第56話 混乱させれば!
俺はアミルダ様に啖呵を切った。
アーガ王国軍の肉壁にされている民を逃がす……はっきり言うとリスクのある策だ。
このまま彼らごとクロスボウで撃ち殺して迎撃した方が、戦略的には正しいのかもしれない。だがそんなことはダメだ。
アミルダ様はそんな俺を強くにらみつけてきた。
「危険過ぎる! そもそもどうするつもりだ! 兵たちを馬防柵の前に出せば敵の騎馬に蹂躙される! 民と敵兵の間に入り込むなど出来ぬ!」
「兵は使いません! アーガ王国軍と民衆の間には距離があります! アーガ王国軍を混乱させれば、その隙に民衆は逃げられるはずです! エミリさんとバルバロッサさんに手伝って頂ければ!」
「え、私ですか!?」
「リーズ、よく言ったのである! 吾輩、こんなことは許せないのである!」
エミリさんは自分自身を指さして驚き、バルバロッサさんは掌を拳で叩いた。
二人を巻き込んでしまうのは心苦しいがあくまでお願いするのは支援。
敵をかく乱するメインは俺だ。やってやれないことはない!
「アミルダ様! どうかやらせてください!」
だがアミルダ様は顔をしかめながら首を横に振った。
「……ならぬ。貴様を危険に晒すわけにはいかぬ」
「俺は兵士ですよ! 兵でもない民より危険に出向くべき存在です!」
「…………」
アミルダ様はしばらく目を閉じて黙り込んだ後、俺をまじまじと見つめてきた。
「勝算はあるのか?」
「もちろんです! お任せください!」
自信満々に宣言する。決して虚勢ではないし成功すると思っている。
……隠し玉を切ることになるが仕方ない。
「…………ならば任せる! 見事、民を救い出してみせよ!」
「はいっ! 策の説明は必要でしょうか?」
「私にやることがないなら不要だ! 時間が惜しい! エミリとバルバロッサを連れてすぐに実行せよ!」
「わかりました! エミリさん、バルバロッサさん! この戦場の側面まで馬で走りますよ!」
「吾輩は乗れる馬がないのである!?」
「走って追いかけて来てください! エミリさんと準備しておきますからっ!」
「私も乗れませんがっ!?」
「俺の後ろにしがみついて!」
即座に陣幕を飛び出して休ませていた馬にまたがり、後ろにエミリさんを乗せて走らせる。
民衆たちの状況を確認すると我が軍とはまだ距離が結構あった。彼らも重い足取りでおっかなびっくり進んでいるのが幸いか!
自軍の間を通りつつ戦場の側面に向かって馬を疾走させる。
「あ、あのっ!? 私に何させるつもりですかっ!?」
エミリさんが俺にしがみつきながら尋ねてくる。
「以前にお教えした狼煙を敵に向けて撃ってください!」
「ええっ!? 敵に向けてどうするんですか!?」
「驚くはずです!」
我が軍の布陣を抜けて森へと到達し、馬のスピードを緩めつつ走らせ続けた。
そんなことを話している間に無事に目的地へとたどり着き、再び森から平野へと出る。
距離はだいぶ離れてこそいるが民衆の真横の位置になる。すぐ後ろにある森に民衆を誘導して逃げ込ませれば……!
俺はズボンポケットのマジックボックスから、80cmほどの筒をいくつも取り出して地面に置く。
その筒たちには『打ち上げ花火』と記載されていた。
これらは手筒花火を打ち上げ型に改良したものだ。エミリさんの光魔法を攻撃に使いたいので、狼煙として使ってもらおうと考えていたが……。
「エミリさん、使い方は大丈夫ですよね?」
「だ、大丈夫ですけど……!」
「待たせたのである!」
バルバロッサさんが珍しく息を切らせて走って来た。
……この人は機動力がないのが弱点ではある。
でもそれは戦闘力に比べての話であって、普通に地球の世界陸上で優勝狙えるくらいは足速い。なので簡単に追い付いてきた。
俺はズボンのポケットから魔動車を取り出して運転席に乗り込む。
「バルバロッサさん乗ってください!」
「任せるのである! とう!」
バルバロッサさんは跳躍して車の屋根に飛び乗った。
……そういう意味じゃないんだけどまあいいか!
