ?」
「いいなそれ。さっさとあのクズに押し付けようぜ」
十人ほどの兵士が楽しそうに外の道路を歩いている。
彼らはボルボルの軍の装備を揃える仕事を請けおった補給隊の兵士たち。
この物資を揃える仕事は、アーガ王国において死ぬほど人気のあるものだった。
理由は簡単だ、調達用に受け取った金をまったく使わずに装備を揃える方法があるからだ。
彼らはリーズに与えられた家に近づくと、ノックもせずに玄関の扉を乱暴に開く。
「おいゴミ野郎! 仕事だ! 一万の兵士の装備を揃えやがれ……って留守かよ。リーズの分際で!」
「あいつ何やってんだよ。俺らを待たせるとか何様のつもりだ?」
「これは教育が必要だな」
アポイントもとらずにやってきておいて、勝手すぎることを叫ぶ者たち。
彼らはリーズのリビングを物色し、紅茶の葉を見つけると湯を沸かしていれだした。
「うーん、あいつ相変わらずよい茶を揃えてるな」
「待たせたんだからこれも没収だな」
「金目のものがないなぁ……しけてやがる」
そうして我が家のごとくくつろいでいたが、二時間ほど待ち続けても帰ってこない。
それにいらだった彼らは部屋の壁などに蹴りをいれはじめた。
「なにやってんだあいつ! 舐めてんのか!」
「帰ってきたら鞭打ちくらいは必要か。鞭取って来るわ」
ここまで彼らが傍若無人なのには理由がある。
リーズに対しては何をしてもよいという命令が出ているためだ。
味方を作らせないためのアッシュの策だった。
『殺さなければそれ以外は何をしてもよい』というもはや軍の命令ではない何か。
それを不審に思う者は軍にはいない。そんなまともな人間はすでにやめているからだ。
だが……。
「た、大変だ!」
「どうしたよそんなに焦って?」
「り、リーズはすでに除隊されてるって……アッシュ様に逆らったので殺したと……」
「……え? いやそんな……え? じゃあ装備どうするんだよ!?」
「お、俺達で揃えるしか……」
「バカ言うなよ!? 時間も全くない上にもらった金額じゃ足りなすぎる! 半分も揃えられないぞ!?」
アーガ王国の兵士は隙あれば自分の懐を肥やす集団である。
なので物資を揃える金もすでに上司からネコババされていた。
それでも今まで問題が出なかったので、どんどん引かれる額が増えてもはやまともに買い揃えられる額ではない。
「ふ、ふざけんな! なんであのクズがいないせいで俺らが罰を受けないとならないんだよ!」
「だ、だがいない奴には流石に罪を押し付けられないぞ!? どうする!?」
「い、今からでも誰かに任務を押し付けるんだ! 事情を知らない奴なら喜んで引き取るはずだ!」
彼らは顔を青ざめながら凄まじい勢いで家から出て行った。
----------------------------------------------------
「す、進むんだな!」
ボルボルは指揮官として馬車に乗って進軍させていた。
馬車といってもチャリオットではなくて、貴族が移動に使うような代物だ。
乗馬しない理由は簡単だ。彼は馬に乗るのが下手なため長時間の進軍となると落馬しかねない。
そんな彼の馬車に対して、ひとりの副隊長が近づいてきた。
「ボルボル様、お耳に入れたいことが」
「なんなんだな? 気分よく進んでるのにくだらないことなら怒るんだな」
「どうやら現地での物資の調達が遅れているようです。このままですと鎧や槍が全員分揃わぬやもしれませぬ」
「何をやってるんだな! いつも問題なく揃えてるはずなんだな!」
「ちょ、調達班が失敗したのです! 私はこれっぽちも悪くありません!」
即座に自分の身を守る副隊長。
アーガ王国において周りの人間は友人ではない。利用する者であり部下は即座に斬り捨てて自分の罪を押し付けるべき存在だ。
死人に口なし、全責任は部下にありとのしっぽ切り。これもアッシュがアーガ王国に与えた影響のひとつだ。
「もういいんだな! ボキュの華麗なる指揮があれば問題ないんだな!」
「流石は常勝将軍ボルボル様! 失敗した者は首をはねておきますので!」
「うむ、なんだな!」
機嫌を取り戻して口笛を吹き始めるボルボル。
なお装備がそろわない理由のひとつに、元々の行軍計画が狂っているのがある。
今までの王国はあまりにも短すぎる準備時間で出陣し、敵がまともに迎撃準備を整えられない間に蹂躙する。
それが彼らの最大の武器であり他国に圧勝できていた理由であった。
今回もアッシュに命令されてから僅か二日で進軍を開始したのだ。
仮に金が足りていたとしても物資を揃える時間などあるはずがない。
だが今までのアーガ王国軍はそれが成り立っていた、リーズというチートを馬車馬よりも酷くこきつかうことで。
進軍している兵士たちも手ブラの者が多い。装備は後で受け取れると思っているためだ。自前での用意など考えてもいない。
その結果としてアーガ王国軍は過半数が鎧なしで、錆びた槍を使うということになってしまう。
進軍していた兵士たちもこれには不満は出る。だが彼らは逃げ出したりはしなかった。
それ以上のうま味があるからだ。
「おいおい、錆びた槍に鎧無しって……」
「まあいいじゃねぇか。ハーベスタ国は崩壊寸前で勝ち確定だ。俺達は戦わなくてもおこぼれに預かれる。少し出遅れることになるから、金などはあまり残ってなかったり女も犯された後かもしれんが」
「しゃーねぇな、まったく。この鬱憤も略奪時にぶつけようぜ」
ここでアーガ王国軍が普段と違うことに気づけた者ならば、この後の無惨な戦いから逃れられたかもしれない。
だがそんなことを考えられるまともな者はもう残っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます