第150話 リーズ


「すまない! 僕は……君に酷いことをしてしまった!」


 リーズは正気に戻った瞬間に俺に頭を下げてくる。


「……謝る、ということは現状が分かってるのか?」

「全部記憶にある……。僕がアッシュたちに殺されたことも、ボラスス教皇に蘇生されたことも。そして……アーガ王国に散々貢いで、君に理不尽なことを言い続けたのも……」


 リーズは視線を下に落とした。気まずくて俺を直視できなかったようだ。


 この様子を見てもやはりボラスス教皇に洗脳されてたのだろうな。


「なら改めて言う。俺は確かにお前の身体を使わせてもらっている。それは本当にすまないと思っている。だが決してお前を殺して奪ったわけじゃない」


 洗脳された時の記憶があるならば、俺の先ほどまでの言葉も覚えているだろう。


 だがこれだけは何度でも言い続ける。俺がリーズを殺したと誤解されているのだけは嫌だった。


 リーズは俺の言葉にうなずいた。


「……わかってる。身体は僕が死んだ後に使い始めたんだし、殺したのはアッシュたちだからね。むしろお礼を言うのは僕の方だ。僕が肥大化させてしまったアーガ王国を、君が止めてくれていたのだから」

「……気にしないでくれ、俺が好きにやったことだから」


 アーガを止めるのは俺が望んでやっていたことだ。


 リーズの身体を使う罪滅ぼしの意味もあるし、俺がやるべきと感じたから行っていた。礼を言われる筋合いはない。


 むしろ俺こそ彼に礼を言わないとならない。


「俺こそ礼を言わないとダメだ。そのリーズにはすまないとは思っているが……この身体を譲り受けたおかげでアミルダ達と出会えたんだ」


 俺はリーズに向けて頭を下げた。今の俺がいるのは全て目の前の彼のおかげなのだ。身体を使わせても貰っている。


「それはいいよ。僕が死んだ後に腐って朽ちるだけだった死体を、すごくよいことに使ってもらってるし……アーガ王国も成敗してくれたからね」


 リーズは戦場の方へと視線を向ける。


 もはやアーガ軍はほぼ壊滅していた。バルバロッサさんにクロスボウ、大砲とはちゃめちゃに撃ち込まれてはどうにもならないようだ。


 セレナさんの氷魔法も地面を凍らせて活躍している。逃げようとする兵士がスリップしていくのだ。立ち上がるまでに討ち取られる者が大勢いた。


「いいよ。リーズが生きていたころから、アーガ王国は大嫌いだったんだ。本音を言うとだな。俺がお前の身体の中にいた時から、お前が逃げるのをずっと待ってたんだぞ」

「……すまない。さっさと逃げればよかったのにね。長居したせいでアーガ王国を大きくして、いろんな人を不幸にしてしまった。本当は僕がハーベスタ国に逃げて、君と同じようにしなければならなかった。僕は許されないことをしてしまった」


 リーズは真剣な顔で後悔している。


 ……残念だが俺も彼の言葉を否定できない。リーズがさっさと他の国に逃げていれば、アーガ王国はここまで大きくならなかった。


 彼はアッシュたちにこき使われた犠牲者ではある。だがアーガの暴虐に手を貸し続けた者であるのもまた事実だ。


「…………俺の身体はお前のものだ。なら俺がやったことは、お前がやったことにもなるかも」

「ならないよ、流石に……」

「じゃあ今から償おうぜ。お前がこれから生涯尽くせば、不幸になった人数以上を救えるはずだ。ひとまずアーガにトドメをさす」


 俺はリーズに手を差し伸べた。


 リーズのチート生産があれば、冗談抜きで生涯で百万人以上助けられる可能性もある。どうにもならないことを嘆くよりも未来に目を向けて欲しい。


 それに彼がハーベスタ国に来てくれれば、まだ控えているボラススだって楽勝だ。


 ――だがリーズは首をゆっくりと横に振った。


「……すまない、僕は君の手を取れない。何故なら……」


 リーズは振り向いた。その視線の先にはさっき吹き飛んでいったボラスス教皇がいる。


 生きてたのか……竜巻に揉まれて空に飛ばされたのに……。


 奴は愉悦そうに不快な笑みを浮かべてくる。


「くくく……無駄なのですよ! リーズは我が偉大なるボラススの御力で蘇った! 従わぬならば死あるのみ!」


 ボラスス教皇が叫んだ瞬間、リーズの周囲に黒い煙のようなものが発生した。


 彼はそれにまとわれながら俺の方を見ていた。そしていつの間にか出したS級ポーションの入った瓶をあけて頭から中身をかぶる。


「……こういうことだ。僕は偽りの命だからボラスス教皇には逆らったら死ぬ」

「それは……」

 

 俺は蘇生魔法の仕組みは詳しくない。だが術者が蘇生した者の命を握るというのはおそらく可能だとは思う。アンデッドの蘇生主も命令権を持つし。

 

 いや待て……ここでボラスス教皇を殺せばどうとでもなるのでは? 


 そう思ってクロスボウを向けた瞬間だった。ボラスス教皇の身体が光り始めた。


「残念、この身体は偽りなのですよ。それにもうは整いました!」


 ボラスス教皇は歯ぐきを見せて笑う。それと同時に地面が揺れ始めた。


「な、なんだっ!? 声!?」


 地面の下の方から不気味な叫び声のようなものが聞こえてくる。


 明らかに何かが、いや全てがおかしい! ボラスス教皇を睨むが彼は愉悦の表情を崩さない。


「くくく! 我らボラススの大願ここに叶う! ハーベスタ国よ、感謝するぞ! 貴様らが散々アーガ兵を殺したおかげで、短い期間に狭い土地で膨大な人間が死んだ! 死した魂はしばらくその場を彷徨うならば……全て蘇らせれば不死の軍勢が現れる!」


 ボラスス教皇は高笑う。その身体は薄くなり今にも消えそうだ。


 奴は俺とリーズを見すえて満足そうな笑みを浮かべた。


「感謝の言葉を言おう! 貴様らの物資生産のおかげで物資が満ちて、あり得ぬ数の兵士が動員され続けて死んだ! それら全てアンデッドと化してボラススが世界を支配する!」


 そう言い残してボラスス教皇の姿は消えた。


 地中から聞こえる叫び声は更に大きくなっていく……。常に不気味に動いていたボラスス、その狙いはこんなことだったのか!?


 困惑する俺の目の前の地面から人の腐った手が生えて来た。


「ウロオオオォォォォォォォ!」


 更に地中から浮上するように人型が現れた。その身体は腐っていて、どう見てもアンデッドだった。


 アンデッドが俺の方に視線を向けた瞬間、俺は手元にクロスボウを出現させて発射。狙い通りに奴の腹を射抜いた。だが……。


「ウロオオオオオオォォォォォ!」


 アンデッドは腹に穴が空いた状態で、俺の方へと近づいてきた!? 


 やばっ!? なんかないかなんかないか……!?

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