第70話 黙したり蠢く国家たち


 商業国家パプマはハーベスタの西に位置する国であり、それなりの国土と強大な財力で身を立てている。



         │ボラスス神聖帝国

   クアレール │────│───

         │ビーガン│

       │─│    │        

───────│ │─────│ アーガ       

 周辺諸国ズ │       │

───────│ハーベスタ  │

│      │

======= ──────│===

          海


 そんな彼らは開催された議会にて、今後のパプマの動きについて相談を行っていた。


「周辺国家の情勢は我々に不利益な方向へ動いている。理由は諸君らもご存じの通りだろう、このままでは我らの存続の危機に関わると!」


 大学の授業で使われるような大量の椅子と机が並べられた講義室、なだらかに床が下がっている。


 そこで床が最も低い場所に置かれている教壇にて、パプマの最大手である香辛料ギルドの長が議会参加者に問いかける。


「ふむ。香りの長よ、具体的に言ってもらおうか」

「大工ギルド長の言う通りだ。物事は率直明快にすべきだ」

「漁師ギルドの意見に賛成だ」


 各ギルド長が各自の意見を述べる。


 基本的に話しているのは所謂職人を統べるギルドの統領たち。対してうんうんと頷いているのは商人ギルドなどの者だった。


 その言葉に香辛料ギルドの長は悲しそうな顔を浮かべると、芝居がかったように感情を混ぜて叫び始めた。


「ハーベスタ国の台頭によって、周辺国家が一極になり始めている! このままでは各国と貿易して命綱を握ることで、国防の肝としている我が国を守る城壁が崩れかねない!」


 商業国家パプマは周辺国家全てと重要な関わりを持つことで、国の安寧を守っている。


 本来ならばそんな八方美人な外交は困難だ。しかしパプマは三つの工夫でそれを成し遂げていた。


「パプマの三計は皆さまもご存じの通りだろう! それが崩されようとしているのだ!」


 パプマの三計とは彼らの防衛の要である。


 『攻められぬ限り非侵略』の宣誓、金に物を言わせた軍事力、そして各国の資源をパプマに依存させることで成し遂げていた。


 ようはパプマに攻める方が損をする状況を作り上げることに成功している。


 具体的に言うとA国、B国、C国それぞれと仲良くしておく。


 仮にA国が攻めてきたらその国はパプマと貿易できなくなり、更に戦いになることで国力が下がる。


 しかもパプマが戦争状態になればB国とC国に対する貿易も停止になる。


 そうすればB国やC国は、パプマに依存していた物資が入らず困る。早急にこの戦争を終わらせるためにパプマへと援軍を送る。


 最終的にA国は撃退された挙句、パプマとB国とC国に総スカンを食らってしまい大損。何ならその後にハイエナで国土を削り取られかねない。


 そんな雑に計算されたロジックであり、机上の空論にも思えるが現状はうまく機能していた。


「このままでは我らの周囲が全てハーベスタになりかねない! そうすれば各国の貿易バランス調整もクソもない! 我らは太った羊として狼に食われてしまうのは自明の理だろう!」

「その通りだ! このままではマズイ!」


 香辛料ギルド長の迫真の叫びに、商業ギルド長や傭兵ギルド長が追随する。


 対して漁業ギルドの長は冷めた目で彼らを見ていた。


「ではどうすると言うのだ? ハーベスタ国と戦うとでも?」

「それはならない。我らはあくまで武力の侵略の非宣言した国家だ、そもそも経済的ではない。ここはやはり……」

「そうですな。いつものやり方で行いましょう」

「「「ハーベスタの敵対国を支援し親善国を妨害する」」」


 息を合わせたようにハモリながらギルドの長たちは口ずさむ。


 彼らは確かに自分からは攻めない。だが経済での侵略を行っていた。


 知らず知らずの内に他国の経済をパプマに依存させて、いずれは実質植民地に近い状態にする。


 それこそがパプマの戦術であり、事実として周辺諸国ズの何割かはパプマが掌握していた。


「まずはアーガ王国とビーガンに支援を。そしてハーベスタ国の足を引っ張りましょう。具体的には塩止めを行います、ハーベスタ国は物の見事に塩が取れる場所を国土にできていない」

