第156話 ボラスス


 アッシュとボルボルは戦場から逃げおおせていた。


 彼女の最大の長所は危機回避能力。今まで散々やらかしても、王と婚姻したり色々と仕組んで生き残ってこれたのはその力があったから。


 今回もそれをフルに発揮して、土ドームに閉じ込められる前に馬で逃げ切っていた。アーガ兵のほぼ全てを置き去りにして。


 そんな彼女たちはボラスス神聖帝国の宮殿の一室にいた。その部屋は物凄く質素な普通の部屋で、とても他国の王族を迎えるような場所ではない。


「ま、まさかアーガの兵士が全てアンデッドになるなんて……! なんて卑劣な策を使うのよ、ハーベスタ国め!」

「なんて奴らなんだな! 許せないんだな! 世界の敵なんだな! ボキュのパパンまで……!」


 アッシュとボルボルは愚かにも真実を知らされていなかった。ボラスス教皇の大嘘に騙されている。アーガ兵がアンデッドになったのは、ハーベスタ国の禁術によるものであったと。


 当然だろう、流石のアッシュとて自軍の戦力を全て他国のモノにされるのは拒否したはずだ。なのでボラススは黙っていた。


 アッシュ達がボラススと組んだせいでアーガの兵が犠牲になったのに、彼女らはそれを理解すらできない。ボルボルは無能すぎる故に仕方ないが。


「まったくその通りです。とうとうハーベスタ国は馬脚を現したのです! がアンデッドを逃さぬように、土の囲いを造らなければどうなっていたか……! この世界を守るためにお二人の力をお貸し願いたい!」


 ボラスス教皇は仰々しく頭を下げる。アーガ兵をアンデッドにした張本人は罪悪感の欠片も持ってはいない。


「わかってますわ! ハーベスタ国は世界中が手を組んで倒すべき敵ですわ! 私の愛したアーガ兵の仇を討つためにも!」

「そうなんだな! ボキュも全力で力を貸すんだな!」


 アッシュとボルボルは力強く宣言する。だが彼女らはアーガ兵を失ったことは痛いと考えているが、大勢死んだことを特に悲しんだりはしていなかった。


 アッシュに至ってはむしろこれでハーベスタ国を世界中の敵に出来て、自分はそれに立ち向かう聖女の類になれるのではと内心ほくそ笑んですらいた。ボルボルはムカついていただけである。


 それを見てボラスス教皇は歓喜にむせび泣くフリをする。


「ありがとうございます! ではアッシュ様には我が信徒に向けて声を届けて頂きたいのです。身体に細工を行う必要はありますが……」

「分かりましたわ! 私の演説で信徒たちの士気を上げるのですわね!」

「ボルボル殿にはボラスス軍の指揮を行って頂きたいのです! 常勝将軍たる貴方の指揮があれば!」

「わかったんだな!」


 こうしてアッシュはもう落ち目であるアーガを捨てて、ボラスス神聖帝国につくことにしたのだった。ボルボルはそこまで考えていなかった。


 アッシュとボルボルは部屋の外に出されて、それぞれ別の部屋へと案内された。


 ボルボルは作戦立案室。狭い部屋の中央には机があり、その上には世界地図や駒など作戦を練るための様々な道具が置いてある。


「ボルボル殿、まずは敵の動きを予想して頂きたいのです。ハーベスタのアンデッド軍は、現在我々が土で囲んでいます。ハーベスタ国はアンデッドを内部で暴れさせるべきか、それとも外から何かしたほうがよいと思いますか?」


 ボラスス教皇の問いに対して、ボルボルは地図を見ながら即座に返答した。


「そんなの決まってるんだな! アンデッドたちに中から土の壁を掘らせていくんだな!」

「ふむふむ……ありがとうございます。少し用事が出来たので失礼いたします。ボルボル殿は次の我らの動きを考えて頂きたい」


 ボラスス教皇は部屋にボルボルを置いて部屋の外の廊下に出る。そして扉の横で待っていた従者に対して呟いた。


「アンデッドたちには何もさせるな。迂闊に土の壁を破壊させたら、きっと何か我らに不利なことが起こる。魔法使い部隊にて外から破壊を試みる」

「ははっ! すぐにアンデッドを操る呪術隊に伝えます!」


 従者は敬礼をして即座に廊下を走っていく。


 それを見てボラスス教皇はほくそ笑んだ。


「ボルボルの行いは全て裏目に出る、本当に全てがだ。ならばその反対の策は正解になるということ!」


 ボラスス教皇の考えは当たっていた。ボルボルの指示に従わなければ、最悪の事態は回避できる可能性が極めて高い。


 事実として土ドームの裏側は鉄で造られていて、人のアンデッドの力で壊すのは不可能に近い。下手に攻撃させればむしろアンデッドの腕がへし折れたり武器が壊れたりしていた。


 アンデッドは手加減などできないので、鉄だろうが何だろうが一切の加減なく全力で殴っていた。人間の腕で全力で鉄を殴ればどうなるかは明白だろう。


「それにアッシュにも使い道はある! 奴自体は足を引っ張るので不要だが、声に微量な魔力をのせて大量の民を半洗脳状態にできる力は有用だ! ならば我らの指示する言葉だけ言わせるように改造すれば!」


 アッシュがアーガ王国で好き放題できたのは、彼女の発する言葉に魔力がのっていたためだ。その力によって彼女の声を聞いた相手に、好意的な印象を持たせることが可能。


 その力だけならば超有能だ、強いカリスマ性で配下の者を指揮できるのだから。アッシュの場合は性格などが酷すぎるので、プラスを補って過剰に余るマイナスがあるのが難点。


 ならそのマイナスだけ取り除いてしまえば、アッシュは素晴らしいになり得る。


「くくく……私であれば無能共も御しきれるのだ! アーガ王国とは違って慢心もせぬ、油断もせぬ! 全ての力をもって目的のために進むのだ! 偉大なるボラスス神復活のために、供物を増やすと!」

 

 ボラスス教皇は両手を広げて叫ぶのだった。


 だが彼は大きな間違いを犯しているのだが、それに気づくことはなかった。


 

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必ず外れる占いなら使い道があるみたいな。

少し閑話挟んで次章へ。

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