第21話 ハーベスタ国に暗雲


 ボルボルを袋に詰めて送り返した翌日。


 俺達は評定のためにアミルダ様の屋敷に集まっていた。


 今日からはセレナさんも参加することになる。


「今日よりセレナがリーズの配下として雇われることになった。彼女は厳密にはハーベスタ国に仕える者ではなく、リーズが直接雇っているのを意識しておけ」

「「はい」」


 アミルダ様の説明に対して、エミリさんとバルバロッサさんがうなずく。


 セレナさんは俺が直接雇っている部下という扱いになるので、状況次第ではハーベスタ国の指示系統から外れることもある。


 まあそんなことを言ってはいるが、皆はセレナさんと仲の良い友人だ。


 たぶんアミルダ様たちも仕事依頼をするだろうし、セレナさんも快くそれを承諾するだろう。


 別にそこは俺も不満はない。そちらのほうが効率などもよいし。


「それで愉快な報告と不快な報告がある。まずは不快な方からだ。アーガ王国の大貴族であるシャグ伯爵が、我が国に対して決して許さぬと宣告してきた」

 

 アミルダ様は手元にある紙を眺めながら呟く。

 

「ボルボルの父親ですよね。確かセレナさんの元々の雇い主で、酷いことをしてきたとか……そうですよね?」

「……二度と顔も見たくありません」


 セレナさんの悲痛な顔だけでも、シャグがクズな人間であると確信できる。


 ボルボルの親という時点でヤバさMAXだし……本人はまともな可能性が微粒子レベルであったがそれもなさそうだ。


 俺はシャグのことを名前しか知らないが、ボルボルを産んだ親という時点で好印象などあるわけがない。


「奴は三劣のシャグという異名を持つ男だ。奴は周辺諸国に恐れられている。ボルボルの親だからと甘く見るな」

「三劣って何ですか?」

「奴を表現するのに三つの言葉を使う。下劣、醜劣、賤劣だ」

「異名というかただの悪口では?」


 どう考えてもその三つの言葉によいイメージが皆無である。


 ボルボルの父親と聞けばすごく相応しそうな気はするが。


「奴の異名の由来を最後まで話そう。シャグは下劣で醜劣で賤劣。その鬼謀、常人の倫理を容易く破る」

「人間性終わってるからまともな思考じゃ想像つかない策をしてくる感じでしょうか?」

「そうだな。奴は大貴族でありながらその思考に誇りはない。だからまさか大貴族がするとは到底思えない策を平気でしてきて周辺諸国を困惑させている。例えば敵国の貧民街に毒入りのパンを配り、死体を大量に出して疫病の流行を狙うなどだ」


 ひ、ひでぇ……ボルボルの性格を更にクズにした感じかよ……。


 でも毒入りのパン配りなんて失敗しそうな気がする。そんなの町で配ってたら憲兵たちに即バレそう。


「奴の策は雑なので基本的に失敗するが、万が一成功したら恐ろしく効果的だ。事実としてセレナの弱みにつけこんで買収して息子へと手渡していただろう。彼女が本当に敵対していれば脅威だった。少なくとも他人の弱みにつけこむ情報収集能力は侮れぬ」

「た、確かに……」


 ボルボルが墓穴を掘ったので、セレナさんは俺達に牙を剥く前に裏切ってくれた。


 でももし奴がもう少し狡猾であったなら、優秀な魔法使いに苦しめられていたかもしれない。


「それでシャグが我が国を完全に目の敵にして動いている。どんな卑劣な策略をしてくるが分からぬので警戒して欲しい」


 性格の悪さも突き抜けたら厄介なんだなぁ……確かに俺もボルボルの思考回路は理解できる自信ない。


 つまりそれは敵の考えを読めないということになる。


「それで愉快な方だが、アーガ王国内で我らを異名で呼び出したと間者から報告を受けている。せっかくなのでお前たちにも伝えておこう」


 異名ねぇ……『軍神』とか『甲斐の虎』とか『第六天魔王』みたいな感じか。

 

「ほほう。三劣のシャグのような感じでしょうか。とうとう吾輩も敵に恐れられる存在に」

「そう言われると欠片も嬉しくないのでやめてください……」


 俺もエミリさんの意見に激しく同意だ。三劣は異名じゃなくて悪名だよな……。


「私は『獄炎の魔女』だそうだ、特に面白みもないな。バルバロッサは『ハーベスタの唸る竜巻』」

「ほほう、竜巻でありますか。吾輩としてはもう少し武を強調して欲しかったのですが」


 アミルダ様とバルバロッサさんの異名は妥当というか無難だな。


 炎を操る魔法使い、そして丸太を振り回して咆哮し竜巻のように暴れる怪物。


 うん、何もおかしなところはないな。


「エミリは『光る煙突』」

「待ってください!? あんまりじゃないですか!? 変更を要求します!」

「私に言われても知らぬ。アーガ王国に言え」


 ……のろし代わりに光っていたからなぁ。


 言い得て妙かもしれないが黙っておこう。


「リーズは『極悪非道の裏切り者にして殺すべき大悪人、首を獲った者には金貨百枚』」

「もうただの悪口とお尋ね者では……」

「異名自体がアーガ王国内での士気向上のためだからな。こんな奴らがいたから我らが負けたのも仕方なかったのだとする言い訳だ。お前は元アーガ王国の人間なので、裏切り者アピールしたかったのだろう」


 アーガ王国め、考えることがしょうもない……。


 アミルダ様は少しだけクスリと笑うが……よく見たら薄い化粧をしていた。


 普段の彼女は化粧なんて全くしないのだが珍しい。


「そういうわけで今後もアーガ王国との戦いは熾烈を極めるだろう。各々、油断せずに職務を果たして欲しい。バルバロッサは兵士の訓練を、リーズは更なる軍備の強化を、エミリはその手伝いをせよ」

「え? 叔母様、私は政務を手伝ったほうが……」

「リーズはまだ来て二ヶ月。勝手も分からぬのだから補佐が必要だ。こやつの時間は黄金のように貴重なのだから。それにお前では見れないことも大量にあるからな」

「……で、でも叔母様、ずっと内政をひとりで」

「何もなければ解散する。各自、励むように」


 有無を言わさぬアミルダ様によって評定は終了した。


 エミリさんがすごく心配そうにしていたが大丈夫だろうか?


 でも入って二ヶ月の俺が口を挟んでもなぁ……ということで、ひとまず自分の職務を果たすことにした。


 セレナさんの使える魔法など聞いている間に夜になり、私室に戻ろうとすると廊下でアミルダ様とすれ違った。


「アミルダ様、お疲れ様です」

「…………」


 だがアミルダ様は返事をしてくださらない。おかしいな、普段ならむしろあちらから声をかけてくるのに。


 ……いや待て、何かふらついているような。


 そんな違和感を抱いた瞬間、アミルダ様はグラリと体勢を崩して倒れそうになる。


「!? アミルダ様!?」


 急いで彼女に抱き着いて支えるが……明らかに身体に力が入っておらず、意識を失っていた。


 あ、アミルダ様やわらかい……ってそんなこと考えている場合ではない!


 俺は即座にポケットから薬草を取り出して、掌にS級ポーションを造りだして彼女の口に流し込む!


 これで毒でも何でも治せるはず! でもなんにしても彼女をベッドに寝かせて看病しなければ!


「だ、誰か! アミルダ様が!」


 俺は屋敷中に聞こえるように大声で叫んだ。

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