「エミリさん! 俺とバルバロッサさんが出発したら、敵軍目掛けて撃ちまくってください! 万が一敵が襲ってくる気配があったら逃げて大丈夫です!」
「ああもう! わかりました! やればいいんですよね!?」
「お願いします! では出発!」
俺はアクセルを全開で踏み込んで、魔動車を民衆に向かって突撃させる。
その後方からひゅーと高い音が響くと、アーガ王国軍に向かって桃色の光の玉――花火が向かって行った。
そして花火がはじけた瞬間、敵の騎馬たちが驚きで立ち上がりいななく。
「な、なんだぁ!? ま、魔法か!?」
「煙くさいぞ!? 狼煙の類では!?」
「あんなウルサい狼煙があるか! 見ろ、あそこに女がいるぞっ! あれは……『輝く煙突』だ! あいつだ!」
「お、おいっ! 民衆になんか変なのが向かって行ってるぞ!?」
予想通りにアーガ王国軍は大混乱だ!
火縄銃が馬に強かったと言うが、それは殺傷力もだが強烈な音でビビらせるのが効果的だった。音とはそれ自体が兵器なのだ!
ならば近距離に放った打ち上げ花火も効果がある!
むしろこの状況下では火縄銃や大砲よりも、花火のほうがよいかもしれないな!
実際の破壊力はともかくとして視覚的な威力が強烈すぎる!
更に追撃で様々な色の花火が発射されていく。
この隙に魔動車を民衆の近くまで走らせて、急ブレーキで停車する。
「ひ、ひいっ!? なんだぁ!?」
「ま、魔物だぁ!?」
「逃げるな! 吾輩らはハーベスタ国の兵士! お主らを助けに来たのである!」
バルバロッサさんが車から飛び降りて叫ぶ。民衆たちは彼のことを見ると。
「ば、バルバロッサ様ではありませんか!? ほ、本当に助けて頂けるのですか!?」
「うむ! 吾輩についてくるのである!」
「な、なんで森の方に!? ハーベスタ国の陣地ではダメなのですか!? あちらのほうが近いのに!」
「よいからついてくるのである!」
バルバロッサさんは民衆を引き連れて、エミリさんのほうへと走っていく。
あそこまでたどり着けば戦場から逃げられるはずだ。
「なっ!? 逃がすかよっ!」
「盾が逃げるんじゃねぇよ!」
敵の騎馬隊や歩兵が逃げる民衆を後ろから追いかけてくる。
「本当にクズだなお前ら! させるかよ!」
俺はアクセルを再び全開にして、ハンドルを回して敵の騎馬にぶつかるくらいの勢いで車を突っ込ませる!
更にクラクションを連打して音も追加だ!
「ひひぃん!?」
「がはっ!?」
「な、なんだこいつぅ!?」
敵の馬がいなないて驚き、乗っていた兵士は振り落とされる。歩兵たちも車に恐怖して飛び込むように回避した。
「弓隊! 民衆に矢をいかけろ! 多少殺しても構わ……ひいっ!?」
「『輝く煙突』の輝く光攻撃だっ! 避けろぉ!」
敵弓兵たちが弓を構えて逃げる民衆を狙うが、エミリさんの打ち上げ花火が敵弓隊の近くに着弾! 敵の動きを鈍らせる!
エミリさんすごいぞ! なんか花火の特徴と異名が絶妙にマッチして敵に恐れを抱かせている!
その間に民衆たちは平野の奥の森に紛れたようだ。
最後尾のバルバロッサさんが森に侵入したようで、天変地異の前触れのように大量の鳥が森から飛び立っていく。
これならもうアーガ王国軍も追いつけはしまい!
