第22話 逃げたくせに


 アミルダ様が倒れた。


 彼女をベッドに寝かせた後、すぐに医者を呼んで診療してもらったのだが……。


「……身体に異常はありませんね」

「……あっ、すぐにS級ポーション飲ませたから治ってしまったかも」

「…………それでは病因はわかりませぬ」


 S級が万能薬だからと何も考えずに飲ませてしまった!


 これでは何故アミルダ様が倒れたかわからない……やってしまったか!? いやでもすぐに飲ませるべきだったと思うし……。


「おそらくですが叔母様が倒れた理由はわかります」


 困っているとエミリさんが助け船を出してくれた。


 彼女は小さくため息をつくと。


「……過労です。内政官が逃げ出してから四か月ほど、叔母様は国の内政をほぼひとりで見てきたんです。睡眠も日に三時間くらいしか取れてなかったと思います。そんな状態で軍の指揮まで取ったので……」


 ぶ、ブラック企業も真っ青の極限労働である。


 そこまで酷い状態だったのか……。


「くっ……吾輩が内政を手伝うことが出来れば……!」

「俺も気づければ……」

「お二人とも落ち込まないでください。オジサマは軍の担当ですし、リーズさんは入って間もないので無理ですよ。むしろ私が手伝えればよかったのですが……」


 そういえばエミリさんは内政を手伝おうとしていたな。


 アミルダ様にずっと断られていたけども……。


 ……俺にもアミルダ様はすごく強い人で心配など無用、なんて想いがどこかにあった。


 でもあの人だって人間なのだから、当然無理をすれば倒れるのだ。


「……国の内政はどうしましょうか? 現時点でも放置できない急ぎのものがあるかもしれません」


 セレナさんが忠告をしてくれる。


 俺とバルバロッサさんは内政業務などできない。なら頼れるのは……。


「わ、私も全部は把握してなくて……元々内政官の人が数人いて、その人たちに分担していたのですが……」


 エミリさんもすごく困っている。


 どちらにしても彼女ひとりに押し付けるわけにもいかないからなぁ……倒れる人が増えてしまう。


「全員逃げたのである! しかもまともに挨拶もせず夜逃げ同然で! そのせいで余計にアミルダ様の仕事が増えたのであるっ! エミリ様は元々アミルダ様の親戚なだけなので、政務ができなくて当然なのである!」


 今までの重鎮、ほぼ逃げたって言ってたもんなぁ。


 嫌な空気が流れる中、外から扉をノックする音が聞こえた。


「あの……訪ねて来た人がいまし、ちょっと待ってください! 勝手にはいっては……!」

「何を言う、私はハーベスタ国の内務卿なるぞ。ただいま戻りましたー。おお!? アミルダ様!? これはいったい!?」


 執事さんの制止を無視して、小太りの禿げたオッサンがいきなり扉を開いて入って来た。


 彼は眠っているアミルダ様を見てわざとらしく大声で驚いた。


 ……なんだろうか。すごく不快な感じがする。


「……今更どうかされましたか? 忘れ物でも?」

「貴様! 今さらどの面下げてやって来たのであるかっ!」


 エミリさんとバルバロッサさんが明らかに怒りをあらわにするが、男は意にも介さない。


「無論戻って来たのです! 確かにアーガ王国は恐ろしく一度は逃げ出してしまいました……ですが思い出したのです! 今までアミルダ様に受けて来た恩義を! 誓った忠誠を!」


 芝居がかった口調で宣言する男。


 ……やはり何か気持ち悪い、俺はこの男が生理的に無理だ。


「何が忠誠かっ! 我が国が敵を追い返したのを見て、戻って来ただけであろうが! また不利になればすぐ逃げだすつもりであろう!」

「いやいやそんなことはありませぬ! 私はハーベスタ国のために戻って来たのですっ! それに……今の貴方たちはそんなこと言える状況ですか? 明日までに対応しないとマズイことなどもあるのでは?」


 男はアミルダ様を見つめながらこちらに嫌らしい顔を向ける。


 俺もバルバロッサさんと同じくこの男のことを欠片も信用できない。


 そもそもタイミングがあまりによすぎる。アミルダ様が倒れた瞬間に戻って来るなんて……だがその一方で、今の俺達に満足な内政はできない。


 それにアミルダ様が目覚めた後も、仕事を分担できる者が必要だ。


 つまり……この男を使う必要があるのか……!?


「エミリ様ならわかるでしょう? ここで私を追い出せばどうなるか。誰が内政を行うのですか? またアミルダ様が起きたら全て押し付けると? 今なら私が戻ってきてあげると申しておるのですが……あまり躊躇うようでしたら気が変わりますよ」


 男は明らかにこちらの弱みにつけこみ、下卑た笑みを浮かべていた。


「…………わかりました、叔母の代行として貴方を一時的に内政官に戻します」

「ははっ。ハーベスタ国のために尽くしまする!」


 奴はエミリさんに頭を下げる。


 そうして不本意だがこの男によって、内政が開始されることになってしまった。





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 男が戻ってきて一時間後、すぐに奴によっていつもの部屋で評定が開始された。


 俺もエミリさんもバルバロッサさんも不満げな顔をしている。


 ……何で一度は逃亡してのこのこ戻って来た奴が指揮ってるんだよ。


「リーズ、貴様は宝石などの高く売れる物を作れ。後はS級ポーションやA級ポーションだ」


 奴は開口一番、意味不明なことを言い出した。


「……は? 俺はアミルダ様から軍の強化の命令を……」

「貴様、口答えとは身のほどを弁えよ! 私は内政官であるぞ! 状況は変わるのだ! アミルダ様が命令した時と今ではな! 今夜中になるべく多く作って、私の部屋に持ってこい!」

