第151話 お願い
俺がアンデッドを前にして混乱していると、リーズがS級ポーションを周囲にばら撒いた。
「ウロオオオォォォォ……」
速やかに蒸発していくアンデッド。あ、S級ポーションで浄化できるのかこいつ……。
しかしクロスボウで腹を貫いても平気とは。アンデッドって恐ろしいな……。
いや待てよ? このアンデッドは俺の前に現れただけとは思えないぞ。
急いで戦場を見渡すと……超大量のアンデッドたちが地面から生え続けていた。それに倒れていたアーガ兵たちも、アンデッドとなって蘇り始めている……!?
「ど、どうなってるんだ!?」
「ボラススの仕業だよ。彼らはアーガ王国を支援すると言っていながら、僕と教皇しか戦場に出てなかっただろ? 蘇生魔法が使える者たちを用意して待ってたんだ。死体が大量に増える時を」
リーズは俺に申し訳なさそうな顔で告げてくる。
確かにボラススは物資こそアーガに支援したものの、兵はまったく送っていなかった。それにボルボルを蘇らせた上に大きな権力を握らせて、勝つ気があるのか怪しい戦術を繰り返している。
……よりアーガ兵の死体を増やすためだった、と言われると合点がいってしまう。
そういえば以前にハーベスタ国で、原因不明なアンデッドの発生があった。あの時は五十体ほどでバルバロッサさんが全部蹂躙した。あれはこの時のためのリハーサルだったとでも!?
「それにしたってこんな大規模過ぎる魔法なんて、ボラススの蘇生使える奴らの魔力が足りないはず……」
「…………すまない。僕が蘇ってから教皇に頼まれてずっと超強力なポーションを供給していた。ボラススはもともと大きく弱ってもない国だから、魔法使いの数もかなり多いし……」
リーズ……まじか……。洗脳されていたら仕方なかったのかもしれないが断って欲しかった……。
ハーベスタ軍はアンデッドに対して距離を取り始めて少し後退していく。
アンデッドと乱戦なんて最悪だからな。クロスボウで腹を貫いても死なない敵など、一般兵が倒しきるのは難しい。
アーガ兵たちは悲惨だ。何せ自軍のいた場所にアンデッドたちが出現し、また自軍の死んだ兵も変貌していくのだ。アーガの生き残りの兵たちはアンデッドに噛まれたり首を絞められたりで殺されていく。
そして殺されたらアンデッドになるの地獄絵図だ……。
「……リーズ、何とかならないのか。アーガ兵は敵ではあるがいくら何でもこれは……」
「…………すまない、僕には何の手立てもない。更に言うなら僕自身今にも死にそうなんだ。教皇が蘇生魔法の効力を消したからもう生きていられない」
リーズの周囲には黒い煙が漂い続けている。きっとあの黒い煙は彼を殺すための……。
リーズはS級ポーションを自分の身体にかけ続けているが意味は薄い。気休めに毛の生えた程度だろう。
ポーションは身体の異常なら治せるが、蘇生魔法の効力を追加する力は流石にない。
「やっぱりダメか。可能であれば生き残れないかと思ったけど無理だ。なら仕方ない……頼みがある」
リーズはS級ポーションの瓶を放り投げると、唇を噛みながら俺に頭を下げて来た。その表情は明らかに苦悩している。
彼に諦めるなとは言えない。そもそも蘇生魔法のメカニズムも分からないが、持続する魔法ならば術者が解除すれば再び死ぬのが普通だ。バッテリーの尽きたPCの電源は落ちるに決まっている。
「……頼みとはなんだ?」
俺には彼の頼みが何となく分かる。
今のリーズは俺がずっと同じ身体で見て来た男だ。彼は常に自分を犠牲にして周囲のために尽くしてきた。
そのせいでアーガが増長したので決して美談にはできないが。
「この惨状をもたらした要因は僕にある」
「……そうだな」
これも否定できない。
そもそもリーズがアーガへの助力を途中でやめていたら。もしくはボラススに蘇生された時に洗脳されなかったら、こんな事態には陥ってない。
流石にリーズが悪くないとは言えなかった。
「だから本来なら僕がこの事態を収拾しないとダメだ。ハーベスタ国の人に大迷惑をかけた上に、アーガ国をアッシュに奪わせてしまった僕が。でも……もう死んでしまう。だから……」
リーズは手元にガラス瓶を出現させる。その中には虹色に光る液体が入っていた。
なんだあれは……? 全く知らないぞ、あんな液体は?
信じられないほどの魔力を内包している。それこそS級ポーションすら比ではないほどの、恐ろしいとまで感じる力を。
「これは僕の力で更に強化したポーション。S級ポーションを超える……命名するならSS級ポーションかな? ボラススの魔法使いたちもこれを少し飲んだことで、パワーアップして今のアンデッド魔法を使えている」
リーズは俺を睨んだ後に、SS級ポーションの瓶を差し出して来た。
彼は顔を歪めていた。明らかに申し訳ないという感情があふれ切っている。
「君にこんなことを頼める筋合いがないのは分かっている。でも頼めるのは君しかいない……頼む、ボラススとアーガの暴虐を止めて欲しい……! もう僕には何もできない……!」
リーズは更に頭を下げて泣いていた。
彼の周囲に漂う黒い煙がどんどん大きくなっていき、死神のように彼の首を包囲していく。
そんなことも気にせずにリーズは言葉を続けて行く。
「その身体ならいくらでも使ってくれていい! 僕の名も身体も存在も、差し出せるものは全部差し出す! だから頼む……アーガとボラススを……!」
俺は無言でリーズのSS級ポーションの入った瓶を受け取った。
「言われなくても。俺はハーベスタ国のリーズだからな。敵国を倒すのは当たり前の話だ」
俺の言葉にリーズははにかに微笑む。
「ありがとう……そしてすまない。最低最悪だった僕の尻ぬぐいを、全て君に任せてしまうことになる。本当に、すまない」
「……お前の名や身体を譲り受けた。だから尻ぬぐいも引き受けよう」
リーズの周囲の黒い煙が彼の首を絞めていく。じわりじわりと真綿をしめるように、彼は苦悶の表情を浮かべながら最期まで俺を見ている。
「あり、が……」
とうとう力尽きたようでリーズは白目を剥いて倒れた。すでに呼吸はなく死んでいる。
俺は無言でSS級ポーションの瓶に口をつけた。
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