第7話 ドーピングと肉まん


 急いで出陣の準備を開始してから三日後、ハーベスタ軍総勢千名が出陣した。


 アーガ王国はハーベスタ国と東側で隣接している。


 なので東の国境付近の山に布などで陣幕をつくり、アーガ王国軍を迎え撃つ準備をしているのだが……。


「負けられない戦いだが、アーガ王国は俺達とは比べ物にならない大軍って聞くぞ……俺達の五倍くらいいるとか」

「武器や鎧をもらっても限度があるよな……本当に勝てるのか?」

「畜生……敵がアーガ王国でさえなければ逃げたい……でもあいつらに村が焼かれたら、オラの娘も犯されちまう!」


 兵士たちがコッソリと話しているのが聞こえてくる。


 悲しいことにあまり士気が高くないようだ。戦力差を考えれば当然ではあるが。


 でも安心して欲しい。五倍じゃなくて十倍だから。


「ひぃひぃ……鉄の鎧重い……」

「皮鎧よりはるかに嬉しいが、着てるとしんどいなこれ……」


 それに進軍の疲れも出始めている。


 彼らには慣れない全身鎧だからな。ハーベスタ国の軍は大半が農民を徴用してるので、力なども専門の兵士に比べて劣るはずだ。


 本来ならば全身鎧を着させるような人材ではないのに、無理やり装備させているのだ。


 そんなことを考えていると、アミルダ様がこちらに歩いてきた。


「リーズ、兵士たちの疲れが酷い。慣れぬ鎧で苦しんでいるようだが脱がすわけにもいかぬ。なにかよい策はないか?」

「ええはい。ちょうど対策を考えたところでした」


 実際進軍も遅れ気味だったからな。ここはちょっと支援すべきだ。


 俺は背負っていたリュックサックを地面におろして中に手を突っ込む。


 このリュックは魔法によって見た目よりも物資が入る【アイテムボックス】で、中に大型トラック数台分の物資が入る優れ物だ。


「えーっと……あったあった」


 俺はリュックから紫色の薬草を取り出しまくって、地面に小さな山のように積む。


「ほう。【アイテムボックス】か。かなり希少な魔道具だがよく持っていたな。大国や豪商ですら喉から手が出るほど欲しがる物だろうに」

「なるべく素材を持ち歩きたいので自作しました」

「……そうか。【アイテムボックス】を持っていると知っていれば、物資運搬をさせたものを」


 それ頼まれると自分の素材が運べないから黙ってたんですよね。


 そして今度は大きな壺をいくつか取り出す。リュックよりも遥かに大きい、俺の身の丈ほどもある壺を三つほど周囲に置く。


 そしてクラフト魔法を発動する。山のように積んであった薬草が綺麗サッパリ消え失せて、壺の中になみなみと気味悪い紫色の液体が湧き出た。


「……凄まじい色だな。これはポーションか」

「ポーションというよりは栄養ドリンクに……いやポーションでよいです。振りかけるんじゃなくて飲んでもらう必要がありますが」


 壺をのぞき込んで少し顔をしかめるアミルダ様。


 ポーションは傷薬として使えるものと、飲むことで効果を発揮するものがある。


 どす黒いタイプの色のやつは基本的に身体に振りかけるのだが……残念ながらこのポーションは飲み物だ。


 わかる、俺もこんなの飲みたくない。


 某炭酸ブドウ飲料水のような綺麗な色ではない、粘り気もあって濁った泥水を血を混ぜて紫にしましたみたいな。


 ようは毒水としか思えない見た目である。しかもすごく臭い。


「これは筋力増強ポーションです。それと少し元気になる効能もあるので、兵士たちに飲ませて頂ければ」

「……この地獄の悪鬼の血を絞ったようなものを飲ませるのか」

「いやそこまでひどくはないですよ。毒ではないです、死ぬほどマズイですが」


 青汁を死ぬほど苦くした感じの味だろうか。


 せめて砂糖とかがあればもう少しまともな味付けにできたのだが。


「大丈夫です。効能は保障します、これを飲めば兵士たちは力マシマシの天下無双の剛力に! 大丈夫です、死ぬほどマズイですが死にはしません」

「ならまずは貴様が飲め」

「断固としてお断りします!」


 俺は別に筋力増強する必要ないからな! 


 誰があんな飲み物の面汚しみたいな味のポーションを飲むものか!