「なんで貴方の部屋に持ってくる必要が……しかも今夜中ってもうすぐ夜では……」

「確認のためだ! サボって質の悪い物を造られても困る! それと宝石類などは全て私が管理する! 内政官として国の財産は把握しておかねば! それにアミルダ様が倒れたのに夜は仕事しないというのかっ!」


 ……明らかに怪しい。


 自分の懐に収める気としか思えないぞ。


 仮に国の財産を増やすためだとしても、何日か造ってまとめて持ってこいと言うはずだ。


「バルバロッサ、貴様は今からしばらく国境付近を哨戒せよ。三日ほどは帰って来るな」

「何を言う! それは兵士たちが交代でやっているであろうが!」

「一般兵の見張りなど信用できぬわ! 私はアミルダ様の代役だ! 文句があるならば国を出て行けっ!」

「貴様……!」


 いかん、バルバロッサさんが机を握りつぶしそうだ。


 いやこいつ何様だよ。そもそも内政の代役であって、アミルダ様の代役ではないだろうが!


「エミリ様、貴女は私の手伝いをして頂きたい。実は急務の仕事が多数ありまして……今夜はもう寝る時間すらないのです。エミリ様が私の部屋にて寝ずに手伝って頂かないととても間に合わずに、ハーベスタ国の信用がガタ落ちしてしまい……」


 は? エミリさんを男の部屋に泊まらせる? 


 いやあり得ないだろ。こんな男を信用できるわけがない!


 下手したら襲い掛かられて……なんて容易に想像できる! てかそれが狙いだろ!


「…………そ、それは」

「エミリ様、なんですかその態度は。アミルダ様があそこまで頑張られたのに、貴女はこの程度のことすら出来ぬと?」

「…………っ」


 いやそういう問題じゃないだろ。論点ずらすなよ!


 部屋を分けるとか見張りつけるとか色々あるだろうが!


 淑女とキモオッサンが同じ部屋で夜を過ごすとか、どう考えてもアウトだろうがぁ!


 だがここでこいつを追い出して本当にマズイ自体になったら……。


 エミリ様もそれは予想しているようで顔を青くしている。


 その上で悩んでいるのだろう……おそらく襲われると考えてなお迷っているのだ。


 そして彼女は目に涙を浮かべながら意を決したように。


「…………わかり、ました。お手伝いを」


 そう告げようとした瞬間だった。扉が勢いよく開いて寝間着姿のアミルダ様が飛び込んできて……。


「するな馬鹿者! この裏切り者がっ!」

「げふぅ!?」


 アミルダ様の見事な飛び蹴りが男の腹部にクリティカルヒット!


 男は悶絶しながら床に倒れて気絶した。


 どうやらS級ポーションの効果があったようだ。倒れた直後とは思えない身体のキレである。


「お、叔母様!? もう身体は大丈夫……」

「そんなことはどうでもよい! それよりも貴様らは何をしている! こんな逃げ去った者など信用できるか! 実際に間諜からもシャグの息のかかった者だと報告を受けたところだ! 国の財産をかすめ取らせる気か!」

「あ、やっぱり……」


 いくら何でもおかしすぎたもんな。


 この男が来たタイミングから何から都合がよすぎた。


「……シャグに屋敷のメイドが脅されていた。他国で行商していた兄がアーガ王国に捕縛され、人質となっていたと。それで私が倒れた瞬間に報告されて、すでに買収されていたこの下郎が派遣された」

「なんと! 人質とは卑怯なっ!」

「愚か者! シャグはこのようなこと、呼吸するようにやってくるぞ! 怒る前にもっと警戒せよ!」

「は、はい……申し訳ありませぬ」


 アミルダ様は勢いよく叫ぶと、裏切り者をにらみつけた。


「シャグは用意周到だ! これから先、人質や謀略の類は当たり前と心がけよ! 怪しきことは全て疑え! 奴は我らの中で起きた事故なども簡単に利用してくるぞ! 奴は万が一当たるなら一万回振ればよいと考える男だ!」

「は、はい……!」


 バルバロッサさんもエミリさんもたじたじだ。だが俺はそれよりも気になっていることがある。


「あ、あの……アミルダ様のお体は大丈夫なのでしょうか?」


 見た限りでは元気そうだが実際はわからない。


 本人の言葉を聞いてみないことには……。


「そんなことはどうでも……!」

「よくありませんよ!? すごく心配したんですからっ!」


 アミルダ様は俺の言葉に対して、少しだけとまどった後に。


「……大事ない。過労で少々倒れてしまっただけだ。案ずるな、内政のことに関しても算段はついている。それに異様なほど身体が楽になっていてな。S級ポーションとは凄まじい物だな。伝説級の代物と呼ばれるだけのことはある」

「そうですか……でも次は倒れる前に相談なりしてくださいね」

「…………善処しよう」


 そうしてアミルダ様卒倒事件は幕を閉じた。


 裏切り者は斬首されてアーガ王国に送り返され、今後逃げたのに戻って来た者は要職につけぬ決まりになった。


 ……でもシャグの考え恐ろしいな。まさかアミルダ様が倒れた一瞬の隙をついて、元内政官を潜り込ませてくるとは。


 ボルボルとは一味も二味も違うようだ……いや比較対象が酷すぎてその程度の違いじゃ誤差かも……。


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週刊総合ランキング、71位に下がっていました。

出来れば30位以内に入りたいので、ブックマークや☆やレビューを頂けるとすごく嬉しいです……!


(30位以内に入ったらキャラデザか表紙の依頼しようかなと考えてます)

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