第64話 機を見るに愚敏


 ロンディ城塞都市の陥落、そしてモルティ王の処刑の情報はすぐに各国へと駆け巡った。


 その知らせで特に困ったのは当然だがアーガ王国とビーガン国である。


 ビーガン国の王にも早馬が届き、彼は王城の私室にて絶叫していた。


「ふ、ふざけるなぁ! ハーベスタ国め、よくも我が弟を! すぐにハーベスタ国へ侵攻してあの女王を同じ目に合わせてやる! これは弔い合戦だ!」

「お、お待ちください! クアレール国が目を光らせております!」


 王の滅茶苦茶な命令に対して側近である大臣が警告をする。


 怒り心頭のビーガン王は机を思いっきり殴りつけた。


「あの女狐め! 小国の分際で我らに逆らうとは何様のつもりだ! ましてや我が弟を殺すだと!」

「お、お気持ちは分かりますが……この状況では攻めるなどとても……」

「貴様に何が分かる! 同じ腹から生まれた者を失ったのだぞ! しかも女なんぞに殺されてっ!」


 ビーガン王の怒りはとても収まらない。まさに怒髪天を衝かんばかりだ。


「それとアミルダ女王はモルティ国の民や諸国に対して、同盟を裏切られたから仕方なく侵攻したと広めております。自分達の行いは全て正当だと!」

「ふざけるなぁ! じゃあ何か!? 我らが悪だとでもいうつもりかっ!」

「そ、そう言いたいのかと……」


 大臣もたじたじになりながらも、思うところがあるのか含みある言い方をする。


 この侵攻の原因を作ったのはモルティ国とビーガン国。


 同盟を一方的に破った上に宣戦布告もなしに攻めたのだ。どう言いつくろっても悪い方は明らかだ。


 だがビーガン王にとってはあの同盟は、そもそも成立すらしてないものだった。


 ハーベスタは国と言えるほどの領土もなかったのだから、条約ではなくて口約束程度のモノにしかならないとの理屈だ。


 だがそんな滅茶苦茶な話が通じる相手はアーガ王国くらいである。


「も、モルティ国よりも我が国がマズイ状況かと……次にハーベスタが狙うのは我が国です。我が国がいなくなれば、ハーベスタは憂いなくアーガ王国と相対することが……勝ち目も薄く、いっそ戦う前に降伏も……そうすれば民も戦乱に巻き込まれません」

「ふざけるな! 降伏など誰がするものか! くそっ、あの女狐めぇ! 奴を暗殺しろ!」

「とても無理です! あの女王には常に無双のかいぶ……豪傑が護衛におります!! 少数の手練れ程度で何とかするなど不可能です!?!?!?」


 食い気味で悲鳴をあげる大臣。


 アミルダの暗殺計画などとうの昔に検討されている。


 だが暗殺どころか、まずは偵察にと向かわせた者たちが全身の骨を折られる始末。


 暗殺部隊は再起不能にされてビーガン国へと送り返されている。


 彼らは口を添えて話していた。バルバロッサ将軍は稀代の怪物、相手取るなら千の軍が必要だと。


 その評価は間違っていない。リアル一騎当千相手に暗部ごときが束になっても十把一絡げにやられる。


「無理と言うなら誰でもできるわ! 無理をするのが役目だろうが!」

「…………で、ではその姪を狙うのはいかがでしょうか? 無双の怪物は女王についていますが、二人はいないので姪のほうは手薄かと!? 肉親が死ぬ痛みも味合わせることができます!」

「確かにそうだな。だが待て、それならば殺すのではなく捕らえろ。そいつも広場で処刑する! それでも我が弟とは価値が違いすぎるが、それで我慢してやる!」


 ビーガン王が下卑た笑みを浮かべる。


 確かにエミリの方は警備が手薄だ。だがそれはあくまでアミルダに比較すればという程度。


 更に言うならばバルバロッサがいないだけで、彼女の側には常に暗部やリーズがいた。


「ははっ! すぐに指示を出します! 吉報をお待ちください!」


 今ならばビーガン国には選択肢があった。


 降伏することで命だけは助けて欲しいと願えば、教会に入ることを条件に許されただろう。


 王が教会に入ることは現世と関わらない宣言であり、今後も王として返り咲くのは不可能であった。


 勝ち目がなく相手は善政と有名なアミルダだ、民のことを思うならば降伏こそが最善であっただろう。


 だがその選択肢はビーガン王本人が握りつぶした。そも当人は民のことなどどうでもよいのだから。


 大臣は部屋から出て行った直後に。


「……これはダメだな。肉親を殺されて我を忘れている。忠義を尽くすに値する主君でないのなら……誰かある!」


 淡々と自分のすべきことを行っていくのだった。




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 アーガ王国のアッシュの私室では、バベルがひたすらに頭を下げていた。


