第57話 もう盾はないぞ!


「行けっ! あの木の柵を倒して乱戦に持ちこめば勝てる! 俺たちは疾風迅雷の騎馬軍団だ!」


 バベルの命令が戦場に響く。


 アーガ王国軍の兵士たちは、馬防柵の裏に隠れるハーベスタ軍に対して突撃を開始した。


 それに対してハーベスタ兵たちはクロスボウを撃つことで迎撃する。


 アーガ王国兵の騎馬兵や歩兵たちは、矢によって皮鎧ごと身体を撃ち抜かれて倒れていく。


「ひるむなぁ! 木の柵さえ倒して騎馬突撃できれば我らの勝ちだ! 女も金も思いのままだぞ! それにあの矢は連射速度が遅い!」


 だがアーガ王国軍の兵士は止まらない。


 クロスボウの弱点である連射速度はすでにバレていて、数で押せばいずれは接近戦に持ち込めると彼らも理解していた。


 以前のボルボルの時とは違う。勝機を見せた上での突撃なので兵たちも退かない。


 だが……リーズもその弱点を補う策は考えていた。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ! 俺が一番槍をぉぉぉぉぉぉぉ…………!?」


 先頭に立って突撃していたアーガ王国の兵士たち。そのほとんどが急にその姿を消した。


 その後に続いていた者たちはそれを見て思わず足を止める。


「な、なんだ!? 味方が消えたぞ!? 魔法か!?」

「ち、違う! 落とし穴だ! 深いぞ!?」


 彼らが消えた場所の足もとには直径2mほどの穴が開いていた。


 その穴の底はかなり深いので落ちた者は自力では登れない。それに大抵の者が骨を折っているだろう。


「各自、地面をよく見ろ! 落とし穴が仕掛けられた箇所は少し違うはずだ!」

「へ、へい!」


 バベルの指示は至極真っ当だ。確かによく見れば落とし穴の箇所は、草木で覆われていたり土の色が少し違う。


 だが言うは易く行うは難し。何せ矢がこちらを狙って飛んでくる状況で、下の地面を注意深く見ながら進まなければならないのだ。


 こんな状況では焦って完全に見分けるのも難しいし、下を見ながらの移動なので前進速度も遅くなっていた。


「ち、畜生! あの肉壁どもが逃げるから!」

「あのゴミ共絶対許さねぇ! 全員苦しめて殺してやる!」


 アーガ王国兵たちは民衆が逃げたことに憤りながら、必死に馬防柵に向けて近づいていく。


 流石に兵数の差などもあって多くの犠牲が出たが、先頭部隊が馬防柵へと取りついた。


「馬防柵から距離を取りつつ、張り付いた敵を弓で撃て!」


 アミルダの号令と共にハーベスタの兵士たちが後退していく。


 馬防柵は隙間が大きいので柵を越えられなくても、近くにいれば敵の槍などで突き刺されてしまう。


 それに歩兵ならば柵を登って越えることも可能。どちらにしても接近されたら下がるしかない。


 彼らは槍の届かぬ位置に移動してから、再びクロスボウを発射し始めた。


 対してアーガ王国の兵士たちは柵を飛び越え、押し倒そうとするが……。


「さ、柵を倒せない!? なんだこれ!? 四人がかりでも動かないぞ!?」

「じ、地面がカチコチだ!? どうなってんだこれ!?」


 彼らは必死に柵を押したり引いたりして、柵を地面から抜こうとするがビクともしない。


 それも当然だ。馬防柵の地面は土ではなくて灰色の石で固められていた。


 地球ならば当たり前に使われる建材――コンクリートによって、人の力で抜くのは困難となっている。


「抜けぬならばへし折れ!」

「し、しかしそんな装備持ってきていません!? こん棒の類でもないと!?」


 アーガ王国兵たちは重い武器を持ってきていなかった。


 まさか柵を倒すことが出来ないなど予想していなかったので、壊すための道具の類など持ってきていない。


 つまり彼らの作戦は完全に崩壊してしまった。


「こ、こうなれば歩兵だけで柵を越えて突撃する!」

「そ、そんな無茶な!? 敵は待ち構えてるんですよ!? 騎馬なしじゃ!?」

「も、もういやだ! 俺は逃げさせてもらう!」


 ただでさえ味方が散々討ち死にした上、頼みの綱の騎馬隊も使えない。


 それを知った兵士たちの士気は限界を迎え、数人が敵に背を向けて逃げ出し始めた。


「お、俺も! こんなのやってられっか!」

「ま、待てっ! ズルいぞ!」


 一度流れが生まれてしまえばもう止められない。アーガ王国兵たちはどんどん逃げていく。


「逃げるなっ! 敵前逃亡は軍規違反で……ひいっ!?」