俺もアクセルを踏み込んで、エミリさんたちの元へと車を走らせる。
敵はクロスボウを警戒してかもう追ってこなかった。このまま森に紛れて遠回りして、馬防柵の前を通らずに陣地に戻った。
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バベルは民衆が救出された一連の流れを見て、忌々しそうに顔をしかめていた。
「チッ! 肉壁が消えちまった! せっかく身内同士で殺し合わせれたのに! あれが聞いていたリーズの謎の馬車か!」
彼は魔動車のことをアッシュから聞いていた。だが今まで戦場で使われなかったので、てっきり壊れた物かと思っていたのだ。
この時点で彼の秘策……いや卑策であった民衆の盾は崩れ去った。
敵の木の柵を倒すまでは騎馬による蹂躙ができず、敵の矢に晒されながら攻めなければならない。
「バベル様、いかがいたしますか!」
側近が敬礼しながら尋ねてくるが、それに対してバベルは即答する。
「選択肢はねーよ。前進しろ! あの木の柵を押し倒す!」
「よいのですか? 敵が防備を固めているので不利では……」
「今の俺達には兵糧がない。様子見してたら軍が崩壊する以上、ここで攻めて勝たないと領土が削り取られる!」
バベルは多少の不利も承知の上で、ここで攻めざるを得ないと理解していた。
そしてそれは間違っていない。敵の軍勢が国境付近に張り付いているのに、自国の軍が撤退などすれば侵略されるに決まっている。
「し、しかし我々が無暗に攻めなくても! モルティ国がいる以上、ハーベスタ国も大して侵攻はできないのでは……国を空ければモルティ国が攻めて」
「モルティ国は現時点じゃ攻めねぇよ!」
バベルは今の国際状況は理解していた。
クアレール王がもうすぐ死ぬということが、どういうことかもわかっている。
「モルティ国はクアレールの王が死ぬまでは防衛に徹するはずだ。クアレール国が王交代で乱れたら、北のビーガンが出兵できるので連携して挟み撃ちにできる。この時点でモルティが一国で攻める意味はねぇ」
「た、確かに……」
「そもそもモルティ国はな、俺達とハーベスタ国の潰し合いが望みだ。あいつらは同盟を組んでいるがいずれは敵になるんだよ! クソっ、いきなり攻めてこられたせいで一夜城の建築も間に合わなかった!」
モルティ国とアーガ王国は確かに同盟を組んでいる。だが決して仲良くはないどころか、双方ともあわよくば足を引っ張ってやれと考えているくらいだ。
単純に利害が一致してるから一時的に戦わないだけ。互いに後で敵対する予定なのだから。
モルティ国がアーガ王国を助ける道理など皆無だし、このタイミングで攻める理由はない。
つまり侵攻されて土地を奪われる分だけ、アーガ王国はひたすら損をするのだ。
だから防衛のために城を築く……予定だった。
実際は資材を揃える前にハーベスタ軍が攻めてきた上、軍の維持に必須な兵糧も燃やされてしまった。
「あの女王はそれを分かって攻めてきたんだよ……出来れば見合ってなあなあで奴らを撤退させたかったが、それも兵糧不足で無理になった! なら敵を打ち破るしかないだろうが!」
バベルの理想はハーベスタ軍に民衆の盾を殺させて、士気を盛り下げた後に撤退させることだった。
そうすれば現ハーベスタ領土の村から略奪できるし、領地と民を見捨てたアミルダの評判も落ちるし、アーガ王国は無駄に兵力を消耗しなくて済む。
民衆の盾が消耗したとしてもバベルの軍は被害ゼロだ、まさに彼にとって完壁な策。
だがその卑劣な策はすでに崩れ去っている。
アミルダの敵兵糧を燃やす策はクリティカルな一撃であり、謀略合戦では完勝していたのだ。
バベルの軍は今までリーズの力によって迅速な軍の運用ができたからこそ、常に敵に対して先手を取れた。
いつも戦局を動かす側であり、受け身であったことがなかったのだ。
補給も困ったことがないので軽視していたツケが来た。兵站とてバベルなりに何とかしようとしたが、一朝一夕で解決できるものではない。
あのナポレオンですら兵站には散々苦労したのだから、それが出来るなら彼以上の天才ということになる。
故に今回の兵糧不足も対策不足だ。雑に解決しようとしたところをハーベスタ国につけこまれ、物の見事に動きを束縛されている。
唯一アミルダを苦しませた民の盾に関しては、ただアーガ王国が卑劣過ぎただけであった。
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