「アッシュ様、すみません! ハーベスタ軍の卑怯な待ち伏せ作戦に負けました!」

「……兵糧を燃やしてくるなんてね。なんて卑怯な、正々堂々戦いなさいよね」


 自分達の民衆の盾作戦は棚に上げて他国の戦法を非難するアッシュたち。


 どう考えても前者のほうが非道で、後者はむしろ戦の常道であった。


「それでどうするのかしら? 貴方がただ謝るだけなんて思ってないわ。何か考えがあるのよね?」

「もちろんです! 今からすぐにモルティ国の国境付近に進軍します!」

「……またハーベスタ国と戦う気かしら? これ以上負けられるのは本当に困るのよ?」


 アッシュはこれまでと違って余裕のない顔をしている。


 部下がこれだけ失態を繰り返していることで、当然ながらアッシュの立場は最悪なことになっていた。


 賄賂や工作で誤魔化しているが、このままではいずれ処分が下される。


「いえ今回は戦わないか、もしくはこちらが圧倒的に有利な状態で戦えます」

「進軍するのにかしら? いったい何が狙いなの?」

「ハーベスタ軍はモルティ国の王都を占領しました。ですがまだ奴らはモルティ国の全土を掌握できていません。今のドサクサに紛れて我らがモルティ国の領土を削り取るのです」


 確かにバベルの言うことは筋が通ってはいた。


 ハーベスタ国がモルティ国の王都、そして王を捕縛したことで趨勢は決している。


 だが全土を統治は出来てはいない。それを行うのはこれからだった。


 その隙をついてモルティ国の領土を削り取る……ようはハイエナ戦法だ。


「それは面白いけど……具体的にはどうするつもりかしら? 国境より先に軍を進めたらあの女王も見逃さないし戦うことになるわよ?」

「モルティ国との境界線付近に城を建てます。そうすれば付近の民たちは、あの女王に従うべきか俺らに従うべきか迷います。本来なら城を建てるのには時間がかかりますが……」


 城とはその地域を支配する象徴。


 こんな大きな物を建てられるほど力があると民に見せつけ、彼らに臣従を迫るのだ。


 古来より象徴の効果は大きい。例えばピラミッドなども王の権力を誇示するのに、ものすごく重要な役割を果たしていた。


 もしアーガ王国が国境付近に城を建てれば、その近くに住んでいる民衆たちの心は揺れるだろう。


 アーガ王国とハーベスタ国、どちらについたほうが助かるのかと。


 民衆にも生活があるので勝つ側につくのが基本だ。しかし欲を言えば負けそうな側にも恩を売っておきたいのも本音。


 もし万が一、そちらが勝った場合にも融通をきかせてもらえるのだから。


 アーガ王国は連戦連敗だ、普通に考えればハーベスタ国の側につくだろう。


 だが民衆たちも人間だ。アーガ王国が城を建てて威容を見せることが出来れば、どちらが勝ってもいいように保険を作りたいと考える。


 つまりアーガ王国にも多少はよい顔を見せるはずだ。少なくともハーベスタに全員が従うことにはならない。


「一夜城を造った貴方ならば可能と……! 素晴らしいわ! 仮にハーベスタ軍が攻めてきても拠点防衛で有利に戦えるのね!」

「はい! なので速やかに許可をお願いしたいです!」


 バベルは自信満々に叫ぶ。


 彼の中で一夜城はほぼ自分の軍で建築したという自負があった。


 リーズがいなくなったことで兵糧などに問題は出たが、これならば影響はないと確信している。


 確かにバベルの軍は一夜で城を。それを行ったのは間違いなく彼らだ。


 バベルはそれを見ていたので、リーズがいなくても問題なく行えると考えている。


 そしてアッシュはバベルのことを信頼している。自信満々な彼の姿を見たことで成功するのだと判断する。

 

「わかったわ! 今度こそ絶対に成功させなさい!」

「ありがとうございます! すぐに取り掛かります!」


 バベルは勢いよく部屋を出ていく。残されたアッシュは真剣な顔をしていた。


「……もし今度失敗されたらヤバイわ。念のために保険を作っておかないと……」


 アッシュはそう呟きながら、胸の谷間を強調するドレスへと着替える。


 すると部屋の扉がノックされた。


「アッシュ様、お迎えにあがりました。陛下がお待ちです」

「すぐに向かいますわ」


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