第90話 叙爵では?


 白竜城玉座の間。


 俺はアミルダ様に呼びつけられて下知を賜っていた。


 なおエミリさんはいない。また砂糖をこっそりつまみ食いして罰でも受けているのかな。


 あの人、最近小賢しくなったらしい。夜間に調理場などに忍び込んでバレそうになったら、発光して警備の目をくらまして逃げてるとか。


 まあ光った時点で正体バレバレなので、結局お縄につくことになるのだが……貴族令嬢というより盗賊令嬢ではないだろうか。


「リーズよ、バルバロッサからお前を伯爵にと推挙を受けた。実際のところ、それは望みであるか?」

「はい。伯爵にして頂けるならすごく喜ばしく存じます」

「なるほど。伯爵となれば土地も与えるべきと思うのだが」

「それは不要です」


 俺は伯爵というか貴族への憧れはある。


 やはり高い身分を得て偉くなるというのは、立身出世として喜ばしいことだ。


 しかし別に領地を欲しいとは思わない。普通の貴族なら領地があればこその位、領地からの税を以て贅を尽くすのだろう。


 でも俺は【クラフト】魔法がある。金に困ることはないので、土地など内政の手間がかかるだけのものだ。


「相変わらず欲がないな……」

「身のほどを知っておりますので」


 それに……俺が領地を得るということは、アミルダ様の直轄地が減ることになってしまう。


 直轄地が減るということは、その土地から招集する兵士がいなくなる。


 つまり彼女が自由に使える兵士が減ることにも繋がるのだ。


 もちろんその分の兵士は俺の手勢になるので、ハーベスタ国自体の兵力が減るわけではないが……それでも指揮権が別れるのは面倒だ。


 俺よりもアミルダ様が兵をうまく扱えるのだから、彼女に全て任せる方がよい。


「うーむ……」


 アミルダ様は困った顔で腕を組むと悩みだした。


 俺の顔を見ながら、更に難しい顔をして何かを考え込んでいる。


 はて? 俺の顔に何かついているのだろうか?


 鏡を出して顔を確認しようか迷っていると、バルバロッサさんが前に出てきた。


「アミルダ様、ここはしっかりと言うべきである! リーズは話して分からない者ではありませぬ!」

「しかしだな……」


 バルバロッサさんの強い口調に対して、アミルダ様が珍しく何かをためらっている。


「えっと、何かあるのでしょうか?」

「うむ……いやな、貴様の意思は尊重するつもりだ。私としても無理強いは決してしないし、今後もこの国に残って欲しいし……」


 アミルダ様は視線を床に向けながら、上目遣いでチラチラとこちらを見てくる。


 ……本当に何が起きているのだろうか。いつもの彼女と違いすぎるぞ!?


 思わず困惑していると、バルバロッサさんが顔に手を当ててため息をついた。


「全く……代わりに吾輩が言うのである。リーズよ、正当な褒美として土地を受け取ってはもらえないであるか? 領地を欲しくないというお主の希望を叶えてやりたい。だが外聞という物があるのである」

「外聞と言いますと?」

「手柄を散々上げているのにまともに褒美をもらわない。それは外からはこう見えるのだ。アミルダ様がお主を大切にしていない、と。また活躍した者が褒美をもらっていないのは、他の兵の士気にも関わるのである。自分が勲功を上げても正当に評価されないのではと」


 バルバロッサさんは少し真面目な顔で告げてくる。


 ……言われてみれば確かにそうだな。


 自画自賛になってしまうがこの国で最も活躍しているのは俺だろう。


 その俺が出世しないということは、俺以下の活躍である他の者は更に出世できないことになってしまう。


「あー……確かに他の兵士からすると、俺が土地をもらってないのは……」

「うむ。兵士からすれば勲功をあげても褒美がもらえないのではないかと、アミルダ様への不信につながるのである」


 兵士たちからすれば勲功をあげて褒美をねだっても、『お前よりもっと活躍している者ですら土地を与えていないが?』と言われる疑念を抱きかねない。


 働きに応じた報酬を払うというのは大事なことなのだ。


 例えばA服飾店が正当な報酬を得ないで、奉仕としてサービス価格で服を提供するのは美談に聞こえるだろう。


 だが他の服飾店からすればやめて欲しいのだ。客がそのサービス価格を基準にしてしまって、正常価格で売ってる自分たちがケチに見られてしまうから。


 もっとわかりやすく言うならば……凄まじい仕事をしたのに給与が全然上がらない上司を見たら、部下はその会社を続けようと思うだろうか?


 俺が報酬を固辞し続けていることで、むしろアミルダ様の損に繋がっているのか。


 それだと我儘言い続けるのもよくないか。少しくらい土地もらっても、俺の力で金を用意すれば何とかなるな!


「じゃあ土地を少しばかり褒美として頂いて……」

「ちなみにこれまでのリーズの働きなら、ハーベスタ国土の半分を分譲が最低レベルであるな」

「無理です」


 少しどころの騒ぎではないぞ!?


 内政の経験すらない俺が今のハーベスタ国土の半分をもらう!? どうにもならないに決まっている!?


 統治などできるわけないので田は荒れ果てて民は世紀末になるぞ!?


「吾輩もそう思うのである。だがそうなると領地以外で皆が納得できる報酬を受け取る必要がある」

「伯爵を授与して頂けるのでは?」

「はっはっは! 伯爵授与はボルボルを倒した辺りまでの褒美であるな! 其方の働きで伯爵程度の褒美では、他の者から怪訝な目で見られるのである! 自分のしてきた功績を思い出すのである!」


 俺の功績ねぇ……まず軍事面だと鎧とかボウガンとか揃えて、アーガ王国の一万の軍勢(Inボルボル)を二回撃退に貢献した。


 その後にアーガ王国の二千の兵士を、俺が資金を出して用意できた傭兵とエミリさんだけで潰した。


 他にはモルティ国の城塞を単独で陥落させたか。厳密にはエミリさんに手伝ってもらったけど、まあアレはほぼ俺ひとりの力でよいだろう。


 それに野戦築城を用意してバベル軍を倒して、一夜で敵の目の前に白竜城を建てる。


 内政面ではトウモロコシとか米とか、砂糖とか為替で経済や食料事情を改善させたな。


 後は目の上のたんこぶだったベルガ商会を商売で殴って倒産させたか。


「…………思ったよりだいぶ頑張ってますね、俺」

「頑張ってるレベルの話ではないのである! ハーベスタ国の救世主以外の何者でもない!」

「そうですかね」

「それについては誰も否定しないはずだ。一般兵ですら貴様の働きは理解している」


 俺の今までの活躍にアミルダ様が太鼓判を押してくれた。


 アーガ王国を潰すことを重点的に考えて動いてきたから、あまり自分のしてきたことを見直してこなかったが……。


「では理解したところで本題である。この功績に答えつつ、かつリーズの負担が少なくなる褒美とは……」

「待て、バルバロッサ。続きは私が話す」


 バルバロッサさんの言葉を遮るように、アミルダ様が口を挟んだ。


 彼女は顔を少し赤く染めながら俺をすごく力強く睨んできた。


「……り、リーズ、この国の王になる気はないか? 私かエミリか、どちらかもしくは両方と婚姻を結べばそれが可能だ」


 アミルダ様が真剣にこちらを見据えてくる。


 急すぎて頭が回らないのだが、その上でまず気になることがある…………俺が王になったら国の半分どころか全部もらうので、余計に負担が増えるのではないでしょうか、と。


 これは突っ込んではいけないやつだろうか……。

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