「それに呼応してクアレールの分断工作だな。あそことハーベスタがくっ付いているのは強すぎる」

「また周辺国の貴族たちにハーベスタ国は蛮族と広めるのです、徹底的にね。彼らとはまともな話し合いも出来そうにないと」


 国家間の争いは武力によるものだけではない。


 調略を仕掛けて内乱を引き起こさせる、特定の物資を干上がらせて国を成り立たせなくする。


 他にも様々な方法があるし、本来なら武力と平行して仕掛けるものだ。


 むしろバカみたいに武力制圧だけのアーガ王国が、正真正銘の蛮族国家なだけであった。


 議会の大半――具体的には三分の二ほどが盛り上がる中、それに冷や水をぶっかけるように漁業ギルドの長が呟く。


「……しかしアミルダ女王は善政を敷く女王と聞くぞ。話し合いも通じて、我々と共通の利益を築ける関係になれるのでは?」

「かもしれませんが絶対ではない。それに女王が次の代になった時、その王が暴君でパプマに侵略してきたら? 我々は将来も見越して動かねばならないのですよ」


 したり顔の香辛料ギルド長に他の者たちも一斉に頷く。


 彼らの言葉はある意味では正しく、また間違ってもいた。


 確かに将来的な国防を考えるのも大切だ。


 だが次代の王候補が成長した上で愚鈍そうなどと思うならともかく、こんな時点で話していては同盟の類など出来るはずもない。


 結局パプマは他国と協力関係を築きたいのではなく、操り糸をつけて人形にしたいのだ。


 そしてそれは……各国が我慢の限界を越えれば、呼応してブチギレられる可能性も秘めていた。


「では多数決を! この周辺国家正常修正案に賛成の者は挙手を!」


 手を挙げた者は議会参加者の大半、三分の二をギリギリ超える数。


 パプマでは議会での不正を許さぬため、多数決は単純にその場での挙手制としていた。


 紙での票に比べて非常に原始的かつ、参加者が多いと難しくなる方法。


 だが紙での投票制に比べて、数の偽造もできないというメリットもあった。


 なにせ参加者全員が目視で確認できるのだから。


「ではこの案は通す! これに従って動くように!」

「さあ忙しくなるぞ! 各国に派遣せねば!」

「実は有名な暗殺者を知っていましてね。陽炎と呼ばれる者なのですが、彼をビーガンに紹介してクアレールの……」

「やはり我らの周辺はほどほどに荒れてもらわないとな。一大国家は生まれず、各国が戦争と疲弊してもらわないと」

「「「…………」」」


 盛り上がる議会の中で明らかに不満げな者達もいた。


 漁業ギルドや大工ギルドなど、貿易に関われない者の代表者たちだ。


 彼らは将来的な朧気な予測で、今を損するのは嫌だと考えていたのだった。




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 ボラスス神聖帝国の神殿。


 そこの祭壇にて教皇が神像に祈りを捧げていた。その傍らには枢機卿たちが控えている。


「おお神よ、私は悲しいです。世に争いが絶えないことを。人々は自由であらねばならない、だからこそ争う。それを食い止めるためには万人が正しき心をもたねば……」


 教皇、そして枢機卿たちは神に願う。


「アーガ王国は自由の元に我らの派遣した魔物を殺します。ですか彼らに罪はないのです」

「ビーガン国は我らに従属の意を示し始めました。それも彼らの自由なのです」

「偉大なるボラスス神を信じないのも自由なのです。全ては自由なのです。自由とは素晴らしく全てを犠牲にしてなお美しき物です」

「「「故に、我らもまた自由を叫ぼう」」」


 彼らは機械のように完全に同時に叫ぶと、再び神の前に頭を下げる。


 そして教皇が僅かに口を開いた。


「未だ時は来ず。暫しは様子を見るべしと」

「「「それもまた自由なりや」」」

 


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今までで使った自由の単語の回数、たぶんこの話だけで何倍にも増えた。


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