 アミルダ様はしばらく葛藤した後に俺をにらみつける。


「柄杓を貸せ!」

「ははっ!」


 彼女は柄杓でポーションをすくって、紫色の液体を見た後にそれをぐいっと飲み干した。


「うぇっ……兵士が満足するメシも作って配れ! これだけ飲ませては兵の士気が崩壊するわ!」

「軍の兵糧使ってもよいですか?」

「構わん! ポーションと一緒に配れ! 人を使ってもよい! 任せたぞ……うぇっ……」


 青い顔をしながらも気丈さを保って去っていくアミルダ様。


 筋力増強効果をより強めるために味を犠牲にしすぎたな。


 兵士たちも人間だ、まずい飯を食わせると戦う意欲が落ちてしまう。


 仕方がないので補給物資が置かれている場所につく。


「すみません、アミルダ様からの指示で」

「聞いています。兵糧を美味しくして配るんですよね? とは言っても硬いパンと干し肉とワインしかないですが……?」


 すでに見張りの兵士にアミルダ様の指示が届いていて俺に物資を触らせてくれた。


 我が軍の兵糧は眼前に積まれた木箱の中身だ。


 ここにあるのはカチカチ黒パンと干し肉である。


 日持ち重視で味は軽視の食品、これらを少し改良して美味しくなるようにする。


 ちょうどそろそろ昼飯の時間だし、食料とポーションを配給することにしようか。


「すみません、食料を配りたいので手伝いを数人欲しいです。それと全員に食事時だと知らせて頂きたいのですが」

「わかりました、リーズ様! すぐに手配いたします!」


 敬礼してくる兵士。


 そういえば俺って一応ハーベスタ国の重鎮扱いだった……雑用ばかりしてたから忘れていた。


 これから配る分の兵糧の入った木箱を少し広い場所まで運び、そこに兵士たちを集めてもらった。


 彼らは俺と木箱を見て少し嫌そうな顔をしている。


「またカチカチのパンと硬い干し肉に酸っぱいワインかぁ……」

「死ぬかも知れないんだからもう少しまともな飯食いてぇなぁ」

「しゃーないだろ。俺達の国は余裕がないんだから、食えるだけでも感謝しないと」


 兵士たちも兵糧には辟易しているようだ。


 こんな状態で更にクソまずいポーションだけ渡したら酷いことになりそうだな……よかった、アミルダ様が兵糧使わせてくれて。


「安心してくれ! 今日の兵糧は一味も二味も違うぞ!」


 【クラフト】魔法でカチカチ黒パンと干し肉を融合! 


 木箱を光が包みこみ中身が生まれ変わった。


「……ん? なにかすごくよい匂いが……」

「肉を焼いたような香ばしい……」


 木箱から素晴らしい匂いが漏れだし始める。


 なんと木箱の中身は……ふわふわの肉まんになっているのだ! 中身のアンも干し肉にする前の肉のようになってる!


 これぞ【クラフト】魔法の使い方だ! 素材を改良して混ぜ合わせて、全く別物へと変貌させる!


 塩とか砂糖とか色々あれば他の料理にもできるのだが、千人に配る分のそれを魔力で生み出すのはキツイ。


 ハーベスタ国に来てから鎧や槍ばかり製造してて、素材を集めておく時間があまりなかったからなぁ。


 出来れば中華スープも作りたいが卵とかないので諦めよう。


 それにひとりずつ容器を用意するのも大変だからな。


「さあさあ! 各自ポーションを飲んだ後に、食事を受け取ってくれ! ポーションは死ぬほどマズイ! だが飲んだ後に力が増す特別性だ! 死にたくなければ飲め! アミルダ様も飲みおおせたぞ!」


 そうしてポーションという罰ゲームと共に、美味しい肉まんの配布が行われ始めた。


 まずは壺の列に並んでポーションの入った木のカップを受け取る。


 キッチリと飲み終えたら右にある飯を配布する列に並んでヨシと許可する配り方だ。


 そうしないとポーションだけ飲まずに逃げる奴が出かねないからな!


「見た目も匂いもヤバいんだが……全身が飲むのを拒否するんだが」

「う、うげぇぇぇぇぇ! まずすぎるだろこれ!」

「こんなの人間の飲み物じゃねぇ! で、でもアミルダ様が飲んでるの見たから飲むしかねぇ! 呼吸を止めて鼻をつまんで……っ!」


 死ぬほど不評を受けている筋力増強ポーションである。


 でもほら、良薬は口に苦しって言うじゃん。


 逆に考えれば苦いほど効果があるみたいな、プラシーボ効果っていうじゃん。


「うっひょー! この白いパンたまんねぇ! 白いパンなんてお貴族様の食べ物だってのに食えるなんて!」

「肉汁が溢れ出てきやがる! なんだこれうめぇ! これがパンなら今まで俺が食ってきたのはなんだってんだ!」

「肉にパン……これは売れるのではっ!? 俺、生きて帰ったらこのパンで儲けてやる!」

「「「ばか、やめろっ!」」」


 肉まんは逆にすさまじく好評だ。


 ちなみに肉まんを思いついたのは、コンビニで買って食べた思い出があったからだ。


 実際それをイメージして作ったからな。たぶん味も再現しているだろう。


 ありがとう、コンビニの肉まん。ありがとう、ジャパニーズコンビニエンスストア。


 肉まんはアミルダ様たちにも好評なようでパクパクと食べている。


「うまいな、それに食べやすいしパーティーでも出せる代物だ」

「美味しいですね。ただ作りたてにしか思えないのが少し解せませんが……まさかこの場で焼いた……いえこれ焼いたのでしょうか?」

「エミリ様、細かいことを気にしてどうするのです! 食べやすくて美味くて腹に溜まる! 戦場で食える理想の飯でありましょうや! もしこの場で敵が強襲してきても、片手で食いながら戦えましょうぞ!」

「それは食べるのをやめるべきでは……」


 そうしてハーベスタ軍は士気旺盛かつドーピングした状態で、こちらに攻めてきたアーガ王国軍に相対することができた。

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