 撤退禁止を叫ぼうとするバベルの近くに、アミルダの炎の龍が襲い掛かった。


 距離が遠かったためにバベルには届かなかったが、前方にいた兵士が十人ほど炎に飲み込まれて燃え尽きる。


「ぎやあああ!? 獄炎の魔女だ! ここにいると燃やされるぞ!?」

「お助けぇ!?」

「ま、まてっ!? あれは一発切りの魔法……クソっ! 誰も命令を聞きやしねぇ!」


 もうこの大混乱を止める術をバベルは持たなかった。


 こうなれば彼の判断は早い。即決と拙速だけで食ってきた男だ。

 

「チッ、全員撤退しろ!」


 バベルの号令と共にアーガ王国軍は完全に撤退を始める。


 無論、それを易々と見逃すアミルダではない。


「追撃を行う! 前進しながらクロスボウを撃て! ただし馬防柵は越えるな! 深入りして敵が反転してくる可能性がある!」


 ハーベスタ軍はクロスボウ部隊を中心に少し追撃しつつ、見事にアーガ王国軍を潰走させることに成功した。


 今回もまともに敵は接敵できず、ハーベスタ軍の死傷者はゼロであった。


「よっしゃあ! あのクソ外道どもを追い払えたぞ!」

「逃がしてしまったのが残念だ。あんな奴ら生かしておいてもロクなことないのに!」

「やっぱりアーガ王国は酷いな! 見切って寝返ってよかったぜ! ハーベスタ国万歳!」





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「え? 負けた? 俺達の軍が?」

「そうらしいぜ。早馬が来たんだが……」

「まじかよ。じゃあ俺達はどうすればいいんだ? 見張ってる女たちは?」

「そりゃ好きにしていいだろ。戦勝祝いだから我慢しろと言われてたが、負けたんだからもういいだろ」


 アーガ王国の国境付近の村では兵士たちが自国の村を占領していた。


 民衆の肉壁に村人を使ってはいたが、彼らとて勿体ないと思う心がある。


 若くて綺麗な女に関しては肉壁にせずに、いくつかの小屋や家に閉じ込めていた。


 理由は言わなくても分かるだろう。


 兵士たちは小屋の扉の鍵を開けて中へと入る。そこには大勢の女性たちが身体を寄せ合って怯えていた。


「ひ、ひいっ!? な、なんですかっ!?」

「そろそろ犯そうかなと。ほら服脱げよ、脱がないなら殺すぞ」

「俺はあの金髪がいいな」


 兵士たちは鞘から剣を抜いて、女性たちの恐怖を煽るように見せびらかす。。


「い、いや……誰か助けて……!」


 女性たちは口々に助けを求めるが誰も来ない。


 この村の男衆は全員肉壁として連れて行かれ、残っているのは村の女衆とアーガ王国の兵士百人だけだ。


 本来なら民を守るべき兵士たちが、率先して民を傷つけているのだから救いようがない。


「誰も助けになんてこねぇよ! とはいえあまりゆっくりしてハーベスタ軍がもし来ても面倒だから、さっさと犯って……ん? なんか外が騒がしいような」


 兵士のテンションとどこかの部分が盛り上がって来た時、小屋の外から何かの喧騒が聞こえてきた。


 妙に派手で聞きなれない大きな音と男の悲鳴だ。


 流石に気になったのか全員が一度小屋から出て、外を確認しに向かうと。


「貴様らぁ! このド外道どもがぁ! 死んで詫びるのである!」

「「「「ごはぁ!?」」」」


 クマのような巨体の男――バルバロッサがアーガ王国兵士相手に大暴れしていた。


 そこらに生えていた3m以上はあるだろう大木を引っこ抜き、思いっきり振り回して武器にしている。


 すでに大木は大量の血にまみれて赤く染まっていた。


 彼は戦場で肉壁にされた村人を避難誘導している時に、村の女を助けるように懇願されてここに襲来したのだ。


「な、なんだぁ!? 化け物かっ!?」

「むぅ! ここにも外道どもがぁ! くたばるのである!」


 バルバロッサが大木を横なぎに振るって、男どもは一振りで動かぬ肉塊となった。


 彼は周囲に生き残りの兵士がいないのを確認すると、近くにあった小屋の扉を粉砕して女性を逃がし始めた。


「助けに来たのである! さあこんな外道の国から逃げるのである!」


 こうして民衆は全て救出されたのだった。


 バルバロッサは地面に大きく『バベル殺す』と書き残していった。


 後に命からがらこの村に逃げて来たバベルは、血みどろ死体塗れの村の惨状と置き文字を見て腰を抜かした。


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